第31話 根回し

 ディラン伯爵家の家令に案内され、エントランスを抜けるとそこには大勢の人。人。人。

 あまりの多さにレオナルドは心許なくなったのか、シアにギュッとしがみつく。

 シアはそんなレオナルドを宥めるように彼の腕をゆっくりと撫でながら、家令に連れられてディラン伯爵夫人の元へと向かった。


「奥様。ギューイ公爵家がいらっしゃいました」


 家令がディラン伯爵夫人に声をかける。

 ディラン伯爵夫人は、どうやら使用人達に指示を出していたらしい。

 家令の声かけに気づくと「では、お願いね」とメイド達に何かを促したあと、ふくよかな身体をこちらを向けて「まぁ、ギューイ公爵様! いらっしゃってくださって嬉しいです。アンナさんもお久しぶり」とにっこりと微笑んだ。


「ディラン伯爵夫人。本日はお招きいただき、どうもありがとうございます」


 無愛想とまではいかないものの、レオナルドが緊張した様子で挨拶する。表情には出ていないものの、どうも緊張で力が入ってしまうようで、シアにくっついている力が強くなった。

 すると、レオナルドのフォローをするようにアンナが前に出る。


「ご機嫌よう、ディラン伯爵夫人。お招きいただき、どうもありがとうございます。本日はよろしくお願いします」


 アンナが恭しくお辞儀をする。

 ディラン伯爵夫人はそんなアンナを見るなりさらに笑みを濃くした。


「もう、アンナさんったら私と貴女の仲なのだから、そんな堅っ苦しい挨拶しなくて結構よ。アンナさんが今日のパーティーに来てくださって嬉しいわ。ハロルドったら、貴女がいつ来るのかってそわそわしながらずっと待っているの。だから、ハロルドに会って落ち着くように言ってもらえる?」

「もちろんです。えっと、ハロルド様はどちらに?」

「今は庭園にいると思うわ」

「わかりました。では、そちらに参りますね」

「えぇ、お願い。それから、そのドレス素敵ね。いい色合いでいつもよりさらに素敵だわ。アンナさんにとても似合ってる」

「ありがとうございます。お気に入りなんです」


 アンナが嬉しそうにはにかむ。そんなアンナの姿を見て、シアも嬉しくなった。


「お父様。シア様。先に行って参りますね」

「あぁ」

「いってらっしゃい」


 アンナが庭園に向かうのを見届ける。その足取りは軽く、とても楽しそうであった。


(アンナが楽しんでいるようでよかった)


 出発前の事件で一時はどうなることかと思ったが、無事に来れて本当によかったとシアは安堵する。


「シア様も本日はお越しくださりありがとうございます。それから、先日はどうもありがとうございました。お花や食材などの口利きしていただいたおかげで、とても良いものがたくさん揃えられて、とても助かりましたわ」

「いえいえ。お役に立てたなら光栄です」


 ディラン伯爵夫人とシアの会話に首を傾げるレオナルド。

 この二人に接点などあっただろうかと疑問に思っているようだった。


「それから、シア様効果が凄くて! シア様をお招きしたと知ったご令嬢からたくさん逆オファーが来まして。みなさん参加したいとおっしゃって、おかげさまでこんな大規模なパーティーを開くことができましたわ」

「そうだったんですね。申し訳ありません。ご迷惑おかけして」

「いいえ、とんでもない! 主人はたくさんの方々とのご縁に恵まれて、むしろ感謝してますわ。ありがとうございます」


 そういえば、手紙にも「いつ、どのパーティーに参加しますか」「いつ頃お会いできますか」などと数人から聞かれていたことを思い出すシア。

 最近返信した令嬢にはディラン伯爵家のパーティーに参加することを伝えていたが、まさかそこまで反響があったのかとシア自身もちょっと驚く。

 隣で聞いていたレオナルドやセレナ、フィオナも会話の内容に驚いたようで、シアの顔を見ていた。


「そうそう。セレナさんとフィオナさんも、今日はお会いできて嬉しいわ」

「こちらこそ、お招きいただき感謝致します」

「ありがとうございます」

「アンナさんからよく話を聞いていたのよ。とても素敵な姉妹がいるって。本当に可愛らしい、素敵な姉妹ね」


 セレナとフィオナが緊張しながらも、愛想よくディラン伯爵夫人に挨拶する。事前に練習したお辞儀もぎこちないながらもしっかりとこなし、ディラン伯爵夫人に褒められて、セレナもフィオナも照れているようだった。


「……シア」

「はい?」


 ディラン伯爵夫人がセレナとフィオナとアンナから聞いたあれこれの会話をしている間、レオナルドがシアにこっそりと耳打ちする。

 シアはレオナルドの言葉が聞き取りやすいように、彼に身体を寄せて顔を近づけた。


「どうかしました?」

「いつそんなことをしてたんだ」

「何のことです?」

「ディラン伯爵夫人がさっき言っていたことだ。花や食材の口利きがどうとか」

「あぁ。そのことでしたか」


 言われて、何のことか理解する。

 そういえば、レオナルドには特に話していなかったと、シアは今更ながら思い出した。


「レオナルドさんに渡した招待客のリスト集めついでに。私、こういう根回しは得意なんですよ」


 コソコソとディラン伯爵夫人にバレないように話すと、レオナルドは「それで招待客のリストを入手していたのか」と驚き混じりの声を漏らした。


「ふふふ。商売人の娘なので、抜かりはないのです」

「抜かりがなさすぎて、逆に恐ろしいくらいだ」

「え、酷いっ」

「冗談だ」


 レオナルドの言葉に対し、脇腹をちょんちょんと小突くシア。


「今、冗談を言うタイミングじゃないですっ」「すまない。悪かった」


 シアが抗議すると、レオナルドは苦笑する。

 そんなしょうもないやりとりを二人でひっそりとしていると、おもむろに「あらやだ!」とディラン伯爵夫人が大きな声を上げた。


「もう嫌だわ、私ったら。主人のところに案内する前にペラペラと。公爵様、申し訳ありません。主人は奥の部屋にいますので、すぐに案内致しますね」


 そう言って奥の部屋へと進んでいくディラン伯爵夫人。

 シアとレオナルドはディラン伯爵夫人の声にハッと我に返ったあと、お互いちょっと恥ずかしくなりながら、彼女のあとを追ってディラン伯爵に挨拶をするのだった。


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