第170話 後ろ盾の仮証明

 エマちゃんが魔法を解除した事で室内は明るさを取り戻した。

 部屋のドア付近には制服を着た少女、ノラと呼ばれていた子が立っていた。ノラは私が居ることに気が付いて少し驚いた表情を浮かべている。


「お客さんがいたのかぁ。魔法が使えるようになって嬉しいのはわかるけど、あまり人に見せない方がいいよ? ウチら平民は貴族に『取り立ててやる!』なんて言われたら逆らえないんだしさ〜。エマなんて飛び切りの美人なんだから売り込む相手選ばないと損だよ〜?」


 ノラはカバンを置き、荷物を片付けながら説教臭くエマちゃんに小言を言っている。心配からくる小言なんだろうし、ルームメイトとは仲良くやっていけてるみたいだね。

 

 今日の私はリリのメイドとして学校に来ているわけじゃないからメイド服は着ていない。ノラは私の顔までは覚えてないんだろうな。


 平民が魔法を使えるようになったら出世街道まっしぐらではあるけど、悪い貴族に使い潰される危険性もあるんだっけ。そういえばすっかり忘れてたね。私もそういう厄介事を回避する為にベルレアン辺境伯家に行ったんだったわ。


「じゃあエマちゃんもリリを通してベルレアン辺境伯家に後ろ盾になってもらう様にお願いする?」


 イスにちょこんと座っているエマちゃんに聞いてみた。


「そうですね……。どうしましょう? まだ暗くできるって事くらいしかわかっていないのに後ろ盾になってもらうのも少し悪い気がします」


「その辺は今後調べていけばいいんじゃない? そのうち物理的にも触れるようになるかも知れないし、別の使い方が出来るようになるかもしれないしさ」


 リリの水魔法のように、わかりやすい力であればもう少し検証もしやすかった。だけどエマちゃんの黒いモヤモヤはイマイチその正体がわからない。いわゆる闇属性魔法なのか、もしかしたら闇ではなく煙かもしれないし、ガスの可能性だってあるんじゃない? 特性が毒だったり、呪いの類だったりする可能性だってあるしね。パッと見黒いモヤモヤで、光を遮る事ができる。現状それしかわかっていないってだけだ。可能性は無限大だよね。


 ノラが反対向きにイスに跨るように座り直し、背もたれに腕を載せて話始める。スカートでその座り方はやめた方がいいと思う。


「でも悠長にしてたら他の貴族が強引に迫ってくるかもしれないよ? なんてったってエマほどの美人で魔法が使えるなら愛人にしたい貴族は山ほどいるでしょ」


「ん〜……でもそんな貴族出てきたら私が許さないよ?」


「いやあなたが誰かわからないけど許す許さないでどうにかなる話じゃないでしょ」


 ……ノラの言う通りだ。許す許さないとかあまっちょろいこと言ってないで頭掴んで脊髄ごと引っこ抜くべきだよね。


「でも私はベルレアン辺境伯家の後ろ盾よりノエルちゃんに後ろ盾になって欲しいです」


「私? 私が後ろ盾になれるなら全然なるけど効果あるの?」


「あると思いますよ?」


 エマちゃんが首を傾げながらそう言った。なるなら後ろ盾でも前盾でもなんでもなるよ。だけど今日はゴレムスくんを連れて来てないから後ろ盾の証みたいなのが作れない。当然手持ちにそんなアイテムないし……。


 黙り込んでしまった私をエマちゃんが不安そうに見ている。変な誤解をさせてしまったかも。


「後ろ盾になるのは全然良いんだけどね? 今日ゴレムスくん連れてきてないから証になる様な物をあげられないんだよ。だからどうしようかなって悩んでただけ」


 私が手をパタパタと動かして、一生懸命否定すると、エマちゃんは信じてくれたのかホッと胸を撫で下ろした。


「証? 証って言えば恋人同士なら簡単なのにね〜。お揃いの指輪付けたり首とかにその……ほら、ね?」


 ノラが自分で言ってて恥ずかしくなったのか、頬を赤らめながらそう言った。

 いわゆるキスマークってやつかな? それは確かに恋人いますよって証にはなるかもしれないけど、後ろ盾の証とは違うでしょ。


「それですッ! ノラ! よく言いました! 今日ほど貴方が同室で良かったと思った日はありません」


 エマちゃんが興奮気味に勢い良く立ち上がってイスを後ろに倒してしまった。


「まさか二人ってそういう関係なの?」


「幼なじみかな?」

「夫婦です」


 私とエマちゃんが同時に別のことを喋るもんだから、ノラは少し困惑気味だ。


 エマちゃんはベッドに座っている私の所まで近づき、綺麗な髪を左側にまとめて首筋を晒した。


「ノエルちゃん、お願いします!」


 エマちゃんは首を傾けて近付けてきた。お願いしますと言われても正直困るんですけど?


