9.

「関係者だと?……舐めやがって……!やれ!生きて返すなっ!」

 まとめ役のローブが叫ぶと、倉庫内の黒色が一斉に動き出します。鈍器を持って接近するものが数名、止まって何かの詠唱を始めたものが数名です。まず接敵する二名の打撃、その一方を右手の小銃で往なし、時間差のもう一方は身を屈めて躱します。低姿勢となって左手が体幹を支えられるようになり、足払い。体勢を崩した片方に急接近し、持ち上げるように腹部に銃身を叩きつけます。続けて、三発。一発は遅れて接敵した一人の腕に、一発は体勢を崩したもう一人の腿に、最後の一発は詠唱中の一名の肩を射抜きます。装填。最中、発砲音に気を取られた一名に蹴りを入れ、最後に接近した一名の薙ぎ払いの腕を掴んで、扇を描いて床に叩きつけました。ハーツさんの元に数歩、コートの中の小ナイフで、その手の自由を握る縄を快刀乱麻と切り落とし、

「後はできるだろう」

 ナイフはその場に落とします。

 二発の銃声で遠巻き二名の詠唱を中断させ、再度攻勢に戻ります。

 詠唱が完了した二名の手元から簡潔な火弾が発射されます。接敵の姿勢にあるウォーレンさんは、床で伸びた一名を引きずり、盾代わりにします。背中の熱に呻いた盾を放り出すと、火弾を打って小刀を構えた一名の突き刺しを軽く避け、脇腹に一度の蹴り、手袋をした拳で脳天に一度の打撃で気絶を取りました。もう一方も小刀は持ってはいましたが、戦意を失っているようで腕を掴んで姿勢を崩し、簡単にうなじに昏倒の一撃が決まりました。ギロッと視線が動きます。まとめ役のローブも、一連の一騎当千たる気迫に気圧されてか状況打開の手を、歯を軋ませ考えています。すると、わたしを見ました。

「おいっ!貴様っ!」

 ローブはわたしの胸倉を掴み上げて、持っていた小刀をわたしの首元に突き立てます。金属の冷たく酸い匂い。視界のすぐ下にちらつく銀色は、わたしの動悸を早めます。

「こっ、これ以上勝手な真似をしてみろっ!こいつの喉を掻っ切るぞ!!」

 この脅迫はウォーレンさんの耳に届いてか、こちらを見つめます。

「そ、そうだ!おとなしく―」

「お前はその子を殺せない」

「なっ……!」

 弾丸を装填。

「死体でいいならとうに扱いやすくしていることだろう。それに―」

 銃口をこちらへ。

「その子は私が護る」

 一発の弾丸が、正確にその肩を打ち抜き、痛みに怯んでわたしと凶器を床に落とします。

 ローブは肩の出血を抑え、他の味方と目を合わせます。人数有利はあるはずでしたが、状況不利が祟るようで、

「全体に緊急帰還だ!!早くっ!!」

 リーダーに命令されたローブは、我に返って服の内ポケットから銀光沢の金具を取り出してそれを折りました。刹那、倒れているローブも含め、全員の姿が揺れ、分解されるように消滅しました。その場に残ったのはわたし達だけで、それまで何の諍いもなかったかのようにあたりは静まり返りました。

 わたしのもとに寄ったウォーレンさんは、後ろ手と足の縄をほどきました。久々に自由に動かせる体を堪能する間もなく、わたしの体は抱擁されました。

「怖い思いをさせて申し訳なかった」

 わたしはウォーレンさんの背に腕を回します。

「無事でよかった」

 機械的で、情動も感じられない小さなつぶやきに、この世界で一番の安堵の気持ちが込められていました。あたたかくて、ここちよくて。立ち上がるとき、懐にしまっていたまだピカピカの靴を、わたしの前においてくれました。ゆっくりと足を通すわたしはお姫様にでもなったのかもしれません。わたしの手を握りしめたウォーレンさんは、わたしの歩調を気にかけながらハーツさんへ近寄ります。

「君も無事で、本当に良かった」

「……うん」

「わたしのいない間も、この子を護ってくれてありがとう」

「……うん」

 ハーツさんはそっぽを向いて、座ったまま手を出します。足の縄はもう自分で切ったようでした。

「立てないのか。……腱を切られたか」

「いや、そうじゃない、んだけど……」

 声が小さくなります。

「腰、抜けちゃって……」




 わたし達を襲った連中はアムシース絡みでまず間違いないという結論が、今日のお宿で出されました。

「向こうさん、なるべくボロを出さないよう気をつけてたのか具体的なことはほとんど喋らなくてさ。魔法の知識があるっぽいのは確かだったけど。でも……」

 頭に包帯を巻いたハーツさんは考えこむ様子を見せます。途中で買ったりんごを丁寧に切って、食べられるか?とウォーレンさんが差し出してくださいました。いただきます!

「ほら、大体が物理攻撃だったじゃん」

 つまり、アムシースの住人やそれに関連した人なら、大半は明らかに魔法を用いてくるはずだ、と。

「人材不足が伺える。噴火後にアムシースの者に雇われたのかもしれない」

「でも、魔法使ってる連中もやってることちゃっちくなかった?そりゃ、火の玉簡単にぽんっと出せるのはすごいんだろうけど」

「彼らも曲芸や舞台劇の住人じゃないだろう」

「……まっ、それもそっか。手練れも大体はやられたんだろうし」

 頬杖をつき、備え付けの蝋燭の火を眺めています。

「じゃあさ」

 ハーツさんが姿勢を正してこちらを見ます。

「この子の正体、結局何なのかしら」

 注目を受けて、最後の一口を飲み込みます。わたしのこと、それがかなり重要だからこそ、あの方たちはわたしを誘拐する動機を得たと言えます。人手も足りない中、口封じさえ敢行しようとして。

「口封じについては、アムシース側の慣習も含まれているとしても、彼女はおそらく、魔法技術においてかなり特別な位置にあるのだろう。それこそ、大きな本拠が失われたアムシースの住民が考えることとしたら……」

「したら?」

「……失われた技術の復元、都市の再興・再開拓、あとはゴシップ的な考えが過ぎるが、複数人以上の大規模な人体蘇生、なんてのまであるのかもしれない」

 それらは勿論、散歩なんかをしているうちに簡単にできるものではないはずです。現に噴火からそれなりに時間も経っているのですから。そして、その鍵がまさにわたしであったりするのではないか、と。まっ、あいつらは何でもありだしねぇ~、とハーツさんは椅子にもたれかかります。

「まぁ、例えば、この前のあの紋章? あれを読み解くのがこの子しかできないとか、そういう話なのかもね」

「ありえなくもない」

 会議の冒頭からもそうでしたが、やはり雲を掴むような予測論がそこからも続いてしまい、大きな出来事だった割には確たる情報はほとんど見えてきませんでした。わかったこととしては、

「まぁでも、この子を付け狙う連中はまた出てくるでしょうね」

 そん時はあたしもボッコボコにしてやるわ!と、今回の悔しさもあるようです。再考すると、わたしのせいでハーツさんが危険な目にあったわけです。本当に申し訳ない気持ちです。

「気にしなくていーの。どう考えたって誘拐するほうがゼロ百で悪いでしょ。それに、あたしがちょっとヘマしただけの話だし」

 背中をポンポンと叩いてくれました。ありがたいお言葉でしたが、頼り切りになるのは忍びない思いです。

「……はいはい!暗い顔終わり!これ食べな?で、ゆっくり寝ること」

 ハーツさんは、テーブルの上のりんご一切れを無理繰りわたしの口に押し付けます。それだと食べにくいです……。

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