第169話 魔法の検証

 今日は学園の商業科の教室前に来ている。いつもの様に、授業が終わる前に廊下で待機しているが、廊下には私以外誰もいない。


 商業科に所属している貴族がいないのか、いてもお付きの人は待機しないルールなのかわからないけどひとりぼっちだ。


 ここで待たないで昇降口で待っていようかと悩んでいると、教室がざわめき出した。どうやら授業が終わるらしい。


 教室から先生と思しきおじさんが出てくると、私を見て首を傾げながら歩いて行った。商業科に制服を着てない人が廊下にいるのが珍しいのかもしれないね。

 続々と学生が教室から出てくるが、エマちゃんの姿は見えない。もしかして教室間違えちゃったかなと思い始めた頃、学生グループが教室から出てきた。


「ねぇちょっとくらい良いじゃん。たまにはさ」


「そうだよ。同じ科の仲間なんだし付き合い悪いぜ?」


「いえ結構です」


 二人の男子に囲まれている女子。雰囲気的には男子が遊びに誘っているが、女子がつれない態度をとっているみたいだね。そしてその女子とは我らがエマちゃんだ。


 同じクラスの男子をまるでナンパでもあしらうかのように素っ気なくスルー姿は何とも新鮮だ。村にいた頃のエマちゃんは私の後ろに隠れることが多かったからイメージと違ってちょっと面白い。


 せっかくだから私もエマちゃんグループにしれっと合流した。


「王都でやっていくなら俺らと仲良くしといたほうが得だぜ?」


「そうそう。セラジール商会なんて王都じゃまだまだ新参だろ? 貴族とは上手くやってるみたいだけど横の繋がりも大事だよな?」


「いえ結構です」


「じゃあ私と遊ばなーい?」


「はい遊びますッ!」


 取り巻きに紛れて私が声をかけると、エマちゃんはガバッと振り返って凄い食い付きで宣言した。さっきまでの冷えきった表情から一転して、麗らかな小春日和を彷彿とさせるような素敵な笑みに、オス二人は固まってしまった。


「エマちゃんお疲れ様。じゃあ早速行こっか」


 私が手を差し出すとエマちゃんは指を絡ませるように手を握った。


「それにしてもさすがはエマちゃん。日々男子に狙われてそうだね」


「どうして男子っていつも邪魔するんですかね」


「いやまぁ邪魔してるわけじゃないんだろうけど……」


 エマちゃんは村にいたダンを含め色んな男子のせいで男嫌いのまま成長してしまった。学生なんだし甘酸っぱい恋も……なんて思ってしまうけど、考えてみればまだ12歳だしちょっと早いよね。早いのかな? 正直恋愛に関しては自信が無い。


「エマちゃんはどんな人が好み? やっぱりお父さんとか?」


「お父さんは好きですけど、私はノエルちゃん一筋です!」


 そう言ってギュッと腕に抱きつくエマちゃんの胸は破壊力抜群だ。王都の格差はここまで広がってるとはね。


「ちょ、ちょっと待てって」


 石化の呪いから解放された二匹のオスが、小走りで追いかけてきてエマちゃんの肩を掴もうと手を伸ばしてきた。私はその手を折らないように理性を働かせながら弾いた。


「私の許可なくエマちゃんに触るな」


 エマちゃんの腰に手を回してギュッと抱き寄せる。身長は私より十センチくらい低いのに、腰の高さはそこまでの差はないね。エマちゃん足長くね?


 オス二匹は弾かれた手を庇いながら私を睨んでいる。私は魔力を徐々に練ってじっと見る。


「エマちゃんと仲良くなりたいのはわかるけど、エマちゃんはグイグイ来られるの好きじゃないんだよ。そっとしといて。いいね?」


「「はいッ!」」


「じゃあもういってよし」


「「失礼しますッ!」」


 もっとガツンと言っても良かったんだけど、エマちゃんのクラスメイトだし余計な事して嫌われたくないしね。これくらいで良いでしょう。


「フフッ、懐かしいですね。村にいた頃を思い出します」


 去っていくオス二匹を見送っていると、エマちゃんがクスクスと笑いながらそう言った。


「エマちゃんはどこいっても男子に人気だね」


「ノエルちゃんはどこいっても女子に人気です」


 エマちゃんの体からまた黒いモヤみたいなのが出始めた。それなんなの? 何魔法?


