喫茶「アンドゥ」にて

吉野茉莉

喫茶「アンドゥ」にて

 カランコロンと鈴の音が鳴った。来訪者を告げる鐘だ。

「いい加減、直しましょうよあれ」

 店のカウンタの席に座り頬をカウンタの木の板にくっつけて死んだような顔をしていた少女は、そのままちらりと視界の隅のドアを見て言った。

 少女は黒地に白のレースをあしらったメイド服を着ていた。ヘッドドレスは一席横のカウンタの上に置かれている。

「直し方がわからん」

 カウンターの内側に立っていた女性が返した。女性は身体にフィットした黒いタキシードを着ていた。少女がメイドなら、女性は執事といった風体だ。女性は内側に並べられているグラスの一つの縁を指でなぞった。キィ、という音が一瞬した。

「じゃあ取りましょうよもう」

「それじゃあ本当に人が来たらどうするんだ」

 睨むというわけでもなく、元々つり目がちな彼女が少女に言う。

「来ませんよどうせ」

 少女は瞳だけを動かし、正面にいた女性に言った。少女の長い睫毛がゆっくりと上下をする。今にも眠りそうだった。

「そこまで言うことないだろ」

 女性が嘆息した。

 ドアを開けて入ってくる人物はいない。ドアの上部につけられた鈴は、ちょうどよいタイミングで流れてくる隙間風を受けるとたまに鳴ってしまうのだ。

 店内はL字になったカウンタで五席、四人がけのテーブル席が四席と小規模で、全体が濃い茶色の木材で統一されている。テーブル席の横の格子窓からは明るい日差しが入り込んでいた。

「なんでしたっけ、モーニング? コーヒー頼むと色々サラダとかゆで卵とかついてくるやつ、そういうのやればいいんじゃないですか?」

「面倒なんだよなあ」

「しょうばい~」

 間延びした声で少女が言う。


 今日は日曜日、朝八時から店は開いている。少女は店の奥の掛け時計を見た。そのあと一応念のためにカウンタの上にあった自分のiPhoneの時計を見る。時刻は十時。よかった、まだあの時計は生きているのか、と少女は思った。いずれにしても二時間もこうしてだらだらとしているのだ。

「私物を持ち込むな」

 女性が少女のiPhoneをトントンと叩く。

「いいでしょ~」

「よくはないだろ、仕事場なんだぞサツキ君」

 女性は少女をサツキ君と呼んだ。

「リンコさんも二時間グラスを見ているだけじゃないですか」

「私のことはマスターと呼べ。っていうかなんで最新のしかもProなんだよ、使わないだろ、私なんて二世代前だぞ」

「女子高校生は使うんです~。二世代前の人と同じにしないでください」

「私が二世代前っていう意味じゃないぞ」

「あ、それはそれは申し訳なく、お相手がアラサーともなるとなかなかギャップを感じてしまい」

「お前わざと言っているだろ」

「いいえ~」

 バッとサツキが身体を起こす。座席の高さのせいか、サツキがリンコを上目遣いで見る。

 リンコはサツキの突然の行動に怯んだが、すぐに呼吸を整える。

「お、おお、やる気になったか?」

「やる気になったら何か仕事があるんですか?」

「掃除とか」

「それはもうやりました~」

「それもそうだな」


「あの、ですね、今さらなんですけど」

 言いにくそうな雰囲気を装って、サツキがリンコに言う。

「なんでここ、潰れていないんですか? お客さん全然来ていないですよね?」

 サツキが人差し指を立てて天井を指さす。白いシーリングファンがゆっくりと回っている。そういえばあのプロペラみたいなやつ、掃除したことあったっけな、とサツキはこれまでの動きを思い出していた。

「サツキ君が来て一ヶ月、ついに来てしまったか、この質問が」

 落胆するでもなく、リンコが顔を緩ませた。

「なんですか不気味ですね」

「マスター、こんなんじゃ潰れちゃいますよー、とバイトの女子高校生に言われるのが夢だったんだ」

 ビシっとリンコが右手を突き出した。

「変な夢だし、そうは言っていないですよ」

 サツキはイスに座ったまま上半身を後ろに引き、鼻の前にあったリンコの指から距離を取る。

「言っているようなものだろ、意味合いとしては」

「まあそうですね」

 サツキは今度は顔を前に出し、鼻にリンコの指先をピタリとくっつける。互いに押し合う形になり、負けたリンコはサツキの右頬を突いてから引っ込める。

「そのためにこの喫茶店をやり続けたといってもいい」

 リンコが胸を張る。

「なんか気味が悪い話になってきましたね。リンコさんの趣味の話じゃなくて、この店が、駅からそこそこ離れていて、商店街の外れにあって、人が全然来ない古ぼけたビルの一階にあるこの店が、なんで潰れないのかっていう話が知りたいんですけど」

