第29話 謝罪
シアはレオナルドと共にセレナとアンナとフィオナが待つ部屋に戻ると、既に化粧直しを終えた三人が二人を待っていた。
「嘘!? 本当にお父様を連れてくるだなんて」
「ほら、お姉様。シア様はお約束を守られる方だって言ったでしょう?」
「それはわかってたけどっ。でも、まさか本当に説得に成功するだなんて」
セレナは動揺してるからか、シアが約束を守るということを肯定しているのに気づいていないようだった。
シアはセレナが約束を守ると信じてくれていたことに密かに嬉しく思った。
「ほら、レオナルドさん」
「あぁ。……突然行かないなどと言ってすまなかった。みんなが楽しみにしているのをわかっていて、私は裏切るような真似をしてしまった。本当に申し訳ない」
レオナルドが子供達に向かって深々と頭を下げる。セレナもアンナもフィオナも動揺してるのか、何も言わずにお互いに視線を送り合っていた。
「ま、まぁ、お父様がそこまで謝るなら許してあげないことはないけど?」
「新しい画材買ってくれたら許す」
「では、私は料理当番の代わりをしてくれたら許します」
「え、アンナそれズルい。私もそれにする!」
セレナに追従するようにそれぞれお許しの言葉が。代わりを要求するのはちゃっかりしているが、いずれも微笑ましい内容である。
「わかった。きちんとこなそう」
「では、許します」
「レオナルドさん、よかったですね」
「あぁ」
アンナの言葉に安堵した様子のレオナルド。無事に一件落着してよかったとホッとしたのも束の間だった。
「シア様、時間!」
「あぁ! そうだった! 急がないと遅れちゃう!! あとビアンカ達にも挨拶とかお礼とかしないと!」
ドタバタと慌てて挨拶やら支度やらを済ませる。そしてパーティー会場へと向かうため、急いで頼んでおいた馬車に乗り込んだ。
「パーティー、久しぶりだから失敗したらどうしよう。挨拶の仕方間違えないかしら」
先程までの威勢はどこへやら。
セレナが不安そうに自分の頭や顔や服を気にし出してキョロキョロと落ち着きなくソワソワし始める。
「大丈夫ですよ。お姉様はいつも綺麗な挨拶をなさってますよ」
「そ、そう? あっ、身だしなみはどう? 変じゃない?」
「お姉ちゃん、さっきも念入りに確認してたのにまた確認するの?」
セレナの様子に呆れた顔をするフィオナ。
フィオナは服装にあまり頓着がないせいか、セレナがどうしてそんなに気にする必要があるのか理解できないようだった。
「だって、ちょっとでも乱れがあったら嫌じゃない! ジュディ様やビアンカ様の名誉にも関わるし!!」
「そういうものなの?」
「そういうものなの!」
「ふぅん」
すぐに興味を失ったように適当に返すフィオナ。それに「キー!」となってるセレナをどうどうと落ち着くように宥めるアンナ。
「お姉様、特に乱れはないですからご安心ください。それにとても綺麗ですよ。自信を持ってください」
「ならいいんだけど。あっ、香水! 香水つけるの忘れてた!」
「香水なら私のでよければ使いますか? シア様からいただいたもので、ローズの香りです」
「どんな匂い? ……まぁ、悪くはないわね」
「いい匂いですよね。強すぎずさりげない香りで。ふふっ、お姉様と私、お揃いの香りですね」
「ズルい! お姉ちゃん、私もそれつけたい!」
久々のパーティーだからか浮足立っているようで、いつもよりも饒舌な三姉妹。こんなにキャッキャと盛り上がっている三人を見るのは初めてなので、シアも嬉しくなっていた。
「子供達、楽しそうでよかったですね。……レオナルド、さん?」
レオナルドに話題を振るためシアがそちらに顔を向けると、彼は酷く緊張したような面持ちだった。
「レオナルドさん? 大丈夫です?」
「っ! あ、あぁ、大丈夫だ。……多分」
さすがにすぐにトラウマ解消とはいかないようで、青褪めた様子のレオナルドが心配になってくるシア。
レオナルドの手を握ると、まるで氷のように冷たくなっていた。
「すぐに頑張るなんて難しいですから、気負わなくて大丈夫です」
「だが、それでもギューイ家の大黒柱として恥ずかしい振る舞いはできないからな」
