第7話 三種族長会議②

 遂に会議が開かれた。最初に口火を切ったのは、獣人族〈ボルボテア〉だった。獣人族の族長アイゼン、老齢の狼顔で口髭や眉毛が白く伸び切っている。だが、その白眉の奥に見える赤い瞳は現役狩人の力強さと威圧感を宿していた。


「皆、集ってもらってご苦労。今日は"大きな脅威"について主らにも教えてやろうと思ってな」


 それを受けてウォーディンの後列で「嫌味な言い方だな」とティムが誰にも聞こえぬように吐き捨てた。しかし、獣人族長アイゼンの後ろで耳をピクリと動かしたジャッカル風の獣人が叫ぶ。


「なんだと貴様!ミクステアの癖に生意気な。その美味そうに肥えた喉輪を噛み切ってやろうか!」

「すまない。コイツは未熟者でな。悪気はないのだ。赦してやってくれ」


 ウォーディンが怯えるティムの前に庇うように立ち、軽く頭を下げた。まだ食いかかろうとするジャッカルに対して、族長アイゼンが手を挙げて、後ろのジャッカルを宥めた。ティムは今度は口に出さずに「耳の良い奴め」と思った。ウォーディンはアイゼンに問い掛けた。


「ボルボテアの族長アイゼン。貴方の武功は敵方として良く苦しめられたから知っている」


 ウォーディンはアイゼンに苦笑いを投げかけ、アイゼンが誇らしげに鼻を鳴らした。


「お主もな。ウォーディン」


とアイゼンは笑みを浮かべて返した。二人は共に「出会うなら戦場にて会いたかった」と思ったが、それは胸に仕舞い込み、そして少し訝しんだ顔をしてウォーディンは続けた。


「そんな貴方のいう"大いなる脅威"とは一体なんです。ただの"火から還りし土人〈ベオ・ウールシ・ガンへ〉"如きに、貴方はそんな言葉は遣わないはずだ」


 アイゼンは眉の奥の赤き瞳を鈍く光らせると、会場全体が息を飲みこみ、静寂の中でアイゼンの重々しい言葉がそこに拡がった。


「奴らを統べるものが現れた」

「統べる…もの…?」


 とウォーディンは問う。アイゼンも頷き、応答した。


「奴らの王だ。狡猾にして強力。その者自身も一騎当千であるが、厄介なのはそこではない。その者は不死身の奴らを束ね、その推進力はこれまでと比肩ならぬものとなった。あまねく大地を踏み潰し、目に見えた全てのものを殺し尽くす。"人"の最大の敵。その者を我々はこう呼ぶ事とした。人ならぬ世、即ち"暗黒の夜〈マハ〉"から越し者--」



「"暗黒の夜の王〈マハ・ガント〉"」


「我らの国はもうない。奴に落とされたのだ」


 しんと静まり返った会場に葉のこすれる音だけが鳴っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る