第38話 愛情
「まだダンスフロアは空きそうにないな」
レオナルドがぽつりと呟く。
それに合わせてシアがダンスフロアに視線を向けると、相変わらず大盛況で人がひしめき合っている状態だった。
「そうですね。なかなかすぐには空きそうにないですね。……どうします? 先にドゥークー辺境伯を探しますか?」
今日の目的はアンナとの約束であるパーティーに参加することはもちろんだが、レオナルドの仕事に関係ある人物との交流も重大な目的の一つだった。
特にキーパーソンであるドゥークー辺境伯との会合は済ませておきたいはずだと承知していたシアは、あえてレオナルドに提案する。
けれど、レオナルドは表情には出していないものの、何となく気乗りしない雰囲気を漂わせていた。
「……そうだな」
「レオナルドさん。すごく気が進んでなさそうですね」
「なぜわかる」
「見ればわかりますよ。一応、私はレオナルドさんの妻ですし」
シアが言い切ると、驚いた表情のレオナルド。
シアにはなぜレオナルドがそんなに驚いているのか、理解できなかった。
「そういうものなのか」
「そういうものだと思いますよ。旦那様のことを把握するのも妻の勤めですし。まぁ、妻として期待はされてなかったようですが、私は嫁いできたからには役割を全うしたいとは考えています」
「……すまない」
シアが嫌味を言えば、レオナルドは素直に謝ってくる。本人なりに罪悪感はあったらしい。やはり根は悪い人ではないのだとつくづく思った。
「ちなみに、レオナルドさんだけでなく子供達のことも含めてですけどね。一緒に過ごしてるんですから、みんなのことは大体わかりますよ」
「そうなのか。……私は実親だというのにわからないことばかりだがな」
気落ちしたように自嘲するレオナルド。
それをフォローするように、シアが「大丈夫ですよ」と明るく声をかけた。
「これから頑張ればいいんですから。今はできてなかったとしても、今後子供達のことよく見てあげればいいんですよ」
「そうか、そうだな」
「まだまだ甘えたい盛りの子達ですからね。レオナルドさんの愛情をもっと注いであげてください」
「愛情、か」
「はい、愛情です」
シアがにっこりと微笑むと、対照的にレオナルドは苦笑する。
だが、不快感があるようではなかった。
「話は戻るが、やはりドゥークー辺境伯に会うのは気乗りはしないな。しなくてはいけないとわかってはいるが」
弱音を吐くレオナルド。
やはりなかなかすぐに乗る気にはなれないらしい。
「でも、嫌なことを後回しにすると、なかなか前に進めませんよ? お仕事の責任者でもあるんですし、大人なんですから、頑張ってください」
「わかってはいるが。……大人にはなりたくないものだな」
「もう、気持ちはわからなくもないですけど。今更何を言ってるんですか」
「冗談だ」
「嘘。ちょっと本気も混じってますよね?」
「シアには何でもお見通しだな」
「そうですよ。だから、私に嘘は通じません」
ふふん、とシアが胸を張って見せると、一瞬なんだか複雑そうな表情をするレオナルド。
たまに見せるその表情が何を表しているのか、何でもお見通しなはずのシアにもわからなかった。
「あら、シアちゃん!」
レオナルドと軽口を言い合っていると、不意に声をかけられる。
シアが声をかけられた方向を見ると、そこにはまさに会おうとした人物がいた。
「ドゥークー辺境伯夫人! ご無沙汰してます!」
ドゥークー辺境伯夫人が杖をつきながらおぼつかない様子でこちらに歩いてこようとするのを、シアが駆け寄って支える。
「こちらこそ。シアちゃんに久々に会えて嬉しいわ」
「私もです。脚の調子はどうです? こちらの椅子どうぞ使ってください」
脚が不自由なせいで杖をついているドゥークー辺境伯夫人に、シアは先程まで座っていた椅子に案内する。それに合わせるように寄り添って歩いていたドゥークー辺境伯も一緒についてきた。
「ありがとう、シアちゃん」
「いえ、お気になさらないでください。ドゥークー辺境伯もご無沙汰してます。お変わりないようでよかったです」
「あぁ、こちらこそ。シアさんもお元気そうで何よりだ」
噂をすれば何とやら。
まさかドゥークー辺境伯夫婦のほうから来てくれるとは思わなかったシア。
心の準備がまだだったレオナルドは大丈夫だろうか、と彼の顔をこっそりと見ると、表情が変わらないもののちょっと強張っているように見えた。
「そういえば、結婚したんだってね。おめでとう」
「ありがとうございます。ご挨拶が遅くなってしまって申し訳ありません。こちらが主人のレオナルドです」
「シアと結婚しました、レオナルドです」
「まぁ、噂には聞いていたけどとっても素敵な方ね! いわゆるイケメンってやつでしょう? シアちゃんもこんな素敵がご縁があったの隠してたなんて、すみにおけないんだから」
ドゥークー辺境伯夫人がまるで若い令嬢のようにはしゃぐと、ちょっと面白くなさそうにドゥークー辺境伯が「んんっ」と咳払いをした。
「やだ、貴方。嫉妬? 貴方もとてもダンディで素敵よ」
「わかっている」
ドゥークー辺境伯夫人がフォローすれば、満更でもなさそうに頷くドゥークー辺境伯。
この二人は昔から社交界きってのおしどり夫婦であった。
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