「そう固く考えないでください。と言ってもすぐに切り替えるのができないですよね」
「あぁ」
苦々しく吐くレオナルド。わかってはいても、できるかどうかは別だということはシアも理解していた。
「レオナルドさんは難しく考えすぎるきらいがありますから、それで余計に自分を追い込んでしまうんだと思います」
「確かに」
唸るように頷くレオナルド。彼なりに自覚はあるらしい。
「ということで、目標を決めましょうか」
「目標?」
「はい。では、そうですね……一つだと簡単でしょうから、今回は二つミッションをこなすことを目標にしましょう」
「ミッション……?」
わけがわからない、と言った様子で眉を顰めるレオナルド。シアはにっこりと微笑んで、指を一本立てた。
「まず一つ目。何かを食べること。腹が減っては戦ができませんから」
「食べること……か」
「はい。緊張するとなかなか喉を通らないでしょうが、とりあえず食べられるだけ食べられるよう頑張りましょう」
「善処する」
シアは大したことは言ってないが、真剣な表情で頷くレオナルド。真面目だなぁ、と思いながらも微笑ましく感じた。
そしてシアは二本目の指を立てる。
「二つ目はダンスを踊ること」
「……ダンス?」
「えぇ。せっかく練習したのに、誰にも見せられないのはもったいないので」
「それは、シアのミッションでもあるのではないか?」
「では、私とレオナルドさん二人の共同ミッションということで」
シアがにっこりと微笑むと、口元を緩めるレオナルド。多少は緊張が和らいだようでホッとする。
「とりあえず、以上のミッションをこなすことを目標に頑張りましょう」
「あぁ、わかった。ところで、このミッションをこなしたら何か褒美が出るのか?」
「えぇ? ご褒美、ですか……」
まさか褒美を要求されるとは思わなかったシアはレオナルドにとって何が褒美になるだろうかと頭を悩ませる。
好物のパイでも焼こうか、それとも労いのマッサージでもするか、とシアがうんうん唸っていると思考を遮るようにレオナルドが「シア」と名前を呼んだ。
「はい?」
「冗談だ。本気にするな」
「……っ、冗談の使いどころが心臓に悪いです!」
「すまない。慣れてないんだ」
シアが膨れて抗議すると、レオナルドはバツが悪そうに苦笑する。
けれど、以前もっと茶目っ気を出せと言った手前、シアはそれ以上は何も言わず話題を変えることにした。
「そういえば、レオナルドさんに一個お願いしたいことがあるんですが、いいですか?」
「何だ?」
「なるべくパーティーで一緒にいてほしいんです」
「うん? どういうことだ?」
シアからのお願いに、レオナルドは彼女の意図が読めずに訝しげな顔をする。
「えっと、恐らくですが、今日久々のパーティーなのでたくさんの方々に囲まれる可能性がありまして。自意識過剰かとお思いになるかもしれませんが、多分レオナルドさんが思っている以上の人が殺到すると思われますのでできればある程度防いでいただけると助かります」
「……確かに、あの手紙の量をもらっていたらさながら嘘でもなさそうだな。まぁ、構わないが……私と一緒にいることで人避けの効果が得られるとはあまり思えないが」
「そんなことないですよ。ほら、新婚夫婦なわけですし。レオナルドさんと一緒にいるのはいい口実になります」
(って、そうだ。自分で言って思い出したけど、私達は新婚夫婦だった)
自分で言いながら、そういえば自分達は新婚夫婦だったと思い出す。新婚夫婦らしいことは何もしてこなかったせいですっかり忘れていたが、世間からしたら新婚であることには間違いなかった。
「それもそうだな」
「では、そういうことでよろしくお願いします。お互い、ミッション頑張りましょうね」
レオナルドの手を握ったまま、シアがガッツポーズするように拳を前に出す。それにつられて、表情が柔らかくなるレオナルド。
いつのまにかレオナルドの手は人並みに温かくなっていた。
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