第168話 スイーツショップでのご挨拶

 タルトにシュークリーム、シュークリームを積み重ねたクロカンブッシュ、それとエクレアなどなど、色んなスイーツを心ゆくまで楽しんだ。

 エクレアに関してはチョコがないからナンチャッテでしかない。そしてチョコのかかっていないエクレアはただの細長いシュークリームだ。

 

 シュークリームと、エクレアの形したシュークリームと、シュークリームを重ねたクロカンブッシュ。はっきり言って王都店はタルトとシュークリームのお店だね。


 それでも皆満足そうに紅茶を飲んでいるし、今日は喜んでくれたみたいだ。

 初めてのスイーツを前に加減できなかったアデライト嬢と、毒味ではなく好きなだけ食べられるスイーツを前に加減できなかったイルドガルドが苦しそうにしている。

 それに復調したとはいえ、まだ本調子ではないエマちゃんもいる事だし今日は御開にしよう。


 ハンドベルを鳴らして会計を済ませてから個室を出た。

 すると、店の奥にある謎の部屋から出てきた私たちを、店内でスイーツを食べていた人達が一斉にこちらを見る。

 バッと効果音でもなりそうな勢いでコッチを見る様子は、さながら授業中にスマホ鳴っちゃった時みたいな感じだ。


 私の顔を見ると、多くの人達がアダマンタイトスプーンを眼前に掲げ始めた。

 懐から取り出す人、実際に使っていた人、持っていないけど志は一緒なのか普通のフォークやナイフを掲げる人など様々だ。


 これ何か言わないといけないやつなのかな? ほとんどただの名義貸しみたいな私がプレオープンの挨拶するのも何だか変な感じだけど、騎士の忠誠の様なポージングで待ち続ける令嬢や御婦人を前に、何も言わないという訳にもいかないよね……。


 私はゴホンと咳払いを一つしてから後ろで腕を組んだ。


「遂に、遂にこの王都にもスイーツショップが開かれる事になりました。これもひとえに支えてくださった皆様のお陰です。ところで、ベルレアン辺境伯領のスイーツショップには足を運ばれましたか? もしまだだという方がいらっしゃれば是非とも行ってみてください。王都店とは違うスイーツが貴方を待っています」


 ベルレアン辺境伯領の宣伝をする私の手を、リリがそっと撫でてくれる。

 

 店内のお客様を見渡すと、皆貴族だとは思うけど格差が目に付いた。

 シワひとつない豪奢なドレスに身を包み、宝飾品で光を纏う御婦人もいれば、もしかしたらお古なんじゃないかなって思うような少しサイズの合っていない野暮ったい雰囲気のドレスを着ている令嬢もいる。


 私がアダマンタイトスプーンを配るのは高貴な人限定という訳じゃない。美味しそうに食べてくれたり、必死に意識を繋ぎとめて最後まで食べ切った人とか、私を神のように崇める人とか、なんとなーくスイーツ好きっぽい人に渡している。


 だからアダマンタイトスプーン持ちの人を招待すれば、身分とか派閥とか関係なくいろんな人が集まるんだよね。変に差別したり劣等感みたいなの持たないでスイーツ楽しんでもらえるといいんだけどねぇ。そう思って、もう少し話をすることにした。


「私が初めて砂糖を使ったのはまだ幼い頃でした。当時は貧しい村での生活で、毎日塩味の野菜スープを食べていました。たまに食べられるお肉が贅沢品で、お肉さえ食べられたら幸せだと思っておりましたね。貧しい村での生活、そこが私のスイーツ作りの出発点です」


 エマちゃんが当時の事を思い出したのか、私の手をそっと握ってくれる。


「故に、スイーツの前に貴賎なし。もし、スイーツが高貴な方々しか口にできない天上の一品であれば、そもそもこのお店は生まれてはきませんでした。身分や派閥、様々な問題がある事でしょう。しかし、スイーツの前には些末なことです。そうでしょう? 我々は同志なのですから」


 皆が一様に頷く。何故か涙を流す人もいる。ごめんそれはちょっとわからない。

 そもそも王都店の始まりも孤児院だし、身分とか言ってたら王都でスイーツ店出さないし。

 言いたいことは大体言ったし、後は今後の展望かなんかを語って締めの挨拶にして終わりかな? あんま長々と話しても校長先生みたいになっちゃうしね。校長先生の話って何も感じていなかったけど、何も記憶に残らないスピーチを数十分間誰かが倒れてもするんだからある種の才能が必要だよね。

 全校集会を思い出し、内心で早く帰ってくれないかなぁと思われてたら悲しいし、早めに終わらせよう。


「世界がまだ生まれて間もない頃、神は大地を作り、恵みの雨を降らし、陽の光で万物に祝福を与え、闇で安らぎを与えました。神は我々人間だけでなく、あまねく全ての生命を慈愛の心で包み込んでくれるのです。――しかし、神は我々にスイーツを与えてはくれませんでした」


 私は悲しげな表情でゆっくりと首を横に振り、それから力強い声を出す。


「ならばッ! 我々がスイーツを与えましょう! 私が作るだけではダメなのです、皆が作るのです。スイーツのなる木が無いのなら、スイーツをその手で作りましょう。スイーツの採れる作物が育たないのなら、スイーツを作る人を育てましょう」


 この世界ならではのスイーツをそろそろ誰か作って欲しい。領地毎の特色を活かしたスイーツをたくさん作ってもらって、皆でサカモトに乗ってスイーツ食べ歩きツアーとかしたい。

 それで沢山のスイーツ、沢山のパティシエやパティシエールが生まれたらスイーツの祭典みたいなの開いてアダマンタイト製のトロフィーあげたい。私の認めたスイーツの称号だね。

 うん、面白そうだね!


「多くのスイーツが生まれた時、甘くスイートな国が生まれる事でしょう。甘い物の楽園スイーツパラダイスはもうすぐそこまで来ているのだから。――女神エリーズに!」


 私が締めの挨拶として懐から勢い良くアダマンタイトスプーンを取り出して掲げると、皆はスプーンを置いて両手を組んで祈りを捧げた。

 何で私がやったらみんながやめるんだよ! 一人でスプーン掲げる変な人みたいになっちゃったじゃん。


 スイーツの祭典、甘い物の楽園スイーツパラダイスを開いた時は、街中、いや国中から甘い香りが漂ってさ、ああこの時期来たんだなーって風物詩になればいいな。甘い物が苦手って人には花粉の季節だと思って諦めて貰おう。


 貴族の方々向けに遠回しな表現で伝えたけど、意味は伝わったかな?

 要約すると『来てくれてありがとう。スイーツは神々の作った凄い何かじゃないんだから、気軽に皆で仲良く作ろうよ。そんで沢山のスイーツができたら今みたいに辺境伯領と王都だけじゃなくて国中でスイーツ食べられるようになるよ。そしたらお祭りやろうね』だ。

 

「どうか、引き続きスイーツをお楽しみください」


 私は取ってつけたようにお店宜しくと言ってから店の外に出た。店内では今頃「見た? スプーン一人で掲げてたね」とかクスクス笑っていることでしょう。

 ムキー!


 ●

 

 甘い物食べ過ぎの後、王都の石畳でガタゴト揺れる馬車は中々にしんどい。エマちゃんを除いて、皆何かを考えている様な顔だった。


 エマちゃんはニコニコしながら私の手を握っている。私から滲み出る魔力を吸収してるのか、はたまた休んでたお陰かはわからないけどかなり元気になったみたいでよかったよ。

 明日になったらエマちゃんの魔法について研究してみよう。

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