「それはだな」

「あ、いや待ってください。推理します」

「しなくていいけど、いや、いいじゃないか、聞こう」

 リンコが腕を組む。


 うんうんうん、と頷きながらサツキが立ち上がる。どこかの国の衛兵のように足を丁寧に大きく上げながら店内を歩く。

「この店、八時には閉まっていますよね、私も六時までだし、喫茶店にしても早すぎる気がします。つまり、ここでは夜に何かがあり……」

「何かってなんだ」

 サツキが急に振り返る。

「それです! 違法な取引が」

「ないよ」

 リンコが即答した。

「薬物とかじゃなくてですか? それとも武器密売ですか?」

「極めてクリーンだようちの店は」

「そうですね、疑わしきは罰せずと言いますからね」

「疑わしくもないだろ」

「それではたとえば何か裏の仕事を?」

「たとえばってなんだ」

 サツキが指をリンコに向けてくるくる回す。

「たとえば……依頼を受けて暗殺をする掃除屋とかですか?」

「さっきの『クリーン』で想像したろ、そんなことしているように見えるか? さすがに映画の見過ぎだ」

「え、こういう映画があるんですか? 私の発想って映画並みってことですか?」

「独自に思いついたみたいな顔をするな、なんかいっぱい、腐るほどあるだろそんなの。犯罪行為から離れろ」

 キョトンとした風の顔をしているサツキにリンコが言い返す。

「確かにリンコさんは鈍くさいからそういうのは向いてなさそうですしね」

「それはそれで失礼だぞ」

「それはそれは……。ヒントをください」

 お手上げです、という感じでサツキが両手を挙げた。頭上で手のひらを合わせて、そのままくるりと一回転をした。スカートがわずかに遅れてついていく。

「サツキ君、バイトの契約書にここの住所が書いてあったの覚えているか?」

「え、いや、そこまでは、時給のところしか」

「次からは契約書は隅々まで読んだ方がいいぞ、はさておき、一回ドアを出てこの建物を見てこい」

「え~」

「いいから」

 リンコに促されてサツキがドアが開ける。カランコロンと音がした。店を出たサツキが、窓からリンコに手を振った。リンコがそれに対して、サツキを指さしたあと、右に動かす。それに誘導されるようにサツキが建物の角へ移動してリンコの視界から消える。


