11.

 必死の懇願の末、獣道はハーツさんにおんぶしてもらえました。

「しょーがないわねぇ。足を汚さないための靴だったんだけども」

 でも、気持ちはめっちゃ分かるわ、と。ひょいと持ち上げるのにはもう慣れたようでした。足元の全てを敵に感じてハーツさんの服にしがみつき、数刻。

「あれか」

「みたいね、話の通り」

 開けた場所は数本の木が切り落とされてできたようで、切り落とされたものの行方はというと、まさに見えてきた仮設的な小屋なのでしょう。この旅でわたしが見知ったどの建築よりも造りがあからさまに粗く、雨除け以上の意味を設計者が求めていないように感じます。にしては、二、三人で住むには少し大きいような気もします。

「それで、どうするの?」

「どうする、とはどういう意味だ」

「白々しいわねぇ……流石にあんたも気づいてんでしょ?」

 彼女は目配せだけで方向を指示しました。声もあくまで抑えています。

「尾行にしては質が低いのは事実だ」

 ウォーレンさんも気がついているようでした。そこでわたしも伏せ目だけで示された方を見ると、草葉の茂りの中に人影らしきものが動いています。数はわたし達と同じくらいでしょうか。大人数というわけではないようです。

「いや、見る感じ子供っぽいからさぁ……道中のあの子もいるっぽいし」

「小屋に侵入すれば、自ずと彼らも動くだろう。ならば、仮に小さな戦闘に発展しても周囲への影響が小さい場所はここだ」

「あー、そうね。……おーい!」

 ハーツさんは林間の陰に呼びかけます。

「そんなとこいないで出てきたらー?」

 茂みの草は動揺してガタガタと震え、一瞬静まったあと、決意の道を作って一人の女の子を表に吐き出しました。結わえた長い髪。濃碧のローブ。赤金色の金属装飾のついた木杖、それを持つ手はすこし震えていました。間違いなくあの子でした。

「僕らん家に、何の用?」

 眼付きは鋭く、警戒の強さを物語ります。

「危害を加えるつもりはない。ただ話を聞きたい」

「僕らから話をすることなんてなにもないと思うけど」

 放っておいてほしい、そんな言葉が今にも彼女の喉元から形を成して吐き出されそうでした。警戒されては分が悪いと思ったのか、

「怪しいものではない。安心してくれ」

「それ言うと余計怪しいでしょーが」

 ただでさえちょっと目立つ三人組なんだから、とハーツさんはウォーレンさんを膝で小突きます。

「あたしたちね、アムシースのことを調べてるの。ほら、ここから西の方の……。知ってるでしょ?」

「アムシース……」

 彼女は一瞬、気を許したように語圧が柔らかくなりました。ただ警戒の完全解除には至らないようです。それでも気を落としたように、

「知らない、関係ない……放っておいてよ。どうせもう……」

「もう?」

 ということは、『かつては』の話題があるか、知っているということです。ひとまずアタリというところでしょう。

「ねぇ、なんか少しでもいいから何か……」

「いいから放っといてよ!!」

 彼女は当たり散らすように言い放ちました。こちらに目線を合わせてはくれず、取り合ってくれそうにありません。何か、切羽詰まって余裕がないように見えました。

「僕らは……」

 言いかけたところで、小屋の扉が急にガタンと開きました。小屋はロッドの彼女より小さい女の子を吐き出します。わたしよりは大きいです。女の子は、キョロキョロと見回した後に、目的を見つけてこちらに近づきました。

