第2話
今日は休みだったので、きみはイオンに行きそこであらためて自分自身の人生について振り返る。いつも使っている、マルマンのメモパッドに英語でメモを書くことからきみの「書く」という作業は始まる。でも、いったい何から書けばいいのかわからない。たいていの自伝は生まれたところから始まるもので、きみが今日持ち歩いているスティーヴン・ミルハウザー『ある夢想家の肖像』や三島由紀夫『仮面の告白』だってきちんと出生から筆を進めている(これらの本、もちろんきみは読めるわけもない。きみはただいつも「本をたくさん持ち歩かないと気がすまない」から持ち歩くのだ)。でも、なんだか気が進まない。結局手がかりがつかめないままきみは、気分を変えて英会話教室の宿題をしようと考える。アメリカ出身の先生たちが興味を持つ話とは何だろう……きみが最近読み進めているカレン・チャン『わたしの香港』の話、あるいはそれこそきみが計画しているこの回想録の話などをしてもいいのではないかと考えて、そこでふと「棚からぼたもち」という言葉がひらめく。このことわざをきみはリアルに感じる。「棚からぼたもち」。この言葉について書いてみたい。
「棚からぼたもち」……これは辞書というかスマホで調べてみると「労せずして何かを楽に手に入れる」ということであるらしい。なら、きみにとってきみの人生はまさに「棚からぼたもち」の連続だったとさえ言えるのではないかと思い始める。思い出す……きみはときどき、きみを知らない人から羨まれて一目置かれることがある。きみは大学を行くにあたって、泣く子も黙るあの早稲田大学を選んだからだ。でもきみは本来は神戸市外国語大学や関関同立を受験して、ゆくゆくはそっちの関西エリアの大学に通うつもりだった。つまり早稲田に受かるための「傾向と対策」なんてまったくしていなかったのだ。にもかかわらずいろいろあって、記念受験のつもりで受けたら受かった。これは謙遜でもなんでもなく、きみから見た真実だ。でも、もちろんすべてがそんなふうにうまく運ぶわけではない。言うまでもなく、これまできみだって血を吐く思いをしていろんなことに挑んできたのを思い出す。体育の授業で蹴上がりを練習したのに結局きみ1人だけできなかったこと、就職活動でどこからも内定をもらえなかったこと、作家になろうとしてくすぶり続けて今に至ること、などなどだ。
そんな人生を歩んできたからか、きみはずっと心のどこかで「いつかきっと」と考えるクセをつけてしまったのかもしれないと思うことがある。「いつかきっと」「そのうち何とかなる」……努力したってできないことは山ほどある反面、努力しなくたってラクラクできることだって山ほどある(というのはオーバーかな?)。なら、どっちにしても努力なんてどうでもいいとも言えるわけだ。だって、堅実な努力がかならず叶うものではないことはこれまでの人生ではっきり証明されている。それは叶わないものでもある反面、ちょっとしたことで叶ってしまうギャンブルみたいなものなのだ……でも、ある時期から「それは間違っている」と思うようにもなった。やはりきちんと努力して、現状を自力で(もちろん他人と連携して)変えていく努力をしなければ、と思ったのだ。だからきみはこの回想録に「さよなら女神」「さよならベルダンディー」というタイトルをつけようとしたわけだ。もう、ぼくにとって何でも相談に乗って、問題を解決までしてくれるベルダンディーは現れないと思って……。
でも、具体的に何をしたらいいのだろう。きみはその問いを今でもひきずり、自分に問うている。「ぼくは努力しているだろうか?」。そう考えると、きみは答えられない。確かにきみはアルコール依存症に苦しんだ過去を持つから酒を止めて、断酒会通いを始めた。英語の勉強はDiscordやMeWeを使ったり、英会話教室に行ったりして鍛えている。仕事のことはジョブコーチを利用する夢も叶った。これらは努力かもしれない。でも、それらは何もガムシャラに頑張ったわけではない。その時その時タイミングや運の悪さに悩みながらもあれこれ試行錯誤を通してやってきたことだ。そうこうしていると、思わぬところから思わぬ出会いがあったり救いの手が差し伸べられたりして自分の道が開けてきたのだった……40歳の時に運命的な出会いを果たしたこともそうした「思わぬところから思わぬ出会い」の「救いの手」だった。神の見えざる手、とさえ言えるかもしれない。なら、こうした手にずっと助けられてきたのはきみが関与できるものではなかったのだから、やはりきみの人生は「棚からぼたもち」ということわざが似合うのかもしれない。
さよなら天国 踊る猫 @throbbingdiscocat
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