14.

 日の傾きを感じて明け方を待つ前、私に任せてほしい、というのはウォーレンさんの言葉でした。

「村民とはすでに面識がある。私が仲介すれば彼らとも話しやすいはずだ」

 ハーツさんは割と懐疑的でしたが、カルタさんの看病もあることですし、面識がある、というのも実際説得力の強いお言葉です。

 翌朝、雨除け小屋で起きたわたしは、ハーツさんとチェイムさんといっしょに看病のお手伝いをしました。昨晩からずっと眠ったままでしたがチェイムさんの診察は問題なかったようでした。

「よっぽど疲れてたんでしょ、ゆっくり休ませてあげましょ」

 容態も快方へ向かっていることもあって、カルタさんのお背中の汗を濡れ布巾で拭くくらいのものでした。わたしは丸木の椅子に座り、カルタさんの様子をチラチラと気にかけながらも、時間を持て余している感情を足をプラプラさせて紛らわせていました。

「服、汚れちゃったね」

 空気を蹴飛ばす遊びをやめて、わたしは自分の、かつてベージュでシンプルな服だったものに追加された先鋭デザインを見ました。

「ウォーレンも言ってたけど……確かに、マリーに無理させちゃったのはあたしたちだった。……ごめん、頼ってほしいとか偉そうに息巻いてたくせにいざってとき役に立たなくって」

 ちょっと気まずそうに言いました。カルタさんを担いで戻ってきた時などはかなり頼もしそうにみなさんを取り仕切っていましたが、リーダーシップと個人感情を切り離していたようです。でも、役に立たなかった、は客観性に欠けていると感じます。わたしはきっかけを作ることができたにすぎず、そもそも実際に見つけたのはハーツさんたちで、加えて今率先して行動しているのもウォーレンさんたちです。むしろ、わたしが普段支えてもらっている分、わたしが少しでも皆さんの支えになれた、という実感はとても嬉しいのです。ハーツさんやウォーレンさんから見てわたしはかなり子供に見えるかもしれませんが、むしろもっとわたしに頼ってほしいと思うのはわがままなのでしょうか。

「……マリーって、たまーに大人なのよねぇ」

 た、偶にとは……?たしかにちょっと失敗してしまうような事はあるとは思いますが、同じ背丈の方々と比べれば日頃の所作も考えもかなり大人な部類に入ると思います。

「そうそう、そういうとこは子供なのよね」

 わたしはふふふと笑うハーツさんに、このからかいに決して屈しないという強い眼光を向けます。大人は子供だからと大人な子供もみくびるもののようです。よく見るとチェイムさんも小さく笑っているようです。もちろん人は頭の中の崇高な考えの全てを相手にお見せできないわけで、この誤解を無理に解こうと労を払うべきでもないでしょう。

 受けた辱めに不満を感じていると、

「チェイム……?こ、ここは……」

 患者さんが起きたみたいです。視線がそちらに集まり、わたしもそれに倣って丸木からぴょこっと立ち上がって駆け寄りました。

「あ、あなた達は……うっ……!」

 まだ体調は万全ではないようで、ハーツさんは優しく上体を支え、まだ起きないほうがいいよ、と寝かせ直します。

 事の顛末はチェイムさんがおよそ伝えてくださいました。

「そう……ですか……。私のこと、助けてくださって……」

「全然。それより、体の調子はどう?あっ無理なく喋れる範囲で大丈夫よ」

「えっと、喋るのは……大丈夫です。体も……さっきは急に起きてふらついただけで……」

「頭痛とか、吐き気とかも大丈夫、カルタ姉?」

「うん、大丈夫よチェイム。ありがとう」

 カルタさんはチェイムさんの手を取って握りしめます。

 成り行きを聞いた後の一瞬の沈黙は彼女に状況を整理させるのにも十分な時間でした。結果としてカルタさんが強い自責の念を抱くことは当然の帰結で、

「迷惑……かけちゃったみたいで―――」

「はいはい!」

 しかひハーツさんは、そこから続いたはずの言葉を遮ります。

「暗い顔はなし!独りで頑張ろうってしてたのはたしかに良くなかったけれど、あなたのせいじゃないんでしょ?なら、何にも悪くはないんだから」

 そのとおりです。むしろ、これまで五人の小さな魔法使いさん達が行き倒れるでもなくなんとか生きてこれたのは、その五人のために懸命になった優しい優しいお姉さんのおかげだと思うのです。謝るだなんて、することはありません。わたしはカルタさんを抱き締めて、その頭をゆっくりと撫でました。わたしが教わった、もっとも心を落ち着かせる方法です。お疲れさまでした、もう大丈夫。今まで、よく頑張りました。

「……っ……ひぐっ……うぅ……」

 心を落ち着かせるつもりではあったのですが、これは逆効果だったかもしれません。でも、これまで我慢した分、今は溜め込んだ感情全部、ここに吐き出してください。



 呼吸が整うのを待って、体を起こして簡単なおしゃべりをします。目覚めたときから顔色もかなり良くなりました。最初のふらついていた様子ももうありません。落ち着いた穏やかなお姉さんです。チェイムさんいわく、普段のカルタさん、もっと言えば初めの出会った頃のカルタさんに戻ってきた、とのことです。

「……で、今はウォーレンたちと村の方に行ってるわ」

 あいつ不器用だからヘマしなきゃいいんだけど……とハーツさんは但し書きを加えます。でもそんな寡黙で無骨なところも素敵です。

 カルタさんはゆっくりと、息を飲み込んで、目を瞑って、そして開いて、

「……私も……私も行ってはだめですか?」

「だめ。体力回復が先」

「少しなら平気です。それに……」

 カルタさんは、外へ目を向けます。

「みんなが戦うなら私も……戦いたい」

 その方角には村があります。

「私が思ってたよりも、みんな、強かったんですね……」

 私も、強くならなきゃ。カルタさんの言葉には、魔法より強い力がこもっていました。



 でも見に行くだけ、あたしとチェイムくんのそばにいること、魔法も禁止。ハーツさんはカルタさんの心を汲み取って、一方でまだ万全とは言えない身体のことも思って、条件を課す仲裁を取りました。

「す、少し恥ずかしい……」

「それくらい我慢しなさい。ほら、首に手回して」

「うぅ……」

 自由な行動を制約する意味でも、ハーツさんはカルタさんを背に乗せました。わたしは、地面を覆い尽くす敵とは和解していたので徒歩です。

「二人くらいまでなら全然いけるけど、ほんとに大丈夫?」

 全然へっちゃらです。むしろ怖がりすぎていたくらいでした。それと、二人は無理じゃないでしょうか?

 小屋を出て、チェイムさんとも一緒に林間をゆきます。目線が下がっての世界は、一日前のかつての世界よりもあまりに巨大な別世界でした。そんな世界では、それまで見えてなかった小さな石ころにも命が宿って見えて、それらすべてに注目していると、

「どうしたの、マリー?」

 時には一人をおぶったハーツさんの歩調すら早く感じます。いけない、これではほんとに子供です。気になるものはいくつもあれど、わたしは駆け足気味にその場を……





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 コエは、唐突にキコエました。

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