第41話 謝罪

 シアは深呼吸したあと、あえて立ち止まり俯く。

 周りがさらに注目するように肩を落としたあと、ゆっくりと顔を上げて見せた。


「メアリー、心配してくれてどうもありがとう。とても嬉しいわ」

「シア様……っ! やっぱり、ギューイ公爵に」

「でも、それは誤解よ」

「……え?」


 シアが笑顔できっぱりハッキリと言い切ると、メアリーが呆気に取られた顔をする。


「私はレオナルドさんに虐げられてなどいないわ。確かに、結婚式はしないけど、それは思春期の子供達に配慮してのことなの。私も納得していることよ。それに、行動制限されているという話だけど、今日私はパーティーに来れているでしょう? 制限されているというなら、そもそも家族でパーティーになんて参加できないのではなくて?」

「それ、は……」


 シアの指摘に目が泳ぐメアリー。

 まさか反論させるとは思っていなかったようで、口をぱくぱくとさせながらも二の句が告げなくなっていた。


「それと、お金のことをあまりひけらかすのはよろしくないとは思うけど、お金に関しても特に制限なく使用を認められているわ。今日のドレスだって私の意向でジュディさんのドレスを全員分新調しているし、ヘアメイクも全員分。全て私と子供達の希望通りにしてもらってるの。素敵でしょう?」

「え? あ、はい。……素敵、だと思います」


 立て板に水のごとく話すシアのペースに飲まれてか、シアの言葉をおずおずながらも肯定するメアリー。

 聴衆達もシアの凛々しい立ち振る舞いに、視線が釘付けであった。


(ここで一気に畳みかけるしかないわね)


 噂をひっくり返すなら今だと、シアは注目を集めているのを逆手に取ることにした。


「それに見て、これ。レオナルドさんが結婚の証としてこんなに素敵なネックレスをくださったの。私の髪の色に合わせて、私だけのために! 事業してたからわかるけど、この石はレッド・ダイヤモンドと言って、とても希少価値が高くて手に入れるのは大変だったはずだわ。それなのに、わざわざ私のために誂えてくださったのよ。すごいとは思わない?」

「え、えぇ。……すごいですね」


 シアの勢いに圧倒されて、メアリーも頷くしかなかった。

 まさにシアの独壇場である。


「でしょう? それだけ私のことを想ってくださっているのに、周りから虐げられていると思われているだなんてとても心外だわ。誰が一体そんな悪い噂を言ったのかしら。酷いわよね!」

「そ、そうですわね」

「噂って恐ろしいものね。本当とは全く違ったことが広まってしまうだなんて」


 シアが悲しそうに言えば、メアリーはそれ以上何も言えなかった。


「メアリーは優しさから私のことを心配して言ってくれたことはわかってる。でも、大事な夫をそんな風に言われたら悲しいわ。確かに、レオナルドさんは無愛想で不器用なところがあるけど、とっても素敵な人なのよ。少なくとも私はそれを知っている。だから、どうしてそんなデタラメな噂が広まってしまっているかは知らないけれど、その噂は間違ってると私はハッキリ否定するわ」


 シアがまっすぐとメアリーを見つめる。

 メアリーは最初こそ視線が彷徨いながらも、シアの視線を受け止めた。


「そう、でしたのね」

「メアリーは聡明な子だから、ちゃんとわかってくれるわよね? もちろん、アンジェリカも」

「え? えぇ、はい。もちろんです」


 先程までメアリー同様呆けていたアンジェリカも巻き込む。

 こう言われてしまえば、アンジェリカも頷くしかなかった。


「ありがとう。さすが聡明で優しいメアリーとアンジェリカだわ。……でも、困ったわね。メアリーとアンジェリカが信じてしまうくらいにその噂が広まってしまっているだなんて……」


 シアが悲しそうに顔を歪めると俯く。

 すると、メアリーとアンジェリカはお互い向き合い、彼女達は見つめ合ったあと決意を新たにしたのか、先程までとはまるで違う顔つきでシアのほうに向き直った。


「シア様! そんな悲しい顔なさらないでくださいっ」

「これからはそんな噂はデマだと私達が訂正致します!」


 メアリーとアンジェリカは真剣な表情でシアに訴えてくる。彼女達の言葉に偽りがないのは見てすぐにわかった。


「本当? でも、貴女達にそんな手を煩わせるわけには……」

「何をおっしゃいます! 噂に騙されてシア様を悲しませてしまったわたくしが言うことではないかもしれませんが、わたくしにとってシア様の幸せが第一ですわ!」

「そうです! ですから、シア様を悲しませてしまった罪滅ぼしに、私達ができる限り訂正するとお約束致します!」


 メアリーもアンジェリカも目を潤ませ、顔を紅潮させながら必死に訴えてくる。

 そんな誠実な二人の姿に、シアもほっと胸を撫で下ろしたかのように表情を和らげた。


「ありがとう、メアリー。アンジェリカ。持つべきものは優しい友人ね」

「こちらこそ、シア様に酷いことを言ってしまってごめんなさい」

「シア様から話を聞いていないのに、噂を信じてしまってごめんなさい」

「誤解が解けたならいいのよ。もう気にしないで」


 シアが彼女達の手を取りギュッと握ったあと、二人を抱きしめる。

 アンジェリカとメアリーははにかむように笑った。

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