 まもなくしてサツキがドアを開けて入ってくる。カランコロン。

「わかったか?」

 リンコの問いかけにサツキが首を傾げる。

 サツキがさっきまで座っていたイスにまた座る。

「玄関の植物が枯れていましたね」

「そこはどうでもいいんだが」

「よくはなくないですか? アロエですよね、あれ。アロエってなかなか枯れなくないですか? あとは、そうですね、割と年季の入ったビルでしたね」

「そうだろ、ビルの名前は見たか?」

 サツキがうーんと唸り声を上げる。

「アンドウ、ビル?」

「私の名前は?」

「リンコ?」

「名字だよ」

「なんでリンコさんの名字なんて私が知っているんですか?」

「知っていろよ、雇用主だぞ」

「この間授業で雇用主と労働者の関係は対等だと習いましたね」

「ここで労働の喜びと現実を知る機会ができてよかったな」

「まあ、楽しいかどうかで言うと、楽だしほとんど楽しいってところですね」

「楽の字だけで判断するなよ、それで私の名字なんだが」

「ああ、つまり、そういうこと?」

「ようやく察したか」

「いや全然ですね、なんですか?」

「じゃあなんでちょっとわかったみたいな言い方したんだよ」

「雰囲気?」

「お前だいぶ人生雰囲気で生きているな」

「そんな褒めないでくださいよリンコさん」

「今のを褒め言葉と受け取ったとしたら相当大物だぞ」

「またまた私なんて小物ですから」

「それも変な言い方だが……。まあいいや、私の名字がアンドウなんだよ」

「つまり?」

 サツキが首を傾げる。

「サツキ君、察しのなさがすごいな。このビル全体が私の物なんだ」

「ビル全体がですか? 上の階も?」

「そう、二階の学習塾も、三階のマッサージ屋も、四階の貸しオフィスも、五階の私の事務所兼自宅も、私の物」

「四階のオフィスってなんか柄の悪そうな人が出てくるところですよね」

 アロハシャツを着ているスキンヘッドの若い男が階段から降りてくるのをサツキは何度か見ている。

「本人は顔が怖いのを気にしているんだ。なんか貿易商とかいうのをやっているらしい。海外のものを輸入したりするやつだな」

 ぱあっと明るい顔になったサツキが手を叩く。

「ああ、そこで違法なものをやり取りして、リンコさんがその一味で利益を」

「違法取引を前提とするな」

「違うんですか?」

「違うだろ、たぶん」

「たぶん?」

「いや、違うんじゃないかな、違うと思うが」

「敵は案外近いところにいましたね」

 にこにことサツキが言う。

 リンコは右手で自分の頭を抑える。

「そういう話をしているわけじゃない。だから、ここは私のビルで、ここは家賃がかからないどころか、上から家賃をもらってそれでやっていけているんだ」

「それって合法なやつですか?」

「どこに違法要素があるんだよ。なんで違法なことにしたいんだ」

「わくわくしませんか?」

「しないよ、違法行為にわくわくする女子高校生はダメだよ」

「そうですか、残念です」

 顔を曇らせしゅんとした表情をサツキがする。

「私が悪いみたいな感じを出すな。第一この店の名前を思い出してみろよ、いや、さすがに店の名前は覚えているよな?」

「それはもちろん、アンドゥですよね」

「意味は?」

「意味は、一つ戻る、じゃないですか? なんでそういう名前かは知らないですけど、リンコさんのおじいちゃんがつけたんですよね?」

「それで気が付くことがあるだろ?」

「え、もしかして、これ、ダジャレですか?」

「そうだよ」

「すごいセンスですね」

「褒めているかどうかはわからないが、そういうことだ」

「まあ、事情はわかりました。不労所得ってやつですね、最高だと思います。たぶん世の中の最高の言葉の一つとしてギネスに登録されていると思います」

「ギネスってそういうやつか?」

「違うんですか?」

 サツキがカウンタにあるiPhoneのスリープを解除する。

「ヘイシリ」

「検索するほどのことじゃないだろ。それに管理とか掃除とか、細かいことをやっているから厳密には不労ではないんだが」

「え、リンコさん掃除するんですか? この店の掃除はしないのに?」

「ビルだけで十分だからサツキ君を雇っているんだよ」

「でもですよ」

「でも?」

「それって、この店を開いている理由にはならないですよね? どう見ても私の時給を払っているだけで赤字じゃないですか。コーヒーも別に美味しくないし、ケーキも近所の店のを横流ししているだけだし、潰してセブンでも入れた方がよくないですか?」

「サツキ君のこの店の評価は大体わかった。まあでもそれは正論なんだよな」

「ですよね?」

 得意満面でサツキが腰に手を当てて鼻を鳴らす。いちいち表情がめまぐるしく変わるな、とリンコが思う。

「じゃあセブンにしてバイトするか?」

「それはしないですね、だってセブンはやること多いじゃないですか。やったことないですけど、見ているとそう思いますね。この店は静かですし、あ、静かっていうのは客が来ないからですけど」

「付け加えなくていいんだよ最後のは」

「失言でした」

 サツキが右手で口を覆う。

「ようやく何が失言か理解したんだな。まず第一に、ここはおじいちゃんから受け継いだビルなんだが、そのときに可能な限り店を存続させてほしいって言われているんだよ」

「うーん、それは仕方ないですね。私もおじいちゃん子ではありますし、気持ちはわかります」

「第二に、この店は実はそれほど赤字ではない。サツキ君は知らないかもしれないけど、結構平日にはおじいちゃん時代からの常連が来るんだよ。コーヒーの味はどうだろうな、これは好みもあるし、サツキ君の好みじゃないだけかもしれないけど」

