第171話 夏季休暇
本格的な夏がやってきた。
最近はサカモトを外にひとりぼっちにするのも可哀想だから王都の外で野宿することが多い。犬を外で飼ったり、馬を馬小屋で飼ったりするのだから、そんなに気にしなくてもいいかもしれないけど、それはやっぱり近くに居るからできる事だよね。
歩いて2、30分先で犬を飼ってる人とかいないでしょ?
だから夜寝る時はテント張って野営が多い。日中に比べて夜は比較的涼しいとはいえ、暑いものは暑い。そろそろ野営もしんどくなってきたし、どうにかしたい所だ。
王都民のサカモトの評価は概ね好評だ。サカモトは私がいない間は基本寝て過ごしてるから大人しいし、王都を守ってくれていると考えれば安心材料になるそうだ。
あとは定期的にやっているサカモトふれあい広場の影響も多いみたい。遠巻きにしているとよくわからない強大な魔物だけど、触れ合ってしまえば情も湧く。
ただ、皆が皆受け入れている訳ではない。不安に感じる人も一定数いる。王都の街壁外にいるとは言え、『サカモト飛べるから壁とか関係なくね?』という身も蓋もない考えがあるらしい。
今までは漠然と壁の内側なら魔物が来ても安心だと思っていたのに、それが幻想だったと気付いてしまったみたいだね。そもそも街壁は魔物の襲撃からある程度は守ってくれるだろうけど、突破されちゃったら街の中は檻と一緒だ。壁のせいで遠くには逃げられない。この問題はサカモトとは無関係だから私に言われましても……って感じだよ。
それと、大人しいサカモトならどうにかできるのではないか、と邪な感情を抱いて近づく人が後を絶たない。サカモトがデカイ分、爪の先っぽでも獲ることが出来れば槍の穂先としてこれ以上無いほどの素材になるからね。加工出来なかったら見た目は原始人の槍になるけど。
生憎、ウチのサカモトは悪意を持って近付く人間が見分けられるようで、そういう
しっぽの先を乗せて身動き取れなくしたり、地面にツメを刺してその穴に落としたりとケガさせたりはしないもののやりたい放題だ。
そういう輩は大抵普段の素行も悪く、衛兵さん達が見れば『またお前らか』って感じだ。
元々山の頂きに寝ていたんだから、雨ざらしでもなんでも気にしないのかもしれないけど、私の良心が痛む。せめてどうにかして屋根くらいは作ってあげたい。
●
スイーツショップは相変わらずお貴族様から大変な支持を得ている。持ち帰りは不可だから食べたければお店にいかなければならないし、基本的に予約も受け付けていないから連日連夜行列だ。
だけどお貴族様がずっと並ぶ訳にもいかないし、使用人を炎天下の中毎日並ばせるのも気が引ける。そこですかさず現れたのが、行列並び代行業だ。
スイーツショップ王都店のテーマとも言える孤児院の援助の理念に乗っ取り、孤児院の子やいわゆるストリートチルドレン達を使って代わりに並んでもらう。孤児達も人海戦術を用いて、街中に情報網が構築されているからお客様がどこにいても連絡が着くようになっている。
長時間並ぶ事になっても交代要員がいるから不測の事態で列を抜けることもない。
この代行業のまとめ役が私がよく世話になっている孤児院のおばあちゃんだ。最近は孤児院の庭を貸して露店のショバ代を稼ぎつつ、フルーツ飴屋さんを辞めた代わりに始めたのがこの代行業だ。さすがおばあちゃん、抜け目ないね。ヒッヒッヒって笑いながら勘定してる様子が目に浮かぶよ。
最早情報司令部となっている孤児院のおばあちゃんの部屋へは街中の情報が届く。あそこの家で夫婦が喧嘩したとか、誰と誰が逢い引きしていたとか、それこそ夕飯のメニューまで何でも届けられる。
そのうちあのおばあちゃんは情報ビジネスとかで王都を裏で牛耳るようになるんじゃ……? 仲良くしておこう。
●
サカモトの件も、スイーツショップもある程度落ち着きを見せた頃、学園が夏期休暇へと入った。
王都からベルレアン辺境伯領までは馬車で片道約二十日間の旅路だから、リリは領地へ帰るつもりはなかったらしい。長期休暇とは言っても往復してたら休む暇もないからね。
だけど今年はサカモト航空がある。馬車で二十日かかる道のりだってサカモト航空ならたぶん数時間程度じゃないかな?