「アルちゃん!!」

「ど、どうしたの……?」

 女の子は泣き出しそうな目で『アルちゃん』を見つめていました。

「カルタ姉が……」

 女の子は手に持っているものを見せました。砕けた……石……?ロッドの彼女はそれを見て、すぐに意図を察して明らかに表情を変えました。

「まさか……」

 ガサガサと鳴る音がしたかと思えば、背後になった茂みの方から、もう三人ほど、子供がぞろぞろと近づいてきます。『アルちゃん』はすぐに駆け出そうとします。

「待った」

 ハーツさんがそれを制止します。

「どいてっ!!今それどころじゃ……」

「緊急事態なのだろう」

 ウォーレンさんは続けます。

「なら、一番は落ち着くことだ。焦っては事態を悪化させる」

「そうよ」

 ハーツさんは『アルちゃん』に目線を合わせます。

「わたしたちも協力するから。事情、説明して」




 身代わり石。『だったもの』を持つ彼女はそう説明しました。

「持ってる人にかかる不幸や事故を肩代わりくれるの。同じ石を、離れたところにいるわたしが持って、これでその人のお守りになるの」

 それが、割れた……。

「カルタ姉なら、たしか村に行ったって……だから……」

 小石の女の子は首を振ります。

「……カルタ姉、今森に入ってるの……」

「なっ……なんで!」

「口止めされてて……今日のご飯も足りなくなるからって……ここ最近はずっとそう……」

 女の子は泣きそうな顔で続けます。

「わたしも知ったのはついこの前で……やめてって言っても聞いてくれなくて……これだけは持ってもらえたんだけど……」

 ロッドを持っていた手で、まさに役目を終えたと言える石を受け取ります。

「どうしよう……アルちゃん……」

「……探さないと」

「……でもどこにいるの……?」

 子どものうちの一人、男の子が言います。

「わかんない……わかんないけど、探さないと……」

 唇を震わせて、石片を強く握りしめています。その震えを落ち着けるように、ハーツさんは手を取りました。

「落ち着いて。こんな広さで人一人探すなんて、流石に無謀よ。下手したら遭難する」

「じゃあ、どうしろって……!」

「だから落ち着いて」

 ハーツさんは言葉柔らに、けど、芯の通った声で言いました。

「向かいそうな場所に心当たりはあるのか?」

 ウォーレンさんが質問します。ただこれは空振ったようで、誰も言葉を発せませんでした。双子っぽい二人もお互い顔を見合わせて黙っていました。

「小屋の近くまでって言ったのに……石の反応からして結構遠くまで行ったっぽくて……」

「少なくとも、一日で行ける距離であることは確かだ。ただ容態も万全じゃないなら、夜を超えると間違いなく手遅れになる。加えてこの広さの森……」

 状況は相当深刻でした。もちろん性急な行動が裏目に出るような状況であるのも間違いなさそうでしたが、それでも焦りと不安は場に黒く重い雲を作り、視界を濁らせるように感じます。

「やっぱり手が無くとも探すべきだよ!すぐにでも……止めたって僕は……」

「それでもしもがあったらどうするの!そんなの、お姉さんも望んではないでしょ?」

 ロッドの彼女の両肩を持ち、落ち着かせ、ハーツさんは腰を上げました。

「あたしが行く。こういうとこは慣れてるし、自分のことは自分で守れるから」

「私も同行する」

「あんたはここにいて」

 立ち上がったウォーレンさんをハーツさんは指一本で制止します。

「だが一人では……」

「マリーもいるし、この子たちを見ててあげて。目を離したら突っ走りそうだから」

「……了解した」

 ハーツさんは、数秒で持ち物を最低限確認した後に小屋の戸に手をかけました。


 わたしは……わたしは……何ができるでしょうか?この場で、ただぼんやりするだけでしょうか。……当然違います。わたしには思い当たるものがあり、思い当たる術があり、あとは、あとは……。



「……マリー……?」

 丸太の椅子からぴょんと立ち上がり、わたしはハーツさんを引き止めていました。何かしなきゃ、わたしは、できるはずだから……。大丈夫だから……。でもわたしの考えを話せばどうなるでしょうか?ハーツさんは、ウォーレンさんは、優しいから、わたしの負担に思われちゃうかもしれない。でもわたしは、守られるばかりじゃ嫌です。みんなができないことを、わたしから動かなきゃ。何をしたいか事前に伝えてほしい、という約束を破ってばかりですが、これはわたしの独断専行です。

 やり方は、覚えてます。あとは応用するだけ。

 目をつむり、深呼吸を一つ。あとは『コエ』を思い出すだけ……。

「……っ!マリー!!」



――――――ᛢᚢᚨᛖᚱᛖ

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