第4話 人間族の閉塞感①

 深夜、"タルマン草の丘"の野営地のテントの椅子に、目頭を押さえて疲労の色を強くしたウォーディンの姿があった。


「閣下。次はエルポリオ様からの諮問になります。新たにヨークに難民が五百来たそうです」


 気不味そうな声色でウォーディンに報告するのは、甥であり秘書官を務めるティム・テル・ソーサー、二十四の男である。金髪の癖毛に小太りの姿はどこか愛嬌がある。ウォーディンも自分の三男七女の我が子より、気の置けない存在に思っていた。しかし、この時間帯のウォーディンはピリピリとした空気が漂っているため、ティムはあまりこの時間が好きではなかった。

 ティムの問いにウォーディンは間を置くことなく、目を閉じたまま答えた。


「男はこの野営地へ送れ。兵にする。代わりに女子供には飯をやれ」

「…お言葉ですが、閣下。兵が育つ前に我が一族の食糧は底を尽きてしまいます」

「だが、何も与えず遊ばせていれば、それより早くヨークが滅びる。反乱や蜂起の因子となる男共を無駄にヨークの中に抱え込む訳にはいかん。最善手ではないが、最悪手でもない。これ以外の手はない」

「他の都市に送ってみては?」

「やっとの思いでヨークに辿り着いたのだ。彼らにそれほどの体力はあるまい。加えて、行きの駄賃として渡した食糧をどう扱うかも分からん。売った上でまた難民としてヨークにしれっと戻ってくることも考えられる。今の状況で人の倫理観など当てにできぬよ。それに彼らを送ったとて、各地の頭首がそれを呑むとも思えんな。辿り着いた先で飢え死ぬだけだ」

「なら、もっと教育期間を減らして、前線に立たせてみるとか」

「号令も剣の振り方も分からぬ邪魔者が増えるだけだ」

「ううーん、もうっ!おかしいですよ、こんなの!リーチ家やバハムト家は一体何をやっているっていうんです。自分たちだけの食糧をたんまり溜め込んじゃって前線にも立たなければ、御三家として指揮を執るわけでもなしに。我々ソーサー家だけ飢えて、戦死して、夜鍋で食糧計画や防衛計画を立案して。もう我々だけで十分ではありませんか」

「よせ、ティム。どこの戸に耳があるか分からんのだ。慎め」

「そうは言っても…」

「それに食べねば、その腹の肉も落ちて都合が良かろう」

「そんな訳ないじゃないですか。これはオイラの鎧なんです。こう見えても何度も助けられてきたんだから」

「ほう。どんなときだ?」

「ええっと、寒い日と父上に殴られたときですかね」

「ははっ、そうか。随分と頑丈なものだ。ミスリル製か?」

「もう。いじわるだなあ。揶揄うのはよしてください」

「はははっ、すまん。すまん」

「はぁあ。リーチ家とバハムト家の奴らにはオイラの爪の垢でも飲ませてやりたいところですよ」

「ティム」

「はいはい…、すみませんでした。熱くなっちゃって。納得はしていませんが、承知しました」

「よろしい。次の報告を」


 そうして、ウォーディンは次の報告を促した。

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