第37話 切り替え

 とりあえず、セレナとアンナに関してはそのうち戻ってくるだろうと気持ちを切り替える。

 そして、そういえばフィオナとマルタは大丈夫だろうかとシアが彼女達二人に視線を向けると、マルタがもじもじとフィオナに何か言いたそうにしているのが見えた。


(助け舟を出したほうが……いえ、ここは見守ったほうがよさそうね)


 お節介ながらも、あえて何もせずに二人の成り行きを見守るシア。

 口を出すことは簡単だが、それはマルタのためにはならないだろうと判断したのだ。

 そのため、わざと何も言わずに密かに彼女達の動向を見守ることにした。


「フィ、フィオナさんっ」

「何?」

「っっっっっっ」


(もう、フィオナったらあんな言い方。そんなぶっきらぼうに言ったら機嫌悪いと思われちゃって敬遠されてしまうわ)


 フィオナのつっけんどんな言い方に、もうちょっと柔和な言い方ができるようにどうにかならないのかとハラハラしながら、シアは彼女達のやり取りを見守った。


(マルタ、大丈夫かしら。人見知りにあの態度はつらいわよね)


 無愛想と人見知り。

 相性で言えばかなり悪いだろう。


 実際、マルタはフィオナの返事にビクッと身体を跳ねさせ、まるで小動物のようにぷるぷると身体を震わせていた。あまりにも心許ない様子に、大丈夫だろうかと心配になってくる。


 けれど、マルタはほんの少し涙目になってもじもじとしながらも、グッと拳を握ったあと意を決したように口を開いた。


「あっ、あの、えっと、さっき、その、中庭で白い小鳥を見かけたのだけど」

「だから?」

「っ、だから、えっと、その……小鳥すごく小さくて、可愛くて……確か、フィオナさんてお絵描き上手だったでしょう? それで、もしよかったら、一緒に見に行かないかなーって……私とじゃ、ダメかな?」


(ちゃんと言えてマルタすごいわ!)


 我が子ではないものの、子供の成長を見て感動するシア。

 かなりつっかえつっかえではあったが、一生懸命自分の気持ちを伝えられたのは、人見知りなマルタにとってはかなりすごいことだろう。


(さて、フィオナはなんて答えるのかしら)


 マルタと一緒にフィオナの反応を待つ。

 すると、フィオナは表情を変えずに口を開いた。


「何で? 別にいいけど。……ねぇ、マルタと一緒に中庭に行ってもいい?」


 フィオナが尋ねてくるのを、シアは今気づいたかのように顔を向ける。

 そしてさも先程の会話を聞いてなかったかのように振る舞い、説明するフィオナに「いいわよ」と笑って答えた。


「いいって」

「よかった! じゃあ、行こう」

「うん」

「気をつけてね。知らない人にはついていっちゃダメよ。あと人に迷惑はかけちゃダメだからね」

「わかってる!」


 本当は心配で色々と言いたいが堪え、揃って中庭に行くのを手を振って見送るシア。

 はたから見たらフィオナはマルタに対してかなりの塩対応ではあったが、表情を見る限り嬉しそうであった。


(今なら母様の気持ちが理解できるわ)


 親の心子知らず。

 自分もまだ子供の立場だったときを思い出して母の苦労を実感する。


(そりゃ娘が気に登ったり令息とチャンバラしたりしたら気が気じゃないのも当然よね)


 かつて自分がした行いを振り返り、いかに母に心労を与えていたかを理解して苦笑するシア。

 煩わしいと感じていた母の小言も、今では申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


(あとで謝罪の手紙でも出しておこう)


 素直には謝れないかもしれないが、遠回しにでも迷惑をかけていたことを自覚したことなどでも綴ろうなどと考えながら、シアは小さくなっていく二人の背を見えなくなるまで見送った。


「二人だけになってしまったな」


 シアが二人の背を見送っていると、レオナルドが傍らに立つ。シアがレオナルドを見上げると、彼もまたシアのことを見ていた。


「えぇ、本当。想像してるよりも早く子供達は巣立っていくかもしれないですね」


 シアがそう言うとどことなく遠い目をして寂しげな表情をするレオナルド。やっぱり子供達が離れていくのは寂しいらしい。


「そうだな。我々が思っているよりもずっと早いかもしれない」


(……彼女達が巣立ったら、私はもうギューイ家に必要ないのかしら)


 レオナルドの言葉に、ふと自分はどうしてここに嫁いで来たかを思い出す。

 レオナルドは子供達のためだけにシアを迎えたということなら、当然子供達が巣立ったらシアは用済みだろう。


(元々そういうためだけの繋がりだものね。妻として一緒にいる意味はないのだし)


 レオナルドとは子供達の手が離れるまでの関係。

 手が離れるとするのが学校卒業なのか嫁ぐまでなのか具体的な区切りはまだわからないながらも、期間としては誤差の範囲だ。いずれにしてもシアはそのうちこの家を出ることになるだろう。


(せっかく繋がった縁だからちょっと寂しい気もするけど、仕方ないわよね。ある程度先に身のふりを考えておかないとな)


 感傷に浸りそうになりながらも、元々わかっててここに来たのだと自分に言い聞かせて、シアは気持ちを切り替える。


(一度結婚したのだし、出戻ったとしても母もちょっとは大目に見てくれるはず。出戻ったあとは、また事業に関わって父の後継をしてもいいし、新たに事業をしてもいいかもしれないわね。大丈夫、私は前向きなのが取り柄なのだから。それに今すぐ縁が切れるわけじゃないんだし、やれることはしっかりやらないと)


 気が先走ってしまったが、まだお払い箱になったわけではないのだから自分がやるべきことを全うせねばとシアは決意を新たにする。

 とりあえず、もう一つのミッションをどうするかなどを考えながら、シアはパーティー会場を眺めるのだった。

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