第172話 空の旅
私がベランジェール様とアデライト嬢に「お願いする立場なら直接言った方がいいんじゃない?」と思いやり溢れるアドバイスをした結果、フレデリック様が承諾してくれたのだ。
フレデリック様は「僕は休めないみたいだね」と苦笑いを浮かべていたけど、領地を治める領主様なんだから、むしろ王都がバカンス寄りだったんじゃないの? 出張と言う名の小旅行みたいなさ。
こうして無事にフレデリック様の許可を得たことで、皆で辺境伯領へ行く事になった。それぞれ御家族に許可を取り、フレデリック様も各領地へサカモト通るけどヨロシクねと手紙を出したり、忙しく過ごした。
その結果、出発するまでに十日近くかかってしまった。結局サカモトの速さはイマイチ活かせていない気もするが、突然ドラゴンが飛んで回れば騒動になりかねないから必要な事だったと諦めよう。
●
皆で馬車に乗り込み、王都の外までやってきた。帰郷のメンバーはベルレアン辺境伯家の皆様といつものメンツ、それとメイドさん数名に辺境伯領から来た騎士達と中々に大所帯だ。
私たちの接近に気が付いたサカモトが身体を起こし、キュルキュルと甘える様な声を出している。
馬車からおりてサカモトを撫でる。
「サカモトお待たせー。良い子にしてた? 今日はよろしくねー」
「グルゥ」
フレデリック様は間近で見るサカモトの大きさに面食らっていた。ヘレナ様は興味津々な様子でソワソワしていたので手招きしてよんであげる。
「ヘレナ様も触ってみますか? ゴツゴツですけど」
「いいかしら? あら、不思議な感触ね。ゴレムスくんちゃんともまた違う硬さと冷たさがするわ。今日はよろしくね、サカモトちゃん」
ヘレナ様は生き物が好きなのか、物怖じしない性格なのかわからないけど結構魔物を可愛がる。今もサカモトの鼻先にピタッと抱き着くようにしてくっ付いている。
多くの人がサカモトに触る時は手足とかで、顔周りは食べられそうだと思うのか避ける傾向があるのにお構い無しだよ。
優雅にフレデリック様の所まで歩いて戻ると、少し興奮気味にフレデリック様にサカモトの感想を言っている。
今日皆に乗ってもらうのはアダマンタイト製のコンテナ。コンテナはサカモトが掴めむ為のバーが上部に設置されていて、明り取りと空気を取り込むように所々窓が付いている。今回の旅用に作った特別製だ。
「ノエルちゃん、私たちはあれに入るんですか?」
「そうだよ。中は何も無いただのアダマンタイトの箱だから馬車ごと積み込んで馬車の中で過ごすことになるかな」
「馬はどうするんですの?」
「馬用はあっち」
私はもう一個用意しているコンテナを指さした。ある程度の広さは確保しているとはいえ、馬も同じコンテナだと臭い的なあれが気になるだろうから別にした。馬用の方は土とワラを敷き詰めて、なるべく足に負担がかからないように配慮はしている。人用はアダマンタイトむきだしだ。土で汚れるよりは良いでしょう!
騎士達が馬用のコンテナに馬を連れて行っている間、馬の代わりに私が馬車を引くことにする。皆を馬車に乗り込ませてからハーネスを掴んで馬車を引き始めた。
「ノエル様がそんな下々のような事をしないでちょうだい。そこの騎士、命令よ。貴方が馬車を引きなさい」
アデライト嬢が窓から指をさし、慣れた様子で手隙の騎士一人に命令を出した。出された騎士は困惑顔だ。
「はぁ……。アデライト、二頭引きの馬車が人に引けるわけないですわよ」
「でも引いてるわよ?」
ベランジェール様の言う通り、私が一人で引いている。リリの理屈だと私は人では無いらしい。
ゴレムスくんに頼んでコンテナに積み込んだ馬車の車輪をしっかり固定してもらう。これでもう動くことは無いね。
私は馬車の扉をあけて、皆に話しかける。
「それじゃあ私は御者しなきゃいけないからサカモトの上に乗るよ。窮屈かもしれないけど、少しの間我慢してね?」
「私もノエルちゃんと一緒に行っちゃダメですか?」
エマちゃんが申し訳なさそうにそう言った。コンテナ内なら窓が小さいから風はそんなに入らないし、窮屈さを除けば剥き出しより過ごしやすいと思うんだよね。
「ダメって事はないけど、日差し強いし風強いしちょっと肌寒いよ?」
「平気です!」
「まぁしんどかったら戻ればいいしいっか。じゃあエマちゃんはおいでー」
嬉しそうに私に飛びついたエマちゃんを抱えて馬車から降りる。リリとベランジェール様は呆れたような視線をエマちゃんに送り、アデライト嬢は羨ましそうに見ていた。エマちゃんはやらんぞ?