「エマちゃん、また出てるよ。早くお部屋行って練習しようね」


「私のお部屋ですか?! じゃあノラには朝まで帰ってこないように言わないと……」


 なんでよ。可哀想じゃん。あれかな? 地元の友達と学校の友達だと接し方が違うから一緒に居られると接しにくいのかな?


 コントロールが出来ているのか出来ていないのかわからないけど、取り敢えずモヤは引っ込んだ。副作用なのか、エマちゃんは自分の世界へと旅立ってしまったので平民寮まで手を引いて行った。


 ●


 部屋について、ノラって子のイスを借りようとしたところ、エマちゃんの強い勧めでベッドに腰掛けた。ついでにどうぞと渡されたエマちゃんの枕を抱いてシャルロットを肩に乗せた。


「それじゃあ早速魔法の練習始めるけど、自分で何となく操ったりできる?」


「昨日こっそり練習したので少しくらいならできますよ。こんな感じです」


 エマちゃんは両手をお椀のようにすると、手のひらの上に黒いモヤモヤが出てきた。見た目的には闇とか煙とかそういう感じかな?


「触ってみてもいい?」


「どうぞ」


 黒いモヤを触ろうとしても、感触はなくそのまま透過してエマちゃんの手に触れた。触ることはできないみたい。


「これなんなんだろうね?」


「昨日試した感じだと暗闇が近いと思います。こんな事もできますよ」


 そう言ってエマちゃんは制服のスカートを指で摘み、少しずつ持ち上げる様にしてたくし上げていった。

 スカートに隠れていた足が少しずつあらわになっていく。白く程よい肉付きの足をついつい食いいるように見てしまう。

 後少しでもたくし上げれば下着が見えそうな所でエマちゃんは動きを止めた。


「この先も見たいですか? ノエルちゃん」


「……え?」


「ちゃんと見ててくださいね」


「わ、わかった」


 少しドキドキしながら見ていると、エマちゃんは恥ずかしそうにスカートを捲りあげた。そこにあったのは真っ暗なモヤ。


「こんな風に光を遮る暗闇を纏ったりできます」


「……え? あ、うん。そっか」


 いやスカートの中を隠す魔法って訳じゃないんだろうけど、身にまとって暗闇に紛れる事が出来そうだ。隠密って感じなのかな?


「ちょっとガッカリしました?」


「あー……」


 言われた瞬間ドキッとして思わず言葉に詰まる。別にどうしても見たかった訳ではないし、かと言って一切興味がないと言う訳でもない。同年代の女子として、皆がどんな下着をつけているのか気になる。


「ちょっと見たかったかな。それで、そのモヤモヤは他には何ができそう?」


「そうですね、光を遮ることができるのでこんな事もできます」


 エマちゃんが手をかざすと部屋の中が徐々に暗くなってきた。薄らと部屋の中をモヤモヤで覆ってるのかな?


 どんどん部屋の中が暗くなっていき、次第に部屋の中が何も見えなくなった。だけど驚く事に、私とエマちゃんの姿ははっきりと視認することができる。


「どうですか? こんな感じで闇を操ることで間接的に光も操れます」


「凄いね。真っ暗な空間に私たちだけが浮いてるみたい」


 エマちゃんは私の膝の上にあった枕をどかして、向かい合うように私に跨り、膝の上に座った。


「――二人きりの世界です。私の事だけ見てくださいね」


「そもそもこの空間エマちゃんしか見えないけどね。それにしても昨日の今日でよくここまで出来たね」


「ノエルちゃんの役に立てますか?」


 エマちゃんの目が不安げに揺れている。最近はサカモトの件やスイーツショップとか、そういうのでリリやベランジェール様を頼る事が多かったから寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。


「当たり前じゃん! でも役に立つとか立たないとかそういう悲しい言い方はしないの! エマちゃんも私の家族なんだから」


「それは結婚す――」


「うわ暗っ! エマまた魔法の実験? 早く戻してよぉ〜」


 エマちゃんが何か言いかけた所で部屋の中に知らない声が響き渡った。ノラって子が帰ってきたのかな?


 エマちゃんは舌打ち一つしてから私の膝から下りて魔法を解除した。

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