「エマちゃん、それは恋人同士の証であって後ろ盾の証じゃないよ?」


「はい。なので後ろ盾の証を貰えるまでの代わりみたいなものです。ノエルちゃんが付けてくれないなら、私がノエルちゃんに付けてもいいですよ?」


「それこそ意味わかんないじゃん。落ち着いて?」


 いつまでもキスマークを付けようとしない私を逃がさない為か、エマちゃんはまた向き合うようにして私の膝にまたがって座った。


「ノエルちゃん! 早くしないと悪い貴族が拐いにくるかもしれないです! はやく証を付けないとっ!」


「いや今からゴレムスくんに作ってもらいにいけば良くない?」


「それはそれ、これはこれです!」


 暴走状態のエマちゃんから視線を外し、ノラに助けを求めるように視線を向けた。


「……ねぇもう終わった? 人前でするもんじゃないよ? 終わった?」


 ノラは顔を手で覆って見ないように気を使っていた。気の使い方が違うんだよなぁ。

 まぁキスマーク付けるくらい別にいいか。何日かで消えるし、変な男避けにもなるでしょう。

 ただ、今日一日エマちゃんが押せ押せでからかってきてるから反撃したいところだね。


 私はエマちゃんを持ち上げてからベッドに寝かせる。


「きゃっ」


「エマ、ノラが見てるよ。して欲しいなら暗くして」


 エマちゃんがこくこくと頷いてから私たちの周りだけどんどん薄暗くなっていった。部屋の中は暗くて、ハッキリ見えているのが私とエマちゃんだけ。暗闇の中でお互いしか認識できない不思議な空間だ。なにこれエチエチ魔法じゃん。

 ベルレアン辺境伯家に後ろ盾になってもらわなくて正解だったかもね。『どんな魔法が使えんだ?』『エッチな雰囲気作りができる魔法です!』なんて紹介しなきゃいけなくなるところだった。


 顔を真っ赤にして横たわるエマちゃん。足の間に私の足を滑り込ませる。そのまま覆い被さるように鎖骨あたりに顔を近づけてチュッと音を立てながら唇をあてた。舐めるようにゆっくりと首筋へと唇を這わせていく。

 エマちゃんは足を内股にして両膝を擦り合わせるようにしながら私の足をはさみ、荒い呼吸を隠すように、右手の甲で口を塞いだ。


「ッ……はぁ……はぁ……ンッ……」


 このままからかっているとエマちゃんの甘い匂いと私の唾液の混ざる匂いで変な気分になってしまいそうだ。さっさとキスマークをつけて終わらせよう。

 首筋にしっかりと唇をあててからゆっくりと優しく吸っていく。強く吸いすぎてエマちゃんの首に穴でもあいたら大変だもんね。


 だけどキスマークなんて付けたこともないから力加減がわからない。結局ただの内出血でしょ? 何回か吸えばつくんじゃないかな。


「ん……ノエルちゃん……もっと強く……」


 弱すぎるらしいね。もう少し強めに吸うとエマちゃんは口から手を離して私の背中をギュッと掴んだ。

 チューっと吸って、流石にこれでついただろうと思った所で唇を離し、最後に労わるように首筋をペロッと舐めておいた。


「エマちゃん、終わったよ」


 エマちゃんは頬を紅潮させて呼吸は荒かった。汗ばんだ顔にみだれ髪を張り付け、とろんとした目で私の目をじっと見つめている。しかし鼻からは血が出ている。鼻の毛細血管が弱いのかな。


「エマちゃん、大丈夫? 鼻血でちゃってるよ」


「そんなのは良いので続きしましょう? 初めては血が出るってお母さん言ってましたし」


「だから続きも何も終わったんだよ? 私のハンカチ貸してあげるから」


 ポケットから取り出したハンカチを鼻に当ててあげる。リリがいれば氷を出してもらって眉間の当たりを冷やすんだけど……。


「……今ノエルちゃん別の人の事考えませんでしたか? こういう時くらい私の事だけ考えてください!」


「そだね、病人ほっといて別の事考えるなんて良くなかったね」


「お詫びとしてさっきの続――」


「あのー、そろそろ終わった? さすがにチュッチュチュッチュ聞こえてると私恥ずかしくなってきちゃったんだけど……」


 暗闇の向こうからノラの声が聞こえた。そういえばここは二人の世界ではないんだよね。すっかり忘れてたよ。

 ヨイショとエマちゃんを起こしてあげると、エマちゃんは魔法を解いた。


「……今日ほどノラと同室であったことを恨んだ日はありません」


 そう言ってノラを睨むエマちゃんの首筋にはしっかりと鬱血痕がついていた。うん、鬱血痕だよ。キスマークっていうとやっぱエッチだからね。

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