第177話 いらっしゃい
馬車から降りて実家の前に立つ。石レンガでできた赤い三角屋根が可愛らしい二階建ての大きなお家。貴族の邸宅が見慣れちゃってるから小さく感じるけど、十部屋はある文句なしの豪邸だ。
家に入りドアを開けると、広々としたリビングに繋がっている。中央にはソファとテーブル、壁際には本棚やタンスが置かれ、比較的物が少ない。まぁリビングって言ってもテレビとかゲームがある訳じゃないし、家族が集まれる広いだけのスペースって感じだ。
「ただいまー!」
皆をゾロゾロと引き連れてリビングへ上がり込むと、ソファの影からひょっこりと顔を出す子がいた。
金色混じりの茶髪に、優しげな少しタレ目の男の子。我らが愛すべき弟レオだ。あんなに小さかったレオも今では小学一年生くらいだもん、時の流れは早いね。
「あれ? お姉ちゃんいらっしゃい。お客さん?」
「うん。お客さんだけど……お姉ちゃんはお帰りで、お客さんにはいらっしゃい、でしょう?」
まだまだ子供のレオくんはその辺の言葉選びに難儀してるみたいだ。人口の多い村じゃないから、コミュニケーション能力の発達がスローペースなのかもしれないな。もっと多くの人と関われるようにした方がいいのかもしれない。
「ううん。合ってるよ? お姉ちゃんは家に帰ってこないんだからほとんどお客さんと一緒だよ。だからいらっしゃい、だよ? それよりお客さん立たせてないで早く通してあげないと。ごめんね? お姉ちゃんはちょっと抜けてる所があるから……」
レオはパタパタと近付きなが皆にぴょこっと頭を下げた。
「……あの頃はあうあう言ってただけなのに、大きくなりましたわね……。姉よりも」
リリ? どういう意味かな? まだまだレオは私の胸くらいの高さしかないよ?
「ごめんなさい、お会いしたことありましたか? こんなに綺麗なお姉さんなら僕は忘れないと思うんだけど……」
「貴方がこーんな小さい頃に一度だけ会ったんですわよ? 覚えてないのも無理ないですわね」
リリは少し屈んでレオの頭を撫でた。レオは少し納得顔で頷いた。
「あ、そうだ。皆さんこちらへどうぞ。今お茶をお出ししますね! お母さーん! お客さんにお茶入れてー!」
レオは家の奥の方へ声をかけると、皆をソファの方へと案内した。
「ノエルちゃん、レオくん大きくなりましたね」
「そだね! 元気に育ってくれて何よりだよ」
「それにしても平民の子って思ってたよりずっと賢いのね。それともノエルの血かしら?」
ベランジェール様がレオを見ながら関心したように口を開いた。その言い方だと私の子供にならない?
「そうね。さすがはノエル様の弟君であり、未来の私の夫よ。そこらへんの下級貴族の子供より余っ程知性を感じさせるわ」
テキトーにソファへ座っていると、リビングの奥の廊下からお母さんが出てきた。
「レオ? アレクシアでも来たの?」
お客さんと聞いて自室から出てきたみたいだね。
「お母さんただいまー。お友達連れて来たよ。何日か泊めてね」
私がヒラヒラと手を振りながらお母さんに声をかけると、皆が挨拶しようと思ったのか立ち上がった。すると、お貴族様達を見たお母さんはピシリと動きを止めてしまった。
無理もない。昔一度だけリリとアレクサンドル様を連れて来た時もお母さんはてんやわんやだったからね。こんなに沢山のお貴族様の群れが現れればそうなるのも頷けるよ。
「ノエルちゃんのお母さんお久しぶりです! あの、エマですけど……覚えてますか?」
エマちゃんはパタパタお母さんの所まで駆け寄ると、少し不安げに話しかけた。
お母さんは零れんばかりに目を見開いてエマちゃんを抱きしめた。
「もちろん覚えてるわよー! こんなに綺麗になって……。エリーズそっくりじゃない! 元気にしてた?」
「はいっ! お母さんも元気にしてますよ!」
エマちゃんもお母さんもニコニコで話始めた。
「あれ? エマさんってお姉ちゃんといつも一緒だった人? 僕も何となく覚えてるよ」
「ふふふ、レオくんも覚えててくれたんですね。久しぶりだね」
エマちゃんとお母さんとレオは、まるで久し振りに再会した家族の様に仲睦まじい様子で話に花を咲かせている。……私は? 私。
「ごほん。ママ、久しぶりですわ!」
「……!? こ、これは領主様の御息女様! お久しぶりです。いつもノエルがご迷惑おかけして……」
お母さんはガクガク震えながらレオを後ろに隠した。お土産に持ち帰るとか言ってたからね。お母さんのトラウマかな?
