第28話 本音

「…………恐いんだ、人の目が。私は不器用で、シアのように上手く察して立ち回ることができない。だから、人からの評価が下がることをとてつもなく恐れている。元々落ちた評判がさらに落ちたらどうしようか、と。人から向けられる悪意や嘲笑が恐いんだ」


 レオナルドがポツリと話し出す。

 シアはレオナルドの口から「恐い」というワードが出たことに内心驚いたが、同時に正直に気持ちを吐露してくれたことが嬉しかった。


「そうだったんですね。……確かに、元々レオナルドさんが氷の公爵と呼ばれてあまりよくない噂があるのは耳にしたことがありました」

「やはりそうか」


 レオナルドが途端にしゅんと気落ちしたような表情になる。

 予想通りレオナルドはずっと気にしていたらしい。落ち込んだレオナルドを見て、シアも苦しくなる。


(本当は悪い人じゃないのに)


 最初こそシアに態度が悪かったものの、それは不器用だったからだと今ならわかる。もちろん、まだレオナルドの知らない部分もたくさんあるけれど、それでも悪いところだけでなく、いい部分もたくさんあるのだとシアは知っていた。

 だからこそ、悪い噂が立っているという現状を打破したかった。


「ですから、汚名返上しましょう。そして、名誉を挽回しましょう」

「……どうやって?」

「ただパーティーに出席すればいいんです。どうしてそんな噂が立ったのか知りませんが、好き勝手言われているのを放置してると、ますます悪くイメージが悪くなって表に出づらくなってしまいます。だからあえて出席して、そんなイメージを払拭しちゃえばいいんです」

「そんな簡単に言うが……」

「私に任せてください。こういう対処は得意なので」


 シアが胸を張ってみせる。その姿は自信に満ちていた。


「レオナルドさんは私が守ります。ですから、一緒にパーティー行きましょう」

「……わかった」

「ありがとうございます!」

「ふっ、まさか女性から守ると言われる日が来るとはな」


 レオナルドが口元を緩める。それを見て、自然とシアも微笑んでいた。


「でも、どうしてレオナルドさんの悪い噂なんて流れているんでしょうね」

「…………見ての通り不器用で察しが悪いからな。それに人見知りで態度も悪い。難ならいくらでも出てくる」

「そうですか? いいところもいっぱいあると思いますけど」

「例えば?」

「優しいところとか素直なところとか。あと、嘘をつけないところとか。それから、身長が高くて年齢のわりには若いと思いますし、見た目は文句なしにカッコいいと思います。他には……」

「もういい。なんだかこちらが恥ずかしくなってくる」


 ペラペラとシアがレオナルドのいいところを挙げていくと、気恥ずかしそうにしているレオナルド。そんな彼を見て、「こういうのでレオナルドさんは照れるんだ、可愛い」とシアは内心微笑ましく思った。


「とにかくレオナルドさんには魅力がいっぱいあります。みなさんが知らないだけで。ですから、堂々と出席すればレオナルドさんの悪いイメージなんかすぐにどっかへ行っちゃいますよ」

「だといいがな」

「大丈夫です。 私がついていますから!」


 シアがにっこりと微笑む。

 そして、「では、みんな待っていますから早く彼女達のところへ戻りましょうか」とレオナルドの手を引くと、なぜか動かないレオナルド。

 シアが不思議に思って「どうしましたか?」と声をかけると、「ちょっとだけ待ってくれないか」と言われ、首を傾げる。


「何かまだ不安要素が?」

「いや、そうではない。……このタイミングで渡すのもどうかと思うが、シアに渡したいものがある」

「私に?」


 レオナルドが、何やら奥から丁寧に包まれた箱を持ってくる。それを「気に入るかどうかわからないが、もらってほしい」とシアに差し出した。


「ありがとうございます」


 シアはレオナルドから受け取り、早速開封する。そこには綺麗な装飾がされた豪華なネックレスがあった。


「これ……」

「あー、その。シアが嫁いできてくれた感謝というか、日々の感謝というか。とにかく、その結婚のときに何も贈り物をしていなかったと思ってな。本当は指輪にしようと思ったが、サイズがわからなくてネックレスにした。一応シアの髪色に合わせてルビーやガーネット、レッド・ダイヤモンドなどの装飾にしてもらったのだが……気に入ってもらえるだろうか」


 かなり大ぶりの石が一つ、とても美しい輝きをしていて、その周りにもいくつもの石の装飾がされている。輝きから、恐らく大ぶりの中央の石がレッド・ダイヤモンドだろうが、確かレッド・ダイヤモンドはとても貴重で高価だと聞いたことがあったシアは、あまりの衝撃に言葉を失った。


「気に入ってもらえなかったか? すまない、女性モノには疎くて。一応店員にアドバイスしてもらって決めたのだが」


 何も言わないシアに対し、不安そうなレオナルド。不安からか、無意識にいつもより饒舌に話していた。


「シア?」


 黙り込むシアにいよいよ我慢ができなくて、レオナルドがシアの顔を覗き込む。

 すると、シアは勢いよくレオナルドの身体に正面から抱きついた。


「レオナルドさん、どうもありがとうございます! すごく嬉しいです。わぁ、とっても綺麗。こんな素敵なネックレスをわざわざ私のために選んでくださったなんて……早速つけてもいいですか?」

「あ、あぁ。では、私がつけよう。後ろを向いてもらってもいいだろうか」

「はいっ」


 シアが後ろを向くと、拙い手つきでシアの首にネックレスをつけるレオナルド。辿々しいながらどうにかつけ終わると、シアがレオナルドのほうに向き直った。


「どうです? 似合ってます?」

「あぁ、よく似合っている」

「ふふっ、嬉しい。みんなに自慢しちゃお。レオナルドさん、ありがとうございます。一生大事にしますね」

「あぁ、そうしてくれると私も嬉しい」


 シアが鏡を見るとそこには美しく存在を主張するネックレスが。髪色と宝石の色味がマッチしていているおかげでドレスがさらに引き立ち、より美しく見える気がする。

 こういったプレゼントを男性(ジュダを除く)からもらったのが初めてなシアは、あまりの嬉しさに口元が緩みっぱなしだった。しかし、ふと「そういえばお返し何も用意してない」と気づき、すぐさま青褪める。


「あ、私、何もお返しするもの持ってないです。どうしよう……」

「別に返礼はいい。言っただろう? 嫁いできてくれたことと日頃の感謝を込めての贈答品だと」

「ですけど」

「では、今日私を守ってくれることの報酬だとでも思ってくれ」

「わかりました! レオナルドさんが楽しく過ごせるよう、私頑張りますね」


 張り切るシアに、苦笑するレオナルド。

 正直レオナルドはシアに見返りなどを求めていなかったのだが、彼女がそう望むならとそれ以上は何も言わなかった。


「さて、ではそろそろちゃんと戻りましょうか」

「あぁ。……シア、ありがとう」

「お礼を言うのはまだ早いですし、本番はこれからですよ。その前に子供達に謝らないと」

「そうだな」

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