「コーヒーって苦いですからね」

 舌を出してうげーという顔をサツキがする。

「コーヒーそのものが苦手なのに喫茶店にいるのかよ」

「ミルクを入れれば飲めます」

「そうか、今度ミルクに合う豆を探してみるよ。あとはそうだな、節税と……」

「合法なやつですか?」

 サツキがカウンタ越しに前のめりになりながら喰い気味に言う。

「違法合法に食いつきすぎなんだよ、合法も合法だよ完全な税理士監修による合法行為だ」

「あやうく私も片棒を担ぐことになるのかと思いました」

 サツキが胸に右手を当てる。

「嬉しそうにするな。あとは私が人間らしい生活を送るための習慣みたいなものだな」

「店が早く閉まるのは?」

「私が早寝早起きだからだ」

「ああ、そういうの、うちのおじいちゃんもそうですね」

「さらっとまた失礼なこと言ったな。まあ、そんなところだよ、理由は。このビルが使えるうちは続けようとは思っているかな」

「いいですね、いいことだと思います。合法な限り、続けるっていうことはそれだけで大体いいことですよね」

「物事の区分けが法律一本な女子高校生はなんか嫌なんだが、そういうサツキ君こそどうなの?」

「何がですか?」

「なんでうちのバイトやっているの?」

「遊ぶ金ほしさに……」

「ここまでの流れでなんかそう言うだろうなって気がしたんだよ!」

 サツキが視線を落としカウンタを見る。反省している容疑者のふりをした。

「そうですか、慧眼ですね」

 サツキが顔を上げ、右手で存在しないメガネをくいっとやった。

「それで?」

「前に、私が店に来たこと覚えてます?」

「ん、ああ、二ヶ月くらい前だろ? 平日の昼間に女子高校生が来たからおかしいなとは思ったんだよ」

「なんで通報しなかったんですか? やっぱりリンコさんは遵法意識が……」

「いやサボりの学生見つけただけでそこまではしないよ」

 リンコが苦笑いしながら手を振る。

「なんかその日学校行くの面倒になっちゃって、それでふらふらしていたら、たまたま見つけたって感じですね」

「嫌なことでもあったの?」

「いや、うーん、なんか、基本的に学校ってめんどくさいじゃないですか」

「それはわかるけど」

「前の日に数学の小テストを受けたんですけど、次の日学校に行く途中で、あー結構間違ってたなーと思ったんですよね、バツがいっぱいついたテスト用紙受け取るのいやだなーと、だからサボったんですよね」

「そこ繋がる?」

「繋がります繋がります、サボるのって大体そういうやつですよね。でもその次の日にテストは返ってきたわけで、しかもサボったことを怒られたし、踏んだり蹴ったりってやつですよね」

「どっちかというと自業自得ってやつじゃない?」

「まあどっちでもいいですけど。それで、ふらふら~と歩いていたら、ここを見つけたってわけです。窓から見たらお客さんも少なそうだし、しばらくいても大丈夫かなって」

「なるほど」

「奥のテーブル席でした。案の定落ち着くってやつで、二時間くらいいちゃったんですよね。それで外出て帰りがけにドアを見返したら入るときは気が付かなかったけどバイト募集の貼り紙があって、あの感じなら忙しくなさそうだし、アットホームな職場かな~って思ったんです。目先の金に目が眩んでっていうのも事実ですけど」

「アットホームな職場、一番信じちゃいけないバイト募集の文句だから」

「なんでですか?」

「まあいろいろとあるんだよ」

「リンコさんコミュ障ですもんね、これまでの長い人生で嫌なことがあったんでしょう」

「合点するな」

「そんな感じで、応募して今に至るってわけです」

「そう、それで、どう?」

「お店ですか? 時給は安いですけど、まあ、それに見合った労働かなって思います。この制服もまあまあアリですしね」

 サツキが右手でスカートの裾を掴み、少しだけ持ち上げる。

「それはよかったよ」

 リンコが背後にあった業務用の冷蔵庫を開ける。中にお店で出しているスイーツなどが保管されているのだ。その冷蔵庫に手を入れ、リンコは何かを取り出すとサツキの前に置いた。

