第175話 ただいまの村!
部屋を飛び出して行ったアデライト嬢は、自分の荷物をメイドさんに運ばせて私の部屋へとやってきた。本人曰く、「リリアーヌがこの部屋に住むなら私も住んでいいじゃない」らしい。来るのに時間がかかったのはメイドさんに説得されていたらしい。まぁ客人が私の部屋に一緒に住むから荷物運べ、許可は取ってないじゃ困るよね。
アデライト嬢がそんな風に私の部屋に入り浸る宣言をすればエマちゃんもそれなら私もとなる。ベランジェール様以外全員が私の部屋に入り浸るつもりなら、何だかんだ寂しがり屋のベランジェール様だって黙っちゃいない。
最終的に全員が私の部屋で寝泊まりすることになった。ベランジェール様はそれならお泊まり会ね! と普段は見せないような年相応の嬉しそうな顔をしてたよ。ベランジェール様にとって『お泊まり会』ってフレーズはランドとかシーとかと同じ感じなんだろうな。ランドとかシーが何かは察して欲しい。
辺境伯家での久しぶりの食事はジェフが相当気合いを入れたらしく、食後のデザートに紅茶のミルクレープが出てきた。鼻に抜ける紅茶の香りが甘いだけじゃない爽やかさを感じさせてくれる素晴らしい一品だったよ。
皆は普段の食事にスイーツが出てくる事に戦々恐々としてた。ベランジェール様はコイツらマジかよみたいな顔をしていたし、イルドガルドは養子になれないか交渉してた。せめてそこはアレクサンドル様のお嫁さんを狙いなさい。
そんなこんなで、移動の疲れとはしゃぎすぎて疲れたのか、初日は少し窮屈なベッドに入ると皆すぐに寝てしまった。
●
翌朝。今日は皆でサカモトの上に乗って大移動だ。目的地は私の生まれた村、なんとか村だ。
体裁的にも護衛の人達を連れていく様に、と言われているので護衛の人はコンテナに入れて出荷し、私たちはサカモトの上に乗っている。
ティヴィルから私の村ならのんびり飛んでもあっという間だからね。二、三話している間に村が見えてきた。
「ほら、あそこにあるのが私とエマちゃんの生まれた村だよ!」
以前は木で出来たスッカスカの柵に囲まれた何も無い村だったけど今は違う。
村の外周は堀を作り、石を積み上げて作った壁に囲まれている。ティヴィルや王都なんかとは違って、壁は何メートルもあるような高い物じゃないけど、その代わりアダマンタイトコーティングがされてるから破壊するのは容易じゃない。当然門もアダマンタイトコーティングがしてある。
いつかは総アダマンタイトの壁で囲みたい所だけど、さすがにそんな事が簡単に出来るほどのアダマンタイトはないよ。ゴーレム達に分けてもらってるだけだしね。
「……なんというかキラキラね」
ベランジェール様は眩しそうに目を細め、未だ遠い村をジッと眺めている。
「さすがはノエル様の御生まれになった村ね。独特な雰囲気だわ」
「私が住んでいた頃とはかなり変わっていそうです」
「ノエルがやりたい放題したからもうエマの故郷とは言えないかもしれないですわ」
失礼な。やりたい放題はしたけど、どんなに変わろうとも私とエマちゃんの故郷だよ!
皆とは一旦離れて、サカモトの鈴をカランカラン鳴らしながら近づいていく。村の皆が驚いちゃうしね。
荘厳な鐘の音を響かせながら村の上空に着くと、村の皆がサカモトを見上げている。危機感がないのか、パニックにはなって居らず手を振ったりと田舎村ならではののんびり感が滲み出てるよ。
眼下に広がる村の様子は、昔の貧乏村ではない。馬小屋呼ばわりされていた村の家々は石レンガで出来たしっかりとした二階建ての家になっている。村に敷地なんてダダ余りだからどの家も一家で暮らすには広すぎるくらいに大きい。
いつ崩れてもおかしくなかった穴だらけの家はもうどこにもないのだ。
いつも宴会をする村の中央広場にゆっくりとサカモトを着地させると、遠巻きに見ていた村人達が集まりだした。私は敵じゃないことが分かるように、シャルロットに飛んでもらって皆に顔を見せる。
「おーい! わたしわたし! 敵じゃないから安心してー!」
「知ってるが?」
「こんな意味わからないのはノエルちゃんしかいねーだろ」
村人達は私に手を振ったり首を傾げている。驚いたりパニックにならないのは良いけど、ドラゴン降ってきて冷静すぎない?
