第5話 人間族の閉塞感②


「よろしい。次の報告を」


 そうしてウォーディンは次の報告を促した。ティムは手にしたメモをめくりあげる。


「はい、閣下。次はえーっと、エルポリオ様からヨークの食糧計画の草案が届きました。もう三十稿ですけど」

「どこの書類だ?」

「右手の山の三番目の冊子です」


 机の両端に山のように積まれた書類から、ウォーディンは簡易的に紐留めされただけのその冊子を取り出した。ペラペラと冊子をめくる。もう三十回目となる校正においては見るべきところもなく、一ページ一秒にも満たない速度でめくっていく。その中で気になったところはすぐに口に出した。


「ふむ。前回より大幅に供給量が減っている。何故だ?」

「収穫の近かった西方の村の麦がシガンヘにやられました。全滅です」

「そうか…。収穫の近い西側の防衛線はどこに布陣していたか?」

「えぇっと、たしかマルホイ周辺に歩兵五百とクジラ岩の辺りに歩兵三百だったと思います」

「ダメだな。防衛ラインを前線に押し上げ、増員しろ。マルホイの後ろまでやられる訳にはいかん。なんとしても収穫まで堅持せよ。エルポリオに伝えろ」

「はい、閣下。おい、マミルいるかい?」


 ティムは幕裏に現れた部下マミルにウォーディンの命令を言伝てた。その間、ウォーディンは目を閉じたまま天を仰ぎ、ため息を吐いた。そして、「こうも立て続けに収穫間際の物をやられると、流石に堪えるな」と一層皺を深くしながらひとりごちた。ティムが用を済ませたのを察して、ウォーディンはティムを促す。


「では、報告を続けろ」

「はい、閣下」


「南東の森にシガンヘの一群が見つかりました。進行方向は…、ヨークの方向です」

「ティム。その話は昨日聞いたぞ」

「いいえ言いづらいですが、閣下。これは新しい報告です。三日前に同じ報告をしましたけど。その一群は先程討伐しましたからね」

「うむ、そうであったか。すまない。報告を続けてくれ」

「閣下…。お休みになられた方がいいですよ。もうずっとまともに眠っていないでしょう?こんな書類の山なんてオイラがちょろまかしておきますから、どうぞお眠りになってください」

「そうはいかんよ。ここが正念場だ。人類の命運がかかっているんだ。手は抜けん」

「だけれど、これじゃあ先に叔父上がくたばっちまいますよ」

「ふん、私の命で人類が救われるなら安かろう」

「叔父上…。叔父上はこの国の宝です。今、ヨークが保っているのは叔父上の力なんですよ。その叔父上がいなくなったら、この国は滅びます」

「滅びんよ。お前がいる」

「なんてこと言うんです。オイラには無理ですよ」

「いいや、意外と適任だぞ。お前は人に愛される気質がある。将など無能でも人に愛されれば何とでもなる。後は有能な部下がなんとかしてくれるからな。ははは」

「褒めてんだか、貶してんだか判りませんね。でもとにかく叔父上には休んで欲しいのです。この戦いの終わりが見えない以上、叔父上にはいてもらわないと」

「いずれ晴れ間は来る。そのとき、お前たち子の世代がいれば私の戦いは勝ちなのだ。お前たちは可能性に溢れ、今なお成長を続ける。私がいなくても、いずれお前たちの誰かが私の役割を担うようになる。私は次の者が育つまでの時間を用意してやらねばならない」

「はあ、頑固者。そう言ってくれるのは嬉しいですけど。休んで欲しいだけなのに」

「ティム。私の予想が正しければ、案外もうすぐ晴れ間はやってくるぞ」

「なんですって?一体どういうことです?」

「待ってろ。時期に知る」

「はあ、頑固者のけちん坊ですね、叔父上は」

「かもしれんな。少し戯れが過ぎたな。ティム、報告を続けろ」

「はっ、閣下。次は…」


 こうして夜は更けていき、朝になればまた"火から還りし土人〈ベオ・ウールシ・ガンへ〉"の集団との戦いが行われる。毎日その繰り返し。人民は疲弊し、閉塞感が漂い続ける。

 そんな中で、その知らせは届いた。

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