第42話 ダンス
「シア」
ふと背後から名を呼ばれて振り向くと、なぜかそこにはレオナルドがいた。
アンジェリカとメアリーは、まさかの噂の本人登場に固まっている。
「レオナルドさん。どうしてここに? ドゥークー辺境伯とのお仕事のお話、終わったんですか?」
「あぁ。それと、ダンスフロアが空いたようだ。よければ一曲一緒に踊らないか?」
レオナルドから手を差し出される。
シアが困惑していると、「シア様どうぞ行ってください」「私達のことはいいですから」とメアリーとアンジェリカに背中を押された。
「いいの? 気を遣わせてしまってごめんなさいね。また今度埋め合わせはするから」
「すまないな、キミたち。だが、今回だけは私に彼女を譲ってくれ」
「は、はい」
「もももももちろんですわ」
「どうもありがとう」
ふっと柔和に微笑むレオナルド。
その整った表情に、アンジェリカもメアリーも顔を真っ赤にしていた。
「では、行こうか」
「はい」
腕を出されてエスコートされる。
シアが見上げると、レオナルドの未だ優しい表情に内心ドキッとした。
(いつからいたんだろう。さっきのやり取り聞いてたわよね)
レオナルドを悪く言った覚えはないが、どちらかと言えば罪悪感が募る。
いくら噂を払拭するためとはいえ、レオナルドの名前を出して懐事情や贈答品のことを引き合いに出したのはちょっと独善的過ぎたのではないだろうかと反省した。
(妻があんな聴衆に囲まれて自分のこと話してたら気分よくないわよね。ただでさえパーティー嫌いだってのに、悪印象持たれたらどうしよう)
これはやってしまった案件ではないかと内心頭を抱えるシア。どう言い訳すればいいものかと、ぐるぐる悩みながらダンスフロアに入る。
周りを見渡せば、いつのまにかダンスフロアにはほぼ誰もおらず、ほぼレオナルドとシアの貸切状態だ。
ただでさえ先程のやり取りで視線を集めていたというのに、さらに聴衆の視線を集めている状況。
人の目が恐いと言っていたレオナルドのメンタルは大丈夫かとシアが考えあぐねているときだった。
「ありがとう」
ふと、頭から降ってくるレオナルドからの感謝の言葉。シアは訳が分からず頭を上げると、優しい瞳をしたレオナルドの視線とぶつかった。
「……え?」
「先程のことだ。私のためにあのように振る舞ってくれたのだろう?」
「え、っと、そうですけど。でも私、余計なことを色々と言ってしまって。あと無駄に視線を集めてしまって、詮索されるのとか嫌がってたのに周りに聞こえるようにレオナルドさんのことあれこれ言ってしまって申し訳ないです」
いくら弁解するためだったとはいえ、あんなに大勢の前で経済状況や内情を暴露したのは恥ずべきことだったことはわかる。
ただでさえレオナルドは人からの関心を避けたがっていたのに、あのような振る舞いをしたのは悪手だったと今更ながら後悔の念にかられた。
だが、落ち込んでいるシアとは対照的にレオナルドは晴れやかな顔だ。
「そんなことはない。私は逃げるばかりだったというのに、シアは立ち向かってくれた。本当にありがとう。とても感謝している」
「でも、注目を集めてしまって……」
「いいんだ。今更すぎるが、シアが私のことを信じてくれているならそれでいいんだと気づいた」
レオナルドの言葉に胸が熱くなる。
まさかレオナルドからそんな言葉を言ってもらえると思わなかったシアは、嬉しくて何も言えなくなった。
「それと、今ここで言うのもあれかもしれないが、我が家に来てくれてありがとう。私と結婚してくれたのがシアでよかった。……これからも、母としてだけではなく、家族として妻として私達と一緒にいてくれると嬉しい」
(今ここで言うなんてズルい)
不意打ちの言葉に目頭が熱くなる。
レオナルドに必要とされていることが、こんなにも嬉しいなんてシアさえも思ってもみなかった。
「本当、今ここで言うことじゃないです。レオナルドさん、もっと時と場所を考えて言ってください」
「すまない。今言わないと言うのを忘れてしまうかと思ったら言わずにはいられなくてだな……」
「もうっ。……でも、嬉しいです。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしく頼む」
シアが微笑むと曲が鳴り出す。
レオナルドに手を引かれると、シアはそのまま流れるようにステップを踏んだ。
「これで本日のミッションは完了ですね」
「あぁ」
シアとレオナルドは多くの注目を浴びながら、誰もがうっとりとするようなダンスを曲が終わるまで堂々と踊りきるのであった。
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