「さ、さすがはノエルの村ね……。ドラゴンの襲来に対してこの落ち着き様。普通じゃない」
ベランジェール様が引きつった顔で村人を見ながらそう言った。私は順番に皆を抱き抱えながらサカモトから下ろして、ゴレムスくんには護衛達の出荷をお願いした。
皆を下ろし終わった頃、村人達がざわめき出した。突然これだけの貴族令嬢が村にやってきたら驚くのも無理はないかな。
「……姫様じゃね?」
「だよな? 姫様だよな?」
「おー! 姫様ー!」
「へ、へー! こんな王国の端っこの村にまで第三王女の私の顔が広まってるのね! ふふふ、悪くない気分よ」
ベランジェール様はニヨニヨしながら皆に手を振った。村の男衆はコソコソ話してからこっちへ近付いてくる。
「こ、こらこら! そう簡単に王女に近付いたら本当なら大変なことになるのよ? まぁノエルの村だし? 歓迎されてるみたいだから今回は――」
徐々に近付いてきた男衆に、両手でまぁ待ちなさいとアピールしながらベランジェール様は皆を宥める。
しかし、村の男衆はベランジェール様の横を通り過ぎ、エマちゃんを囲い始めた。
「こんな大きく綺麗に育って。さすがはエリーズさんの娘だな! 久しぶりだな姫様!」
「ホントだな。ノエルがいなくなってからあまり家から出なくなって心配してたんだぞ? それなのに突然王都へ引っ越すだなんてなぁ。まぁ何よりお帰りだ姫様!」
「えっと……お久しぶりです」
ベランジェール様はピシッと固まってしまった。
……ちょっとこれは私にも予想外だった。むかーしエリーズさんの親衛隊とか作って、エマちゃんを姫って呼んだりしてワッショイワッショイしたっけ。すっかり忘れてた。
というかテレビとかネットがある訳じゃないんだからこんな辺境の田舎村の人間が第三王女の顔を知ってるわけもないよね。
アデライト嬢はベランジェール様を見て鼻で笑い、他の人は俯いて笑いを堪えている。いや、イルドガルドは楽しそうに笑ってるわ。
「ちょ、ちょっとノエル。どうにかしてくださいまし! ベ、ベランジェール様が……そのほら! あれですわよ!」
「勘違い自惚れ第三王女みたいになっちゃった?」
「そう! いう……わけじゃないですわ。でもほら……ね?」
「笑えるほど無様ね。ノエル様の村よ? 崇め奉られるのはノエル様とその関係者に決まってるじゃない」
散々な言われようにベランジェール様は俯いて震えている。正直なんて言っても傷口広げない? この状況。
「皆ー! エマ姫のお帰りだぞー!!」
「うぉーーー!」
「わわわ! い、今はマズイですって! 本物! 本物いますよ!」
「おう! 俺らにとっちゃあ本物よ! みんな酒持ってこい! 女神エリーズ様に乾杯すっぞー!」
エマちゃんを神輿のように皆で担ぎ上げ、ワッショイワッショイし始めてしまった。
「こらー! エマ姫は立派なレディだぞ! もう少し丁重に扱わんかー!」
「やっべ、ノエルが怒ってるわ」
私も男衆の肩に飛び乗り、エマちゃんにくっつく。
「すいませんね、エマ姫。ウチの若い奴らはバカばっかりでさぁ。ここは私の顔に免じて許してやってくだせえ」
「うふふ、ノエルちゃんの頼みなら何でも聞きますよ。なんだか懐かしいです」
エマちゃんがどこか遠くを見つめるような瞳で、朗らかに笑った。瞳の奥には小さかった頃の思い出が映っているのかもしれない。
村の様子は様変わりしてしまったけど、村の人達が変わったわけじゃない。今も仕事して酒飲んで奥さんにしかられる、そんな毎日を送ってる牧歌的な村のままだよ。だから久しぶりに村を楽しんで貰えたら嬉しいかな。
「グスン……酷くない……? 私第三だけど王女よ?」
「だ、大丈夫ですわよ! ほら……ね? ここからですわ! ここから皆に知ってもらうのが良いと思いますわよ!」
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