第9話 三種族長会議④

 ウォーディンはアイゼンの提案を受けて思考した。


 数日前の違和感は正しかったのだ。収穫間際となった麦の産地である西側を攻められたことは偶然ではなかった。


 マハ・ガントの戦略。しからば不安に駆られて増援を送ってしまったが、それは失敗だったろうか。相手方がそもそも収穫の阻止が目的であれば、時既に遅しと言える。


 全ての責任は私にある。

 こうなった原因は敵を甘く見ていたことにあると言わざるを得ない。ヨークに来るベオ共を見て、奴ら全員を知能が低いと思っていた。故に戦略などないと。油断していた。マハ・ガントがこの時期まで出てこなかったのは、相手に知能を悟られないことが目的だったのかもしれない。確実に獲物の喉笛を噛み切るために。それほどの知能があるとすれば、夜聞こえてくるベオ共のあの不気味な遠吠えは、人間たちについて何かを伝える通信だったのかもしれない。


 ウォーディンの拳に力が入る。

 痛恨の極みだ。我らは東から絶えず来ていたベオ共に、ずっと気を取られていた。いや、東に貼り付けに"されて"いた。波状攻撃で東に我らを貼り付けにし、時機をみて西の食糧を確実に潰す。そして、我らが西に行った後には逆に東に本軍が到達し、我らの街を滅ぼすつもりだったか。そうなれば、ヨークの街はひとたまりもなかったであろう。間一髪と言ってもいい。アイゼンの情報がなければ、まんまとそれに引っかかっていたに違いない。

 だが…。だが、それでも西が手遅れだとすれば、もう今のこの状況を続けることはできない。食糧が底をつく。今解決しなければ、我らミクステアは一年保つかどうか。勿論その一年を超えることができるのは、一握りに限られるが…。


「貴重な情報に感謝します。ボルボテアの王アイゼン」


 ウォーディンは頭を下げて謝辞を述べた。アイゼンが片手を挙げて応じた。頭を下げながらも、ウォーディンは思考を続ける。


 今までは群れであっても、ベオ共は"個"であった。戦場で助け合うことなどなく、右に行くものも左に行くものもおり、馬で駆けて奴らをおびき寄せて散開させ、ただ小さくなったベオの集団を我らの集団で各個撃破としていく、というのが今までの戦闘のセオリーだった。そのため、ベオ側が三倍程度の数が居ようとなんとかできた。

 しかし、そこに指揮官がいるとなると途端に事情が変わる。個の力はベオ共の方が上なのだ。首を切る以外に不死身であるのだから、傷を負えば戦えなくなる我らと比べて継戦能力が段違いだ。それはボルボテアにおいても同じだったということだろう。


 だから、負けた。ボルボテアはミクステアよりも身体能力に優れ、両者が百人対百人でやればミクステアは惨敗を喫すだろう。そのボルボテアでも負けたのであれば、我らミクステアに今回の戦での勝ち目など到底あろう訳がない。しかし、それでも…。

 ウォーディンは歯を噛み、言葉を振り絞った。


「とても有益な提案であり、私たちミクステアにとってそれ以外に手はない。そう思えます。しかし…。しかし、ボルボテアの皆を養える食糧は…ないのです」


 アイゼンの眉がピクリと動いた。

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