第174話 少しゆっくり
久しぶりのベルレアン辺境伯家の屋敷ではアンドレさんが出迎えてくれた。数ヶ月程度だから大きく変わった様子もなく、相変わらず執事には見えないムキムキっぷりだ。
「お帰りなさいませ。そしてベルレアン辺境伯家へようこそお越しくださいました」
アンドレさんが皆を客室へと案内してくれる。この御屋敷では二階がプライベートスペースだから、皆は一階のお部屋だ。
皆にはまた後でと伝えて、私とリリは二階の自室へと向かった。
数ヶ月ぶりの自室はメイドさん達が手入れをしてくれていたのか、ホコリなどもないし、空気も綺麗だ。何だか申し訳ないし、感謝の気持ちを込めてシュークリームでも振舞おうかな?
「ふぅ。まだ離れてそんなに経った訳でもないですのに帰ってきたって感じがしますわね。ミレイユ、紅茶をお願いしますわ」
リリが窓際のいつもの席に座って紅茶をお願いした。私はソファに座る。
「そだね。何だかんだシャルロットもゴレムスくんも嬉しいみたいだし」
二人? 二匹? はお庭のキラーハニービー達に会いに行ってしまった。今頃王都の土産話でもしているんだろう。私も後で行って魔力の補充しないとね。
「こっちのお庭ならサカモト入れるかな?」
辺境だから土地はいくらでもある。広大なベルレアン辺境伯家の敷地には普段誰も立ち寄らない様な手入れすらされてないエリアがある。そこならどうにかならないかな?
「そうですわね……。大きさ的には入れると思いますけど、領民にしっかりと周知させてからだと思いますわよ?」
「そこだよね。事前に連絡してあったから混乱は無かったけど、やっぱ街中に飛んで入ってきますってなったら心理的な圧迫感ありそうだもんね」
「ティヴィルの住民はノエルの奇行に慣れてますし、呆気なく受け入れると思いますわよ」
リリは優雅に紅茶を飲みながら私を励ますように冗談を言う。
「私の奇行って面白い冗談だね。ふふっ」
「いえ冗談では……まぁいいですわ」
サカモトの為にも、街の外に家を建てて暮らす事も視野に入れないといけないかなと考えていたらノックの音が聞こえた。
いつものメイドさんが要件を聞きに行く。
「アデライト様がお見えです」
「入れたげてー」
私がそう言うとメイドさんがドアを開けてくれた。アデライト嬢は部屋に入るなり大きく深呼吸を繰り返した後、部屋を見渡してリリの所で視線が止まった。
「リリアーヌ、なんで貴方がノエル様の部屋に?」
「別にいつも通りですわよ?」
アデライト嬢は失礼しますと一言告げてから私の隣に座った。アデライト嬢は座るなり私の太ももに手を置き、変態オヤジのように太ももをサワサワし始めた。子耳に挟んだ話では、使用人にキツく当たることは無くなったらしい。その反動か下々の者である私にセクハラする様になっちゃったよね、この子。
ハンムラビ法典に則って私もアデライト嬢の太ももをサワサワしておく。
「ところでアデライト嬢はどうしたの? 直ぐにこっち来たけど何か問題でもあったの?」
「いえ、問題はないです。ただ、せっかくノエル様とひとつ屋根の下で生活するんですからお部屋の場所を確認しておこうと思っただけですよ」
「ふーん? 普通は自分が泊まる部屋の中を確認しない? 景色とか内装とかどんなクローゼットなのかなーとか」
私が外泊する時はそうする。前世では念の為額縁の裏とかに御札が無いかまで確認してたよ。
「そうですね……。確認します」
そう言ってアデライト嬢は立ち上がると、私の部屋のクローゼットを開け始めた。
「……ノエル様こちらではドレスを着るんですね! いつもの男装姿も美しいですがきっとドレスもお似合いですよ!」
「あぁ、それリリのだよ。私のは端っこにある男装だね」
クローゼットのお化けを恐れて以来、
「……どうしてリリアーヌのドレスがここに? 貴方まさか私の許可もなくノエル様と
「あら? アデライトの許可なんて必要ないですわよね? それに同衾だなんてはしたない」
「そう。ただ入り浸っ――」
「いつも同じベッドで寝てるだけですわよ。何年も、ね」
リリが片眉をこれでもかと釣り上げて、渾身のドヤ顔でアデライト嬢を見下すようにアゴをあげて見ている。
アデライト嬢はプルプルと震えた後、部屋を飛び出して行った。
「結局何しに来たの?」
「フフッ。わたくし達の絆を目の当たりにして傷付きに来たのではないかしら? フフフッ」
アデライト嬢は出会いからずっとよくわからない行動繰り返してるし気にしてもしょうがない。いつも突然やってきて何しに来たかわからないまま帰っていく、それがアデライト嬢クオリティだ。
リリがウフウフ気味悪く笑っていると、また扉がノックされた。
「エマ様がお見えです」
「入れたげてー!」
扉をガチャっと開けると、エマちゃんも深呼吸を繰り返してから首を傾げた。部屋を見渡し、リリの姿を確認した事で納得の表情を浮かべた。
「エマちゃんいらっしゃい! ここおいで」
私が膝をポンポンと叩くと、エマちゃんは嬉しそうに膝に横座りした。私的には膝枕のつもりだったんだけどまぁいいか。
「ここがノエルちゃんのお部屋なんですか? なんかリリアーヌ様の匂いも濃いですけど」
「エマちゃんは犬かな? 一応私の部屋だけど、リリとの二人部屋って感じかな」
「そうなんですね……。まぁリリアーヌ様なら良いですよ」
なんかよくわからないけどエマちゃんからお許しが出た。許された当の本人リリは眉をピクりと動かしただけで特に反論はないみたい。
「エマちゃんは休んでなくて平気? サカモトの上で結構風浴びてたから思ってるよりずっと体力消耗してると思うけど」
「どうなんでしょう? あまり疲れてる感じはしませんよ?」
感じてなくても疲れてはいると思う。強風を浴びてるってことはそれだけ身体を支えるために力を使ってるって事だからね。座ってるだけでもコンテナ内とは全然違うと思う。
現に背中の当たりをトントン叩いていたらエマちゃんはウトウトし始めた。エマちゃんを抱えてベッドへ移り、そのまま寝かしつける。
「ノエルは本当にエマに甘いですわよね」
「そう? リリにも同じくらい甘いと思うけど」
リリは「わかってますわよ」と少しむくれた顔で窓の外を眺めた。
先日の魔法検証の時に言っていた『ノエルちゃんの役に立てますか?』、あの質問が私の中でずっと尾を引いている。私は役に立つとか役に立たないとか、そういう基準で友達を作ってるわけじゃない。
何となく一緒だったり、一緒にいたいと思ったり、理由は様々だけどコイツは役に立たないからもういいや、なんて思ったことは一度もない。
それでもエマちゃんにあんな事を言わせてしまった。それだけエマちゃんに寂しい思いをさせてしまったのか、私の態度がそう見えたのかはわからないけど、『違うよ』と口で言っても心には響かないだろう。
だからエマちゃんがしたがるスキンシップを多めにして、一緒にいる時間を増やしてるけどそれがリリには甘やかしてる様に見えるのかな。
エマちゃんを構う分、今度はリリが寂しくならないようにしないとね。
「もういっその事リリもエマちゃんもサカモトで誘拐する……?」
「……恐ろしい計画については聞かなかった事にしますわ」
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