凄いぞサカモト! 速いぞサカモト!
「フレデリック様達も一緒に帰るんでしょ? 流石に馬とか馬車をサカモトの背中に載せるのは難しいだろうし、客室代わりにアダマンタイトで箱みたいな部屋作ろうか」
「馬は王都で面倒見れば良いですけど、部屋はあった方がいいかも知れないですわね……。エマはどうしますの?」
「私も一緒に行ってもいいんですか? それならお願いしたいです。おじいちゃんにも会いたいけど、何よりノエルちゃんと一緒にいたいですから」
今は王都ベルレアン辺境伯邸で夏休みの計画について皆で話し合っている。
リリ、エマちゃん、ベランジェール様、イルドガルド、アデライト嬢の最近のイツメンだね。
エマちゃんは家族皆で王都に来ちゃってるわけで、ベルレアン辺境伯領に行っても実家に帰省って感じではない。でもしばらくジェルマンさんにも会えてないし良い機会かもしれない。
「あら? リリアーヌはどうして私には声をかけないのかしら?」
「何で無関係のアデライトを領に誘うんですのよ。貴方は自分の領地に戻ってくださいまし」
「あんな面白くもない家なんて嫌よ。どうせ戻ったってマルリアーヴ家の為とか言いながら自分の利益を掠め取る事しか考えてないんだから。きっとノエル様の情報を寄越せと催促してくるのよ穢らわしい」
アデライト嬢は心底ウンザリと言った雰囲気で不満を漏らしている。家族仲はあまり良くないみたいだ。
「ベランジェール様は王城で過ごすの?」
「……そこよね。戻っても日中は公務、それが終われば私もノエルの事を根掘り葉掘り聞かれる日々だしイマイチ休めないと思うのよ」
どの家も王侯貴族は大変そうだね。そして私の事知りたい人多くない? モテすぎて困っちゃうね!
「リリ、それならもう皆連れてっちゃえば? サカモトならひとっ飛びだし、私の予想だと日帰りも出来るしね。なんか問題あったらすぐ王都に戻れるよ?」
「普通の人はそもそも問題がないように行動したいんですのよ」
ベランジェール様は期待のこもった目で私とリリを交互に見て、アデライト嬢はチラチラと私を見る。
そんな様子を見ながらリリは悩ましげに頬に手を当てた。
「まぁお父様に相談してからになると思いますわよ。少なくとも領地に王家の方が来るとなったらかなり大事ですわよ?」
「あら? この私が田舎領地に赴くのもかなり大事だと思うけど?」
「……そうね。マルリアーヴが来るとなったらある意味大事ですわ」
リリは不承不承と言った様子で、受け入れる方向で進めることにしたみたいだ。
私がリリのお家に住み始めてから王族が来た事なんて一度もなかったし、確かにそう気軽にある事じゃないのかもしれない。王都とベルレアン辺境伯領が遠すぎるから仕方ない。
「イルドガルドはどうするの? やっぱベランジェール様と一緒?」
「勿論です。私はベランジェール様とノエル様、お二方と共におります」
「そっか。ならこっちおいでイルドガルド」
イルドガルドは当然ですと言いたげな表情で頷いている。夏季休暇なのは学園であって、王女様付きのイルドガルドが休みなわけじゃないもんね。
私がベランジェール様の後ろで立っているイルドガルドを手招きして呼ぶと、私の前に来て跪いた。アゴを人差し指でクイッと上げてからクッキーを口に入れてあげる。それも二枚。二つ食べさせてあげるのはあの日二人で決めた忠誠の証だ。
幸せそうにクッキーを頬張るイルドガルドの頬を撫でてあげると、イルドガルドは片目を閉じて私の手のひらに頬を擦り付ける。
「いい子ね、イルドガルド。ベルレアン辺境伯領のスイーツショップにも連れてってあげる」
「あぁもう、行くことが決まったように言って……」
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