フレデリック様達の馬車にも同じ様な説明をしてから、騎士ジャックも連れてコンテナを出た。エマちゃんをお姫様抱っこしてサカモトの上に乗り、ジャックはしっぽの方からロッククライミングのように上がった。
サカモトの上にはシートベルト代わりに掴まる為のアダマンタイトチェーンが背なかのトゲに巻いてある。私はシャルロットと飛べるから落ちる心配はないけど、ジャックは別だからね。
サカモトの背中は広いから落ちる様な事もないけど、安全の為にはやっぱり必要だよね。万が一が怖い。
「なぁノエル、何で俺まで上なんだ?」
「だって私辺境伯領までの道よくわかんないし、サカモトだってわかんないよ? だからジャックは道案内ね」
「なるほどな。じゃあそれならノエルはいらなくね?」
「私には私のやることがあるんだよ!」
そのまま座ると、サカモトはゴツゴツだからおしりが痛くなっちゃう。クッションもないから、私があぐらをかいて座り、そこにエマちゃんをスポッと収める。身体強化で私のおしりはカチカチに出来るけど、エマちゃんはそうもいかないからね。
ジャックもドカッと座ったのを確認してからサカモトに合図を出す。サカモトは首の鐘をカランカランと鳴らしてから空へと飛び上がった。
バサバサと大きく羽ばたきながら少しずつ空へ空へとサカモトは舞い上がっていく。サカモトが大き過ぎて、小さくなっていく王都は覗けないから、代わりに空を見上げる。
「ほらエマちゃん、雲がどんどん近くなってくよ?」
私の足に横向きに座ったエマちゃんが、首にしがみつきながら空を見上げる。
「ノエルちゃん凄いです! これ雲にぶつかっても平気なんですか?」
「ふふっ。どうだろうね? たぶんフカフカだから平気じゃない?」
学園では雲について習わないのか、はたまたこの世界ではあまり知れ渡っていないのかわからないけど、エマちゃんの可愛らしい質問に思わず胸がキュンとしちゃったよ。
「ジャック、街とか村が見えたら教えてくれる? 鐘鳴らして合図出すからさ」
結構高度を取って飛んでるし、事前に連絡してる訳だから、間違ってもパニックにはならないと思うけど私なりの配慮だ。鐘を鳴らしながら飛んでるドラゴンが野生だとは思わないでしょ?
結構高い位置まで飛んだことで、サカモトは前に進み始めた。コンテナをガチャガチャ揺らす訳にもいかないから、飛ぶスピードは抑えている。
それでも十分すぎるほどの速さで飛び、振り返れば王都は遥か彼方で小さくなっていた。
「ほら、エマちゃん。王都がもうあんなに小さいよ?」
エマちゃんは私の首元にしがみつき、私越しに後ろを見る。
「ほんとですね。伝承にあるようなドラゴンの背中に乗って空を飛んでるなんて、まるでおとぎ話ですね」
「ドラゴンなんてそんな珍しいものでもなくない? 私サカモト以外のドラゴンも見た事あるよ?」
あの泣き虫レッドドラゴンとブラックドラゴンのサカモトで二度も見ている。私からすれば殆どの魔物が私から逃げたり隠れたりするから魔物自体かなり希少な生き物だよ。二度も見てるならドラゴンはそこそこ出会う方だよね。
雨に降られるのは御免なので、積乱雲の近くは避けて飛んでもらう。
青い空に大きな白い雲、そして肌寒いながらも強めの日差し。これぞ夏って空を満喫しながら飛んでいると、ジャックが声を上げた。
「ノエル、前方に街が見えてきたぞ」
「はいよ。じゃあ一仕事してくるよ。エマちゃんちょっとだけ待っててくれる? 念の為にここしっかり掴んでてね」
私はエマちゃんを下ろしてからしっかりとチェーンを握らせた。
「それとジャック! エマちゃんを守ってね! でもエマちゃんが美少女だからって色目使うのは禁止! エマちゃんと仲良くなりたかったら私を倒せるようになってからにしなさい!」
「一生かかっても無理じゃね? つーか俺の好みはもう少し鋭い目付きの子だから手なんか出さないっての」
ならば良し! 興味無い宣言に不快感を覚えたのか、エマちゃんはジャックを睨んでいる。
私はシャルロットにお願いして空を飛ぶ。一度コンテナに近付いて、コンテナ内に明かり窓から声を掛ける。
「街が近くにあるから少し鐘をならすので、出来れば耳を塞いでおいてくださーい」
あとは鐘を鳴らして知らせるだけだ。サカモトの首元に近づき、両手の塞がっているサカモトに変わって私が鐘を叩く。
カラーンカラーンと荘厳な音が空へ響き渡る。
遠くに見える街は王都やティヴィルの街より小さく、そこまで栄えている様子はない。視力を強化して街の人達を見ると、どこか遠くから聞こえる鐘の音が一体何なのか、キョロキョロと探しているみたいだ。
遮蔽物のない空で響く鐘の音は、どこから聞こえているのかわかりにくいのかも知れない。行き過ぎるまで暫くは鳴らそうと一定のリズムで鐘を鳴らし続けた。
やがて街の人達はサカモトに気が付いたのか何人かが指をさし、釣られたように皆がこっちを見上げている。
「シャルロット、虹色出せる?」
ガチガチと返事をしたシャルロットが虹色の魔力光を軌跡の様に出して、私は鐘を鳴らし続けた。飛行機雲みたいに見えてるのかな? 航空機のショーみたいに楽しめてるかな?
襲撃だと誤解しないで欲しいから、できるだけ綺麗に見えるように、私も一緒に魔力を出しながらキラキラと飛び、鐘を鳴らし続けた。
眼下に見える街の人達は皆膝をつき、祈りを捧げ始めた。だから襲わんて。諦めて神にすがっちゃってるよ……。
通り過ぎたのを確認してからサカモトの上に戻った。
「お待たせー! うるさくなかった?」
「大きい音でしたけど、綺麗な音だったのでうるさいとは思いませんでしたよ? なんか幻想的でした」
「んふふ。エマちゃんがよろこんでくれたなら良かったよ」
再度足の隙間にエマちゃんを座らせて、おしりを労るように撫でておく。
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