第32話 令嬢

「シア様!」

「シア様だわ!」


 ディラン伯爵との挨拶を済ませ、ホールに向かうと待ち構えていた令嬢達にわっと取り囲まれる。

 あまりの勢いに、普段毒づいているセレナも虚をつかれた顔をしていた。


「シア様、お久しぶりです〜!」

「アンジェリカ。久しぶり」

「シア様にお会いしたかったので、来ちゃいました!」

「メアリーもわざわざ会いに来てくれたのね。ありがとう」


 シアがにっこりと微笑むと「はぅあ!」と声を上げて腰砕けになる令嬢達。シアからすればいつものことだが、レオナルド達にとっては未知の光景で、かなりドン引きしていた。


「シア様がご結婚されてから、パーティーにいらっしゃらなくてとても寂しかったです〜」

「ごめんなさいね。色々と忙しくて」

「シア様。ご結婚おめでとうございます!」

「ありがとう」

「シア様がご結婚されると聞いてびっくりしましたが、まさか公爵様と結婚されるだなんて。さすがシア様ですわ!」

「たまたまご縁があってね」


 当たり障りない返答をしつつ、この状況をどうしようと困惑するシア。ある程度囲まれることは想像していたが、ここまで多くの人々が集まると思わず、切り上げるタイミングを見計らいながら会話を続けた。


「でも、公爵夫人が務まるだなんてさすがです!」

「しかも、お子様がいらっしゃるのに嫁がれるだなんて! シア様の懐が深い証ですわ」

「公爵もきっとシア様のご活躍に目をつけられたのだわ!」

「えぇ、そうに違いないわね」

「……そうだと嬉しいのだけどね」


(本当は全然そうじゃないけど)


 とはいえ、本当のことを正直に打ち明けるわけにはいかず、愛想笑いを浮かべるシア。令嬢達の勢いは止まる気配はなく、どんどんと囲む令嬢の人数は増えていった。


「シア様、今日は一段と素敵です。ジュディ様の新作ですか?」

「そうなの。そう言っていただけて嬉しいわ。ジュディさんにも伝えておくわね」

「ヘアセットもお化粧もとても綺麗! まるで妖精のようですっ」

「ビアンカさんがしてくれたの。似合ってるならよかったわ。ビアンカさんに褒めてもらったと伝えておくわね」


(んー、そろそろどうにか切り上げたいけど。どうしよう)


 久々にパーティーに顔を出したせいか、誰も彼もがシアと話そうと群がってくる。

 だが、さすがに結婚して子供達がいる身で以前のように令嬢達ばかりを相手にすることはできない。

 どうにかこの状況を打破できないかとちらっとレオナルドを見れば、令嬢達の勢いに呆気に取られているようだった。


「……レオナルドさん」


 シアがこっそりと呼びながら、レオナルドの腕を引く。すると、レオナルドはハッと我に返って「んんっ」と咳払いした。

 レオナルドの咳払いでびくりと身体を跳ねさせる令嬢達。どうやら、シアに夢中になりすぎて、レオナルド達の存在に全く気づいていなかったようだった。


「あ、えっと、シア様。今日は一緒にダンスを踊っていただきたいのですが」

「抜け駆けはズルいわ! わたくしもいいですか?」

「私も!」

「ワタクシも!」


 一人が言ったのを皮切りに、次々とダンスのお誘いをされるシア。自他共に認める八方美人なので普段は誘いを断らないのだが、今日はレオナルドと一緒にいて彼を守ると約束したため、頼まれごとに弱いシアは気持ちが折れそうになるものの、グッと堪えた。


「ごめんなさい。今日は家族と来ているから、なるべく家族と過ごしたいの。だから、一緒には踊れないわ」

「えー、どうしてもですか?」

「ちょっとだけでもダメですか?」


 どうにかシアが折れないかと挑む令嬢達。

 圧倒的な勢いに押されそうになるものの、シアの意志のほうが固かった。


「えぇ。みんなと平等に踊ってたらどうしても時間がかかるでしょう? それと、結婚してから初めてのパーティーだから、踊るなら主人と一緒に踊りたくて」


 シアがそう言って微笑みながらレオナルドにしなだれかかる。

 レオナルドはシアの意図を察してか、シアの身体を強く引き寄せると「申し訳ないが、配慮していただけると助かる。今日はシアと一緒にいたいんだ」と令嬢達に言うと、彼女達はみんな顔を真っ赤にして引き下がった。


「というわけで、ごめんなさいね。今日は難しいけど、また今度の機会にでも一緒に踊りましょう」

「わかりました。次回必ず踊ってくださいねっ」

「もちろんよ」

「もし時間があったらお話することはできますか?」

「えぇ、時間が取れたらぜひお話しましょう? では、私まだ挨拶しなくてはいけない人がいるから、またあとでね」

「はいっ」


 そう言ってレオナルドとセレナとフィオナを引き連れてその場を離れるシア。どうにか上手く令嬢達から離れると「はぁ」と大きく溜め息をついた。


「レオナルドさん、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いや、すぐに助け舟を出せずにすまなかった」

「そんなことないです。レオナルドさんのおかげで上手く話題を切り上げられましたし。セレナもフィオナもごめんなさいね。巻き込んでしまって」

「なんか、あんた凄いのね」

「圧がヤバかった」


 レオナルドはある程度事前に言っていたとはいえ、これほどまでとはと衝撃が凄まじかったみたいだ。

 セレナとフィオナはシアの人気を全く知らなかったため、色々と圧倒されている様子だった。


「せっかく貴女達のためにパーティーに来たのに、時間を取られちゃったわね。でも、とりあえず切り抜けられたし、今から楽しみましょうか。今日はとっても美味しい料理がたくさん出てるのですって! 立食パーティーだから好きな料理が食べ放題よ。だから、私も食べるの楽しみにしてきたの! セレナもダイエット頑張ったぶん、いっぱい食べちゃいましょう」


 気圧されてしまった空気を変えようと、シアはわざと大袈裟に話す。

 シアが「あれを見て、とっても美味しそう。こちらもいいわね」などと指を差しながら、子供のようにはしゃぐとセレナもフィオナもだんだんといつも通りの表情に戻ってきた。


「そうね。せっかく来たのだし、そんなに美味しいのが出るなら食べなかったら、もったいないものね」

「でしょう? フィオナもたくさんの種類の料理が出てるから、好きなものあるはずよ。美味しいものがあったら私も食べたいから教えてね」

「わかった」

「レオナルドさんも」


 シアがレオナルドを見上げると、シアの調子につられたのか、「そうだな」と柔和に微笑むレオナルドに思わず目を見張る。

 レオナルドはこんな表情もできるのか、とシアは嬉しくなった。


「ミッションも成功させなければですしね」

「あぁ」

「ミッション?」

「こっちの話」


 フィオナが不思議そうに訊ねてくるのをにっこりと微笑んで誤魔化す。

 フィオナは訝しげな顔をしていたが、すぐさま興味を失ったようで、「お姉ちゃん、行こう」「ちょっ、フィオナ! 引っ張らないでちょうだい」「お姉ちゃん、言葉」「フィオナ〜!」と言い合いながら、セレナを引っ張って食事のほうに向かった。


「私達も食べましょうか」

「そうだな」


 レオナルドがシアの腰に腕を回す。

 不意打ちでドキリとしたが、「夫婦なんだから慣れないと」とシアは気持ちを切り替え、料理の物色に勤しむのであった。

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