17.
ゴロツキさんたちはお宿の前に集っていたわたしたちを、
「おらっ、どけお前ら!」
と、粗暴に命令しました。
「はぁっ?あんたら――」
売り言葉に買い言葉の勢いでにらみつけるハーツさんを制止するのはウォーレンさんです。
「ちょっと!」
「状況を考えろ」
ウォーレンさんは、ハーツさんの背中の方、ウォーレンさんの周囲、それらを合わせて目線で示します。
「……ふんっ!」
納得までは行っていないようでしたが、確かに、無理をさせないと誓わせた自分が無理なことをするのは道理に合わない行動でしょう。全員で彼らに通りやすい道を作り、それを見て満足したようにゴロツキさんは作られた道を闊歩します。
全員がお宿に入ったあたりで、場にたまった緊張が吐き出されて、ただ、唯一緊張よりも怒りが勝っていた方は、
「ホンっとむかつく!何よあいつら!」
恨み言葉をこれでもかと並べます。大声だと聞こえてしまいますよ……?
「別にいいわよ、聞かれて殴りかかろうってなら上等ってもんよ!」
「今はこの子たちもいる。避けるべきだ」
「……はぁ、わかってるわよ。止めてくれたのはありがとね」
ハーツさんは少しいじけてしまったようです。でも、こぶしをとどめて、感情を抑え込んだのは素晴らしく誇るべき行いだと思います。わたしだって、不快感を得なかったわけではありません。
「うん、マリーもありがとね」
ハーツさんの片手がわたしの頭に伸びます。もう片方の腕だけでも、人ひとりを背負うには十分だったみたいです。
わたしの知る限りでも至高のご褒美をいただいて後、やはり関心が集まるのはお宿の中でした。日が傾いていないとはいえ、こんな小さな村に大所帯でしかも武装まで。訪問の意図は調べる価値のあるものに感じられます。
「確かに自然な行いとは思えない。最悪中で主人が襲われている可能性もある」
「あんなクズな奴らならやりかねないわね。やっぱ一発お見舞いして……」
「さすがにそれは逸りすぎている。だが中の様子を伺うくらいはしても良いだろう」
ラピスさんは宝石や鉱石に関連した魔法を数多く存じていて、
「よっ、と……」
カラカラッと木板の上を軽石が転がる音が扉の中へ吸い込まれます。中の方々はたぶん気付いてない、と思います。その後、お宿横で水晶玉を取り出したラピスさんは、濁りを払うように手を翳します。朧気だった水晶玉の内側はだんだんと色を集め、室内の様子として映りこみました。地面に近い視野角です。
「えっ、あたしにはぼんやりしてよく見えないんだけど……」
「術者以外にははっきり見えないの。でもマリーちゃん見えてるの?」
わたしの眼には、柱の木目や天井のランプ、先程のゴロツキさんたちの様子に至るまで、かなりくっきりと映っているように思えます。加えて室内での声もだんだん聞こえてきました。
「不思議……カナやカノでも声までは聞こえないって言ってたのに……私以外では初めてかも」
「それより」
ハーツさんはカルタさんを背負いなおして、
「中で何話しているの?」
少しでも怪しい行動があればすぐにでも室内に突入してしまいそうです。わたしは保険としてハーツさんの左腕をつかんでおくことにしました。
「ん、どうかしたの……って、全然大丈夫よ。心配しなくても、飛び出してかないから」
信用なりません。わたしが厳戒の眼差しを向けると、ハーツさんは小動物からの不信感を宥めるように、
「しょうがないわね……まあいいけど」
室内での一行の様子は、あくまで品が良いとは言えませんでした。態度悪く座り、大声で笑い、出されたお飲み物を乱暴に飲んでいます。
「まだ日も傾いていないってのに、バカ連中ね……ったく」
収まりはしたようですが、悪態はそのままのようです。でも室内の彼らに比すれば赦される方かもしれません。主人さんにも絡んでべらべらと前後不覚な言葉を並べ立てています。主人さんとはどうも見知った仲の様子です。主人さん目線、あくまで好感触の間柄ではなさそうではありますが。というよりそもそも……。
「村のみんな、あの人達のこと知ってるみたいな喋りだわ」
「常連……って言葉じゃぴったりではなさそうだけど、そんな感じなのかしらね。そもそもアルちゃんたち、こいつら知らないの?」
「僕らはそもそもここに顔を出すことが少なくて……知ってたとしたらカルタ姉だけど……」
「私も初めて見ます。……とはいえ私だって頻繁に出入りしてたとはいえないので」
「なるほどねぇ」
一行の正体は不明です
……いや、不明、でした。ついさっきまで。なにしろ、水晶玉に改めて意識を向け直すとかなり興味深い言葉が聞こえてきます。
「『アムシース』?」
ラピスさんも同じ言葉に引っかかってもらえたようです。彼らは、『アムシース』の関係者……?のようです。主人さんへの脅迫文句として、その存在をちらつかせています。こんな小さな村に、なんのようでしょうか?それも、お宿一つに大きなお顔をしてまで。
「……およそ合点が行ったように思われる」
ウォーレンさんは、顎に手を当てて言いました。
「なに?一人でわかった気になんないでよ」
「アムシースの文明や文化形態は、一行が定期的に周囲の街を巡遊していただけに、少々金を使って調べればそのおよそは見当がつく。逆を言えば、手間をかけない限りは知らないことの方が多い」
ウォーレンさんは村を見渡します。
「村の彼らはアムシースをいたく毛嫌いしているが、当のアムシースがどういう集団なのかを把握していないのだろう」
「把握してないって……ねぇ、あんたの喋り、いろいろ飛んでたり回りくどかったりすんだけど。もっとわかりやすく言いなさい」
「宿内の暴漢は騙りだ、間違いない。適当な理由と脅迫、及び実力行使のもとで村民を半ば服従させ、金銭や飲食を定期的にせびっていたのだろう。その脅迫に――」
アムシースという名前を便利に使っていた、ということでしょうか。
「そうだ」
ゆっくり頷くウォーレンさんのその憶測に、わたしはかなりの説得力を感じます。思えば、アムシースの人たちは周囲の街に不干渉寄りだというお話です。村の方々がアムシースの人たちに、ただ冷たくされたというだけで恨みごとに感じるまでの態度を、しかもその関係者、それも子供にまで向けるでしょうか。訪問回数だってそう多くなかったはずです。というよりむしろ、この村に来てすらいなかったり……?
「さすがにあの紋章がある以上、近辺も尋ねなかった、はあり得ないけど、でも村に入ってすらいない可能性ならまだあるわね」
ハーツさんも、話の絡繰が理解されたようで、せっかく一度緩んだお顔をまたしかめてしまいました。しかめた顔の敵意の先は明らかです。しかし、事ここにおいてこの絡繰に一番の悪感情を抱いているのは間違いなく、
「じゃ、じゃあ……」
アルカさんのその目は、出会ってから初めてでした。
「僕が……僕らがこんな、見捨てられて、ぼろぼろになって頑張ってた裏で、その原因は……」
アルカさんのつぶやきは、ポロポロと地面に吐き捨てられました。しかし、それらはもはや火種に近く、小屋の子どもたちの言い尽くせない不満感情の燻りにさらされて今に自然発火しそうです。
「アルカ」
カルタさんに、ふと呼びかけられて、アルカさんははっと顔を上げます。ただ、カルタさんはそうして自制を諭すでもなく、慰めをかけるでもなく、ただ貫くような眼差しで、
「私もね、今すっごくイラッとしてるの」
こうにもなっていなければ、カルタさんはずっと好戦的で積極的な方なのかもしれません。
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