「それについては何とも言い難いですわ」
「もう! そこまで迷惑かけてないでしょ?」
「私も挨拶良いかしら? 第三王女のベランジェールよ。貴方がノエルのお母様なのね。今モンテルジナ王国で一番注目されている人の母親に会えるなんて光栄よ」
「ひぃ……。王女様が我が家に来るだなんて……あの……うちの子が何か失礼でも……?」
お母さんは顔面蒼白を通り越して土気色になっちゃってるよ。かたやレオは首を傾げている。この村から出たことがないし、レオはまだまだ王侯貴族について知らないんだろう。
「お姉ちゃん、王女殿下を連れてくるなら事前に言ってよ。こんな突然じゃ満足におもてなしもできないじゃん! ほんッと気が利かないんだから……」
「ご、ごめん」
ガチめのお説教で胸が痛いわ。お姉ちゃんの威厳なくね? 近くにいたアデライト嬢の胸に抱きついて心を慰めよう。
「の、ノエル様! あぁ! 芳醇なノエル様の香りが私の鼻腔を通って嗅覚野が刺激されてます! ノエル様の香りを嗅ぐ度に、この腕で抱いたこの瞬間を思い出せる様、焼印で脳に刻み込みたい! どうかこの一瞬が永遠であるよう神に祈りを捧げます。すぅーはぁー」
アデライト嬢は私の頭蓋骨を通して脳に語り掛けるように、私の頭に顔を埋めて喋っている。そこはかとなくヤバめなご令嬢をペリっと剥がしてからお母さんに向き直る。
「まぁ安心してよ。私は何もやらかしてないし、友達連れて来ただけだからさ」
「少々失礼しますね……。ノエル来なさい」
お母さんは私とレオの手を引いてリビングから出た。
「ノエル、まさか無理矢理引っ張ってきたとかじゃないわよね? 王女様なんて実在するかも怪しい存在じゃないの!」
「実在するよ? 少なくとも三人はいるよね。ベランジェール様第三王女だし」
「そうだね。僕も本で読んだよ? モンテルジナ王国は王子様二人と王女様三人いるって」
へぇー。ベランジェール様末っ子なんだ。弟や妹がいたら何かしら話題にはしてるか。
「レオはそんな本まで読んでるの? さっすが私の自慢の弟だ!」
私はレオを抱っこしてグルグルする。
「わわっ! 自慢の弟だっていうならもう少し頻繁に帰ってきてよ。お父さんもお母さんも村の皆も寂しがってるよ?」
痛い所を突くね! さすがは我が弟!
「それよりどうするつもり? あんなに沢山お貴族様連れてきちゃって……」
「普通でいいよ普通で。エマちゃんとかオルガちゃんと一緒。皆いい子だからさ。部屋だって沢山あるし平気でしょ?」
「沢山あったって掃除出来てると思う?」
……そりゃそうか。三人で豪邸とか持て余すよね。まぁなんとかなるでしょ!
「みんなごめんね! なんかお部屋は沢山あるんだけど、掃除が出来てないんだって。だから各自で掃除して――痛った! お母さん急にお尻叩かないでよ!」
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