13.

 応急処置は軽く済ませたようでしたが、まだ病状は明るくありません。看護用に取ってつけて作られたベッドに寝かせられた……カルタさん……は、外傷とは異なる原因に苛むように呼吸が安定せず、小屋の住人たちに混じってわたしも彼女を凝視します。ただしうち一名、薬瓶の男の子だけは、患者の身体を診察後、忙しく薬品の調合作業を進め、

「……できた」

 その成果物を、底深な小皿に少量。飲みやすいようカルタさんの首元に手を回し、口へ運びます。頭の包帯を抑えて出血を止めていたハーツさんもその動きに合わせます。布端がほつれてぼろぼろになったスカート、そのスカートが捲れて見えた足の腿のあたりには、生き物の噛み跡が紫色の腫れ跡を膨らませていました。アルちゃんさんがガーゼを当て、渡された薬瓶で消毒をしています。およそ、この噛み跡を生んだ原因のせいで足を滑らせたのでしょう。むしろ頭から落ちたと思われる上のこの重体で最悪に至らなかったのは、件の石の恩恵と考えられます。

 薬瓶の男の子は、小皿の薬を流し込み終え、手首の確認と詠唱ポツポツを数度往復します。息が詰まるような緊張感の中、誰も口を開くことができません。わたしも、集中を削いでしまうのではないかと、物音を立てることにも恐れるほどです。


 そうして、最後の長い詠唱が終わります。すると、彼女の青い顔はゆっくりと暖色を取り戻し、眠り姫の寝息は、苦悶から程遠くなります。薬瓶の男の子は最後に手首と額を確認した後、ゆっくり息をつきました。

「大丈夫そう」

 その言葉は、小屋の中の温度を一気に変えてくださいました。わたしもほっと胸をなでおろします。

「ほぼ全員素人に近い中で、みんなよく頑張ったわね」

 ハーツさんはカルタさんの頭を撫で、寝かし付けるように胸のあたりをトントンと軽くさすります。

「それじゃあ、色々聞きたいことはあるのだけど……。どうしてあの村のひとに頼れないのかとか、そもそも、なんであんたら子供だけで暮らしてるのかとか……」

 カルタさんを運んできた際に、ハーツさんがまず提案したのは、村医者さんに診てもらうことでした。しかし、アルちゃんさんが理由も説明できないまま却下したのです。無理だ、と。人命第一の現場で薬瓶の男の子、チェイムくんさんにすべてをお願いしたのは、緊急性を要したからや、彼が優れたお医者さんだっただけではありませんでした。

「それは……僕、等は……」

 アルちゃんさんは俯き、両こぶしを握りしめます。

「待て」

 それを遮ったのはウォーレンさんです。

「状況が緊急でなくなったのなら、もう少し落ち着ける場を確保しよう。勿論一人は看護を続けるべきだろうが、我々は自己紹介も済ませていない仲だ」

 ハーツさんが、それもそうだったわね、と笑みをこぼします。アルちゃんさんも、この意見にゆっくり頷きました。



「僕ら、捨てられたんだ。アムシースに」

 『アルカ』さんはゆっくり語り出しました。

「あの街、昔っからずっと魔法の才能のある人を世界中からかき集めてたんだ。僕らもそう。ここのみんな、住んでた場所も年もバラバラ。僕も元はパパとママと暮らしてたけれど、家に唐突に来たアムシースの連中に付いてくるよう言われて……パパとママは大賛成。……思えば、僕も含めて何かの魔法をかけられてたんだと思う。よくわかんないうちに馬車に乗せられた。カルタ姉とカナ、カノ、チェイムは先にいて、僕の次にラピスも増えて」

 アルカさんは、そう言って、小石の女の子、ラピスさんを見ました。

「迎えに来たときは大人数だったけれど、僕ら全員が揃ってからは、馬車の手綱をとる一人きりになってアムシースに向かった。なんかあいつ、下っ端も下っ端みたいで結構いろいろぼやいてたけど、アムシースの人間だ、って巡る場所でそれとなく幅利かせて……それでも普通ならこの村もただ通り過ぎるだけ……のはずだった。でも……」

