第40話 衆目

「次の季節に合わせて何かまた栽培してみようと思うんだけど、何かオススメはあるかしら? 今度はお花じゃなくて食べ物に挑戦してみたいのだけど」

「でしたら、今度実家に寄ったときにでも確認してみます。苗や種などあったら持って行きますね」

「あら、手間をかけさせてしまって申し訳ないわね」

「いえいえ、こちらとしても栽培していただいたほうが事業としてありがたいので。土壌によって育ち方も違うと聞きますし、情報は多ければ多いほどいいので、育てていただけるのはとても助かります。あ、実家にも青い薔薇が咲いたこと伝えておきますね」

「えぇ、よろしく伝えておいてちょうだい」

「あっ! シア様!」

「シア様〜!」


 ドゥークー辺境伯夫人と話し込んでいると、不意に名前を呼ばれて顔を上げる。

 するとそこには、先程会ったアンジェリカとメアリーがいた。


「あら、アンジェリカ。メアリー。先程ぶりね」

「シア様〜! 先程全然お話できなかったから、もしお時間あるようでしたら私達も一緒にお話したいです〜」

「久々にお会いしたのですもの、ぜひぜひっ!」

「えっと……」


 アンジェリカとメアリーに腕を掴まれ、引っ張り上げられるシア。

 その状況にどうしようかと困惑していると「私ばかりが人気者のシアちゃんを独占してたら悪いもの、行ってきていいわよ?」とドゥークー辺境伯夫人が笑顔で答えた。


「申し訳ありません。お気を遣わせてしまって」

「いいのよ、いっぱい話せたもの。気にしないでちょうだい。今度また家に遊びに来たときにでもお話しましょう」

「ありがとうございます」

「じゃ、行きましょう! シア様!」

「こっちです、シア様っ」


 ドゥークー辺境伯夫人にまともに別れの挨拶も言えないまま、ぐいぐいっとアンジェリカとメアリーに引っ張られる。

 シアは苦笑しながら、「そんなに引っ張らなくても大丈夫よ」と言うも、二人は「そうは言ってもご家族が戻ってきたらシア様そちらに行ってしまわれるでしょう!?」「私達もシア様と一緒にいたいのに!」ととりつく島もなかった。


「シア様のご結婚はおめでたいですけど、シア様ったら結婚されてから全然パーティー出てくださらないし」

「そうですわ! 先日新調したドレスやそれに合わせたヘアメイクも見ていただきたかったのに」

「ごめんなさいね。最近は嫁いだばかりで忙しくて。なかなかパーティーに出る暇もなかったの」


 実際、シアはギューイ家に嫁いできてからというもの、毎日家のことや家族のことでてんやわんやで交友関係の維持は手紙の返信くらいしかする暇がなかった。

 レオナルドのパーティー嫌いもあったとはいえ、未婚のときとは違って家族を優先するせいで自分の時間がなく、慣れない環境というのもあって今まで通りに自分の思いのままにことを進めることがなかなかできず。


 これが巷でよく聞く、未婚と既婚の壁なのかと実感していた。


「そうは言っても、以前のほうがお忙しくされてたじゃないですか」

「確かに家の手伝いはしてたけど、あくまで手伝いだったから。独り身のときは好き勝手できたけど、家族がいるとなかなかそういうわけにもいかなくてね」


 シアが答えると不満そうな顔をするメアリー。

 アンジェリカも同様の不満があるのか、シアにくっついたまま唇を尖らせていた。


(話が合わなくなるってこういうことなのね)


 シア自身は特に変わったつもりはないが、置かれている環境が違えば否が応でも変わらざるを得ない。それは、夫がいて子供達がいてという環境に突如身を置くことになったシアも例外ではなかった。


 今までは自分一人であれこれ選択できたことも、家族がいる今は譲ったり合わせたりしなければならない。

 未婚のときには気づかなかったが家族を持つと、いい意味でも悪い意味でも色々と制限がつきまとうのだ。


(とはいえ、これを言語化するのも難しい。やっぱり置かれてる状況によっては理解しにくいだろうし)


 どう言えば彼女達に納得してもらえるだろうか、とシアが逡巡しているときだった。


「それって、やっぱり公爵のせいなんです? シア様がパーティーに出られなくなったのって」

「こら、メアリー」


 メアリーが唸るように呟くのを、慌ててアンジェリカが止める。

 けれど、一度吐いた言葉が導火線となり、メアリーは勢いづいていった。


「でも、アンジェリカも聞いたでしょう? ギューイ公爵の噂。奥様や子供達の意向を全部無視して虐げて、行動や金銭の自由も奪って、わざと不機嫌に振る舞って家族を精神的に追い詰めて嫌がらせしてたって」

「メアリー、声が大きいわ」

「でもでも! だから、シア様は最近なかなかパーティーに出られなかったんじゃありません!? そもそも結婚式も挙げてないですし、挙げる予定もないと聞きました。それも全部ギューイ公爵のせいですよね!?」

「それは……」

「やっぱり事実なんですね!? 悪い噂ばかり聞くので、シア様も被害に遭われているのではないかとわたくし心配でしたの! でも大丈夫ですわっ! わたくしのお父様は法曹関係に縁がありますから、我慢されずともお父様に言えば公爵といえど離縁できるよう手続きできますからっ」


 メアリーの声がいよいよ大きくなって、会場内の注目が集まっているのがわかる。

 そして、それが好奇の目であることもシアには理解できていた。


(あぁ、レオナルドさんはこういう目に晒され続けていたのね)


 興味や関心だけでなく、詮索や不躾な色などがないまぜになった眼差し。

 悪意があるなしに関わらず寄せられる衆目は、不器用で繊細なレオナルドには耐えがたいものであっただろう。

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