二人の距離はイヤホンで

薄明 黎

二人の距離はイヤホンで

 ワイヤレスイヤホンが徐々に主流になりつつある今日この頃、有線を選んでいる人々はなぜそうしているのだろうか。


 充電がめんどくさいから、音質がいいから、遅延がないからetc...


 と、まぁ、いろいろとあるわけで、、、


 え、僕?僕も確かに有線だけど、理由は実用面ではないんだけどね、、、


 ◇  ◇  ◇


 オレンジと深い青のグラデ―ジョンに向かって僕は歩く、耳にはイヤホンを差して、最近気に入っている曲を流す。三十分かけて下校する僕にとって、音楽はなくてはならないものになり始めている。

 イヤホンは有線で、体の前で揺れているケーブルが少し邪魔に思えるが、ワイヤレスにする気はない。


 理由は我ながら単純なもので、、、、


「うっ、、、せ、背骨が」


 そんなことを考えながらいると、背中に鈍い衝撃が走る。それと同時に右側のイヤホンが耳からこぼれ落ちる。


「おーっす、れい


「『おーっす』じゃないよ!結構痛いからね、美紀みき


 怜とは僕の名前で、美紀は小学生時代からの幼馴染である。別の高校に通っているが、登下校路がある程度被っているので、時間さえあれば一緒に帰っていた。


 そのたび、僕は背中にダメージを受けるのだが、、


「ごめんて、で、今日は何を聴いてたの?」


「謝るならやめてほしいんだけど、、、今日聞いてるのはこれかな」


 そう言って、スマホの画面を彼女に見せる。


「また知らない曲だ、暇なの?」


 僕を軽く馬鹿にしたような口調で言いながら、彼女は僕の宙に舞っているRのイヤホンを自身の耳に刺した。

 それによって、僕と彼女は肩がぶつかりそうな距離まで近付き、僕の心臓は耳に入る音楽より大きな音を奏で始めた。

 彼女と帰るときはいつもこうなるのだが、やっぱり慣れないもので、


「怜、どうしたの?顔赤いけど」


 間近で、彼女がこちらへ顔を向けてきたことで、僕の顔はより熱くなった気がした。


「いや、、何でもないよ」


「あ、そう?じゃあ、いいけど」


 僕はそっと顔をそらしながらも、そう答えると、彼女は顔を前に戻して、曲に意識を傾ける。


 彼女にとって僕はただの仲のいい幼馴染かもしれないが、僕にとってはもう、そんなものではない。


 だって、僕は彼女に恋をしてしまっているのだから。


 この感情に気付いたのは、高校に入ってから初めて彼女と会ったときだった。

 今まで、毎日のように会って、毎日のように一緒に帰っていた。だから彼女への気持ちに気付いていなかったのだ、いや、この感情を友情とでも思っていたのか、、

 しかし、高校になって一緒にいる時間が減ったことで、これが恋心であることを嫌でも自覚させられた。


 彼女がいまの僕との距離をどう思っているのか分からないが、僕にとってはいいチャンスで、この機会を逃すわけにはいかない。


 まぁ、わかっていると思うが、僕が有線のままでいる理由はこれだ。


「ねぇ、ワイヤレスにするつもりはないの?」


 彼女が『そういえば』といった感じで聞いてきた、その顔は少し赤くなっているように見えたが夕焼けのせいだろうか、心なしか、落ち着きがないようにも見える。


「うーん、まだそのつもりはないかな」

 

 イヤホンがなくてもこの距離でいられるようになったら、変えるかもしれないけど、、

 まぁ、この考えを声に変換する勇気は持ち合わせていないが、、


「そうなんだ」


 そう言った、彼女の顔はやっぱり赤くなっていて、見惚れてしまった。

 このとき、片耳につけたイヤホンからはラブソングのラスサビが流れていた。




 

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