第173話 忘れ物したっぽい
空の旅の間、エマちゃんはずっとニコニコと嬉しそうな顔をしていた。空を見あげたり、遠くに見える山々や何の変哲もない森を眺めたりと景色を見て楽しそうにしていた。
私も空の旅を満喫してはいるけどそれだけじゃない。何度か街や村の近くを通る時に鐘を鳴らすお仕事をした。
どの街も村も、外にいる人達は祈りを捧げている。転生しておいて言うのもなんだけど、私はあまり信仰心の厚い方じゃないからイマイチ共感できないね。
少し小腹がすき始め、お昼ご飯は食べられるんだろうかと考えていると、ジャックが声を上げた。
「ティヴィルが見えてきたぞ! どうすんだ? このまま入るのか?」
「街中に直接入るのはマズイから門前に降りるよ。サカモト、あそこの街の前にゆっくりゆっくり降りて!」
「グラァ!」
エマちゃんにはチェーンにしっかり掴まってて貰い、また鐘を鳴らしに行く。
鐘を鳴らしながら見下ろす久しぶりのティヴィルは特に大きな変化は無さそうだった。王都での日々は結構長く感じたけど、数ヶ月だもんね。劇的な変化があったらそれはそれで怖い。
門前の入場待ちの人達が見守る中、サカモトをゆっくり高度を下げてそっとコンテナを地面に置いた。ドシンと行かなくて良かった。初フライトにしては完璧じゃない?
「サカモトよくやったよ! 少し休んでて?」
ものの数時間ではあるけど、サカモトに取っても空輸は初の経験だろうし精神的に疲れてるかもしれない。これ以上サカモトに手伝える事もないしゆっくり休んでて貰おう。
エマちゃんを抱えて地面に下ろすと、エマちゃんは少しふらついた。サカモト酔いでもしちゃったかな?
エマちゃんにも休んでて貰い、コンテナをあけて皆を出してあげよう。
「ゴレムスくーん。聞こえる? もうコンテナ回収しちゃっていいよー」
コンテナ内で現場監督してたゴレムスくんに外から声を掛けると、コンテナがグニグニ動いて壁や天井が取り払われた。
ゴレムスくんがアダマンタイトを粘土のように動かせるから、わざわざ扉とか付けるよりこの方が早い。
馬車に乗っていなかったメイドさんや騎士はおしりを擦りながら立ち上がり、それぞれ自分の仕事を再開した。
馬車に馬を繋げている間に馬車からフレデリック様が降りてきた。
「……もう着いたのか。この人数で移動してこの速さじゃ馬車での移動が馬鹿らしくなるね」
「お疲れ様です。乗り心地はどうでした?」
「結局馬車に乗ってるから大差ないよ。ただ、揺れは少ないが閉塞感はあったかな」
コンテナ内は万が一にも転落事故とか起きないように明り取り用の小さい窓しか付けてないから景色見れないもんね。格子状にして牢屋みたいにすれば安全で景色も楽しめるかもしれないけど、風とかビュンビュン入ったら季節によっては辛いだろうしね。ガラス窓付けたり床の素材にこだわると作るのも片付けるのも大変だし改善はあまりできないかな?
総アダマンタイトだからこそお手軽なんだよ。大きい物は必要な時にゴレムスくんがドロっと作って、用が済んだらドロっと回収できるから良いのだ。
サカモトとはここで一旦別れて、私も馬車に乗り込み皆と合流した。
「おかえり、ノエル。あっという間でしたわね」
「そうね。これだけの速さで行き来出来るなら今後はどこへでも気軽にいけそうね」
ベランジェール様がそんな事を言う。馬車で二十日の距離を数時間だからね、他国でもなんでも行き放題だよ。
「じゃあこの夏季休暇で隣国でも行ってみる? どこか知らないけどサカモトでバーってさ」
「そもそもマグデハウゼン帝国は王都より近いですわよ?」
リリが少し呆れたような顔で言った。初耳だけど、そういえばここは辺境なんだっけ。それなら国の端っこだろうから何かと面しててもおかしくはないのかな?
