第39話 心配

「話が脱線してしまったが、ギューイ公爵のことは存じ上げているよ。まさかシアさんの結婚相手だというのは驚いたが」

「恐縮です」

「そういえば、レオナルドさんはうちの主人に国の事業のことでお話があるんですって? なら、私はシアちゃんとお話してるから、殿方は殿方でお仕事のお話でもしてきたら? ねぇ、シアちゃん」

「ですね。私達は積もる話がありますから。その間、お二人はぜひとも殿方同士のお話をしてくださればと」


 ドゥークー辺境伯夫人に便乗するようにアシストするシア。

 いくら心の準備ができていないと言えど、ここまできたらレオナルドも腹を括るしかないだろう。


「ちょっと失礼します。……ドゥークー辺境伯はとても強面ではありますけど、奥様想いの優しい方ですから、あまり気負わなくて大丈夫ですよ」


 ドゥークー辺境伯夫人から離れ、シアはレオナルドにそっと耳打ちする。激励するようにギュッと手を握ると、緊張からかレオナルドの手は冷たくなっていた。


「……善処する」

「あと、事前にお渡しした資料にも記載してた通り、お子さんのお話を振るのはダメですからね。それから、話題に困ったら料理の話を振ってみてください。作るのも食べるのもお好きなので」

「わかった」

「では、頑張ってきてください」


 ギュッとシアがレオナルドに抱きつくと、レオナルドは衝撃からかガチガチに固まっていた。大丈夫かと心配になるが、「では、行こうか」とのドゥークー辺境伯からの声かけにハッと我に返り、そのままついていくレオナルドをシアは見送る。


「心配?」


 シアが心配そうに見つめてるのを、ドゥークー辺境伯夫人がすぐに気づき声をかけてくる。

 さすが年の功だけはあって、こういう気づきはシアよりも長けていた。


「ちょっと主人は見た目のわりに気弱なので」

「そうみたいね。凛々しい顔をしてるのにソワソワしてるのが伝わってきてたわ」

「申し訳ないです」

「いいのよ。でも、本当噂ってのは当てにならないわね。ギューイ公爵は氷のように冷たく、家族を虐げて傍若無人に振る舞っているって聞いたことがあったけど、全部嘘だったようね」

「えぇ!? そんな噂があったんですか」


 シアは聞いていた噂よりもかなり悪い噂が立っていたことを知って驚く。そこまで誇張されて吹聴されていたら、レオナルドが社交界に行きたがらないのも理解できた。


「だからうちの主人、結構心配してたのよ。シアちゃんは大丈夫なのかって。一応さっきは本人の前だからそういうことは言わなかったけど」

「色々と気を遣っていただいてしまって申し訳ありません」

「いいのよいいの。私とシアちゃんの仲でしょう? それに、噂がろくでもないってことは私達も身に染みて知っているからね」

「ドゥークー辺境伯夫人……」


 ドゥークー辺境伯夫人の言葉に胸が詰まるシア。


 かつてドゥークー辺境伯夫婦には一人息子がいたのだが、家族で狩りに出かけた際の不慮の事故によって亡くしている。ドゥークー辺境伯夫人の脚もその事故の影響で不自由になっていた。

 そのため、それに関連してよからぬ噂を立てられたのだろうというのは想像に難くなかった。


「私のこの脚のことも含めて、主人にとやかく言う人が多くてね。あれは本当に事故で、別に主人のせいじゃないのに、好き勝手言って悪い噂ばっかり立てられて。だから噂ってものがろくでもないものだって私達はわかってるわ。それと、こういう噂ってのは一種の娯楽だから、ある程度消費されたら消えていくから安心して」

「ありがとうございます」

「だから、きっと大丈夫よ。シアちゃんが心配しなくても主人は悪いようにしないと思うわ。って、もう私ったら、こんな話したかったんじゃないのよ。聞いてちょうだい。先日シアちゃんからもらった青い薔薇、あれが咲いたの!」


 話題を変えた途端に興奮気味で話し始めるドゥークー辺境伯夫人。

 恐らくシアに気を遣って話題を変えてくれたのだろうが、シアはあえてそれに気づかないフリをして彼女のテンションに便乗した。


「えぇ! あれ、咲いたんですか!? なかなか咲かすのが大変って聞いてたのにすごいです!」


 シアがギューイ家に嫁ぐ前、実家の商いでたまたま手に入れた青い薔薇の種をドゥークー辺境伯夫人に譲ったのだが、それが咲いたらしい。

 かなり希少なもので栽培が非常に難しいものだと聞いていたため、まさか本当に咲かせられるとはとシアは驚いた。


「暇だし、それくらいしかやることないからね。それに、シアちゃんが栽培方法熱心に調べて教えてくれたじゃない。そのおかげよ」

「いえいえ、私はただ調べただけですから。というか、いつまで咲くんだろう……? せっかくですから、見に行きたいです」

「ぜひぜひ遊びに来て。よければ、娘ちゃん達も連れて」

「ありがとうございます。嬉しい! そういえば、先日いただいたローズティーとても美味しかったです。あと、香水も子供達が気に入って!」

「あら、では今度来たときにみんなにあげられるよう用意しておくわね」

「いえ、でも。そんな何から何までしていただくわけには」

「何言ってるのよ。もうシアちゃんの娘ちゃんは私達の孫みたいなものなんだから、しっかりと甘やかさせてちょうだい」

「ありがとうございます」


 久々に甘えられる相手との会話に、シアも会話が弾む。

 それから、せっかく咲かせた青い薔薇をジャムにするかティーにするか、はたまた押し花にするかブーケにするかなど久々の逢瀬に、話題は尽きることはなかった。

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