「はい、じゃあこれはいつものお礼、休憩時間にしよう」

「大体いつも休憩時間ですけど、あれ、このプリン見たことないですね。食べていいんですか?」

「もうすでにスプーンを持ち上げているやつの言うことではないんだが、いいよ食べて」

「わーい」

 サツキが左手で冷えた皿を掴み、同じく冷蔵庫にまとめて入れられていたと思われる冷えたスプーンでプリンを掬った。

 プリンを口に入れたサツキが目を丸くする。

「うわ、美味しい? 硬めのプリンに、ちょっと苦いカラメルがマッチして、これ、マツヤのやつじゃないですよね?」

 マツヤはこの店が仕入れている、サツキは横流しといった、商店街にある洋菓子店のことだ。今までのサツキの記憶ではこのプリンをマツヤから運んだことがなかった。

「私の特製だよ、時々作っているんだ」

「すごいですね、すごいです、こんな特技があったんですね」

 サツキはサクサクとプリンにスプーンを入れ、ドンドンと口に運んでいく。

「まあな、あといくつか作れるけど、大体おじいちゃんに教わったもの。メニューにはないけど、常連にはたまに出しているんだ」

「これ売り物になりますよ、サイゼのイタリアンプリンより美味しいです。メニューに載せればいいじゃないですか」

「いつも作るのは面倒なんだよな」

「しょうばい~」

 サツキがあっと言うまにプリンを目の前から消滅させて、小さなスプーンをひらひらさせた。


「それで、なんですけど」

 揺らしているスプーンを止める。

「リンコさんは、なんで私を採用したんですか?」

「なんで?」

「いや、雇用主ですから、私を雇用した理由があるわけですよね?」

「サツキ君が応募第一号だよ」

「じゃあラッキーってことですか?」

「まあそうだな」

「それならそれでいいんですけど、なんか他にも理由がほしいな~っていうのがありますね」

「たとえばどんな?」

「顔が好みだったからとかですか?」

 リンコが唸る。

「うーん、まあそれは正直ある」

「そうなんですか?」

「私、女の子が好きなんだ」

 サツキがゆらゆらさせているスプーンを丁寧に皿に戻して、睫毛を数度しばたたかせてリンコをじっと見た。

「それってマジなやつですか? ライクじゃなくてラブの方の?」

「どうかな、どっちとも言える。あまり分けることに意味があるとは私は思っていないけど」

「つまり、リンコさんは雇用主であることを隠れ蓑にして、好みの女子高校生にこんなメイド服を着せて喜んでいるってことですか?」

 サツキがスカートの黒い裾を持ち上げる。

「いや、それは、まあ、そうだな、反論する余地はない」

「良いご趣味をお持ちでいらっしゃる」

「急に他人行儀になるなよ」

「いや、いいんですよ、そういうの、うちの学校でもありますからね」

 事も無げにサツキが言う。

「ああ、サツキ君は女子高だったね」

「私はよくわかりませんけど、まあ取り立てて珍しくないってところですね。多様性とかじゃないんですか? 誰にも迷惑かけてないですよね?」

「そう、ジェネレーションギャップってやつかな」

「別に違法じゃないですからね」

「こだわるなあ」

「それにまあ、悪い気はしないですね。どちらかといえば良い気の方ですね。自分の容姿が悪くないというのはさすがにこの歳ですから自覚していますし、そのおかげで暇なバイトも見つかりましたし」

「そういうものか」

「私もリンコさんのこと気に入っているのもありますけど」

 サツキが右手を頬に当て首を傾げる。

「ライクの方? ラブの方?」

 リンコが嬉しそう、ではなく、なんだか困ったような顔をして聞く。

「分けることに意味がないって言ったのはリンコさんじゃないですか」

「それはそうだけど、気になるだろ」

「私、こう見えて成績はかなりいいんですよね」

「いきなり何の話?」

「大学は法学部に入りたいんです。将来は弁護士か裁判官になりたいんですよ」

「違法合法の伏線回収!?」

「それで、私が大人になったらなんとかして完全に合法にしてしまいましょう」

 カウンタに置かれていたヘッドドレスをサツキが両手で恭しく持ち上げて被る。ニヒヒ、と変な声で笑った。

「それって」

 サツキがイスから立ち上がってくるりと一回転する。両手で裾を掴み、丁寧なお辞儀をして、自覚のある良い笑顔でリンコを真っ直ぐに見た。

「私も不労所得に憧れはありますからね」

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