「じゃあ行く? マグデハウゼン? 帝国。皆でサカモトに乗ってさ」
「ノエル様が行く所ならどこでも行きますよ」
アデライト嬢の言葉にそっとイルドガルドも頷いた。ティヴィルの街に飽きたら選択肢としてはありだよね? 海外旅行。
前世日本人の感覚だと地続きで海外ですって言われても一緒じゃね? って気がしちゃうけど。
「これだけの王侯貴族が、しかもドラゴンに乗って行くだなんて簡単にはいかないわよ」
「仲悪いの? なんたらマグナス帝国とモンテルジナって」
エマちゃんが耳元で「マグデハウゼン帝国です」と訂正してくれた。覚えられないから帝国って呼ぼう。
「仲は悪くないですわよ? 一応友好国ですわ」
隣国である以上、かつては戦争をした事もあったらしいけど近年では全くないらしい。当代の皇帝が戦いは好きだけど争いは嫌いなんだとか。格闘技は好きだけど殺し合いは嫌とかそういうスポーツマン的な感じなのかな?
王侯貴族と賢いエマちゃんはそのまま地理や歴史、政治関連の話に移行してしまった。こうなると私はお手上げだ。
シャルロットを肩に乗せて馬車の外を眺める。王都のごちゃごちゃした街並みとは違って広々としている。
アレクシアさんと初めて来た時は祭りでもやってるのかってくらい人が多く感じたのに、王都を経験した今となってはそこまでではないね。
「果物くれるおばあちゃんいるかな? シャルロット」
シャルロットはガチガチとアゴを鳴らしてから口をモゴモゴさせながら外を眺めている。シャルロットは美味しいものをくれる人が好きだからあのおばあちゃんが好きなんだよね。
「何か見えますか?」
「んー? いつも通りかな。そうだ。近々エマちゃんも一緒に村行かない? エマちゃんが王都に行ってから村もすっごく変わったんだよ?」
「そうなんですか?」
「そうですわね。ノエルが養蜂で荒稼ぎしたお金にものを言わせたので、今は村とは言えない暮らしぶりになってますわよ?」
高級食材のキラーハニービーのハチミツだからね。そりゃあ飛ぶように売れるよ。村の人達みんなで協力して、皆で荒稼ぎしたけどそもそもあの村ではお金はほとんど使われてなかったからね。
行商人が来なきゃ買い物も出来ないような村人が大金持っても『これどうするー?』って感じだったから生活環境を整えたよ。
「ノエル様の生まれ育った村なら私も行くわよ! お父様とお母様にも挨拶しておかないと」
アデライト嬢が興奮気味に参加表明をした。お父さんとお母さんに挨拶するのも良いけど、是非ともレオにも挨拶して欲しい。
「ノエルの生まれ育った村ね……。何か秘密があったりするの? 私も見てみたいわ」
ベランジェール様も行きたいらしい。秘密は特にないけど、期待に応えるためにも何か仕込みをしといたほうが良いのかな? テキトーな大岩でも持ってきてなんか意味ありげな文言彫っておくとか。
夏休みの思い出作りって考えたら悪くないんじゃないか……?
視線を感じて前を見ると、リリがジトっとした目で私を見ていた。何かを察したらしい。何でいつもリリにはバレてしまうのかな。
都合が悪くなりそうなので話題を変えることにした。
「そうだ、そういえばアレクサンドル様は王都で過ごすんだね。なんかやることとかあるのかな?」
「お兄様は何て言ってらしたの?」
「知らないけど?」
私王都で一度も会ってないし。
「……声は掛けたんですわよね?」
「なんて? 私特に用事ないからわざわざ声なんてかけないよ。リリが声掛けたんじゃないの? サカモトで帰るけどって」
「…………。そろそろ数ヶ月ぶりの我が家ですわね」
……そういうことらしい。
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