 つばを飲み、彼女は呼吸を一度ととのえます。

「何があったのか、僕らは知らないんだ。でもあいつは、その何かで急に取り乱して、ただ、僕らには何も起きてないって……もちろん、そんなことないってみんなわかってたけど、でも、聞き返すだけ仕方ないってそう思った。でもどっちにしろ関係なかったと思う。次の日、あいつは僕らを見捨てて逃げた。行く宛を失ってるってのに、その上、無関係な子供六人の面倒まで見てられるわけがないもん。そりゃあそうだよね」

 自嘲気味に嗤います。

「でも、置き去りにされた僕らだって、ここからどうすればいいのかもわからない。カルタ姉は、無関係な僕らの親代わりになるっていっぱい頑張って……でも、村の人もアムシースのこと、よく思ってなかったみたい。僕らには冷たくって、加えて厄介事にも首を突っ込みたくないみたい。で……それで、村外れのこの場所で、その日のご飯も集めながら今日まで暮らしてた。雨除けのこの小屋も、最近になってようやくできたんだ。みんな魔法をちょっとはできるし、それを組み合わせて、色々工夫して。でも……」

 アルカさんは、寝かされたお姉さんを見ます。

「無理だけはしないでって、ずっと言ってた。僕らもいっぱいいっぱいだったけど、カルタ姉は目に見えてやつれちゃってて……ご飯も遠慮して。でも、僕が思ってるよりもずっと、カルタ姉は限界だったんだと思う。でも、みんなでアムシースに行こうって励ましてくれてた。頑張って最後、アムシースに着けばきっと……きっと僕らも受け入れてもらえるって」

 それは……。わたしは、言葉に詰まりました。彼女達の今一番の大きな目標が、どんな有り様なのか。それはもちろん事の引き金でもあったわけですが、同時に事の残酷さも表現しているようでした。ただ、わたしの表情を察してか、アルカさんは目を伏せて、

「……このことは、まだみんなには話してなかったけれど」

として、続けました。

「そう、なんだよね……?多分、カルタ姉ももっと前に知っちゃってたんだ。アムシースが、もう……」

 彼女の手が、ロッドを細かく震わせます。

「……察する通りだ」

 ウォーレンさんは、それを受け取り、あくまで優しさになるように、淡々と事実を述べました。

「君たちが目指していた秘術の街アムシースは、噴火の影響により周囲の村も含めて完全に消滅した」

 わたしも、遠慮がちに頷きます。ただ実際にそれを見た者として、それだけは変えられませんでした。ラピスさんは立ち上がり、チェイムさんは唖然とし、

「……そっか」

 アルカさんはまた自嘲気味に目を伏せました。

「やっぱり、僕らのために黙ってたんだろうな」

「……ね。カルタ姉、あんまり村の方に行かないように言ってたし」

 ラピスさんが、ガクンと腰から崩れるように座り直します。

 事実は項垂れた小さな子供の首をへし折るようにのしかかります。でもわたしは、わたしのアルカさんたちへの心配事は、過去何があったか、ではありません。これからどうするのか、です。

「そうね。大事なのはこれからのことよ」

 ハーツさんは眠る少女の寝息を護るように、語調優しく続けます。

「正直、年端もいかない子供たちだけでこれからも暮らしていけるとは思えない。むしろもっと深刻な事が起きていたとこかもしれないし、見過ごせないわ。ね?」

 ハーツさんはわたしの方を見ました。最初のわたしの気持ちを汲んでくれてのことでしょう。同感だ、とウォーレンさん。

「昼までに話したところでは、あちら村民たちによる、君達の受け取られ方は良いとは言えない。ただ警戒と先入観が強い印象だ。改善の余地が必ずある。加え、自給自足が困難なのは間違いない以上、彼らと友好関係を築くのは先決だろう」

「つーか、そもそも子供相手に大人気ないのよ!」

 ハーツさんは頬を膨らませます。わたしも倣って頬を膨らませます。

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