第166話 プレオープン

 私が王都にサカモトを連れて来た後も、王侯貴族が開いた会議は続いたそうだ。


 サカモト受け入れ反対派の意見はドラゴンを危険視する声や、国で管理するべきだと主張する者が大半だったらしい。

 受け入れ賛成派の意見は、積極的に受け入れず、万が一他国へ行ってしまったらどうするんだと言う意見や、自分たちにドラゴンの管理など出来るハズがないという意見もあったとか。

 地位は低いが、成り上がって貴族になった実力者なんかは中々面白い意見を出したとフレデリック様は満足そうに頷いていた。

 そもそも問題を起こしていない従魔を追放する法的根拠などないと主張する人、仮に受け入れないとしたらどうやって退去させるつもりですかと質問を投げかける人なんかが目立ったらしい。


 結局答えを出せないまま、一度持ち帰って翌日会議をする事にした。ドラゴンという脅威を前に、不安に感じる人は多くいたそうで、どちらかと言うと反対意見が優勢だったらしい。


 ところが翌日になると状況が一転していた。反対派の大半が賛成へと回っていたのだ。

 普通であれば政治的な裏工作や圧力でもかかったのかと疑うところだが、今回の件ではそうはならなかったらしい。


 反対派だった人達は、一様に疲れきった顔に真っ赤な手形を付けていたそうだ。その顔、その傷を見て、家で何があったのかを会議室にいた皆が悟った。

 貴族の女は強かだった。表で偉そうに振舞っていた御当主達も、家では尻に敷かれているのだと、一種の連帯感が生まれたとかなんとか。

 言葉にこそしなかったものの、互いを憐憫の眼差しで見たあと肩を抱き合う者たちもいた。


 こうして反対派は圧倒的少数となり、サカモトが王都の近くに居ても問題にはならなくなった。


 ●


 サカモトが王都へやってきてからしばらく経ち、汗ばむような季節がやってきた。


 今日はスイーツショップミズキ王都店のプレオープンの日だ。この世界ではプレオープンというのはやらないらしく、説明するのに難儀したよ。


 営業開始はまだなんだけど、練習や最終確認の為に一部招待客のみで本番と全く同じようにやるんだと説明しても、「それ貸切で営業してますよね?」と言われてしまった。ぶっちゃけ私もカッコつけてプレオープンしようみたいに言っただけで、違いとかわからないし言われても困る。


 プレオープンで招待するのは一日目は一部王侯貴族。二日目は近隣の皆さんだ。

 王侯貴族はフレデリック様のチョイスで、私の招待枠としてアダマンタイトスプーンを持ってれば身分派閥関係なく参加可にしてもらった。


 そして私もプレオープンには皆と一緒に行くことになっている。参加メンバーはエマちゃん、リリ、ベランジェール様、イルドガルド、一応アデライト嬢だね。


 学園正門から私も馬車に乗り込み、皆で仲良くお店へ向かう。場所は王都平民街の高級エリアだ。

 この辺りは王都では珍しく道幅が広い。残念ながら建物の多くは古臭い木造二階建てが大半で、歴史を感じさせる風景だ。高級エリアなのに新しくないのは長い歴史に誇りを持っているからだろう。


 そんな中、ポツンと一軒の綺麗なお店が立っている。レンガ造りの二階建て。窓が多く取り入れられていて、大通りからも店内の様子が伺える。店の前にテラス席もあり、晴れた暖かい日なんかはピクニック気分でスイーツを楽しめる。

 何より目を引くのはアダマンタイト製の看板。ブルーメタリックに輝くロゴと、『スイーツショップミズキ』の文字が他のお店にはない異彩を放っていた。


 店内は衝立こそあるものの、半個室にもなっていない。お貴族様のご来店が多く予想されるから個室がいいんじゃないかと言われていたけど、それじゃあ寂しいと私が反対した。折角外から見える作りなのに、賑わってるかもわからないし、店内に居たって皆がどんな物を食べてるのかもわからないなんてつまらない。人が食べてるスイーツを見て、私もあれにしようかなって悩んだり、今度来たらあれにしようと参考にしてほしい。


 私たちは店内へ入り、職権乱用よろしく一番奥にある秘密の個室へ通された。部屋の中はスイーツショップとは思えない高級レストランの様に気品ある内装になっている。監修はヘレナ様。私的にはこんな部屋作るくらいなら客席を増やしたかったけど、フレデリック様曰く王都ならあるのが普通とのことだ。

 

 重厚なテーブルの上には豪奢なテーブルクロスが敷かれ、燭台型の光の魔道具とシャンデリア型の光の魔道具が室内を煌々と照らしている。そして何より目立つのが壁に掛けられた絵画だ。一体どんな絵画が飾られているかと言えば……私の肖像画なんだよね。


 アダマンタイト製の、背もたれが長ーいイスに座って偉そうに足を組んでいる私。豪華な衣装に身を包み、頭にもブルーメタリックに輝くティアラを付けている。膝にはシャルロット、右側にゴレムスくん、そして背後にほとんど見切れて顔しか見えていないサカモトが鎮座した謎に尊大な肖像画だ。これはアデライト嬢にサカモト捕獲達成のお祝いとスイーツショップ開店のお祝いとして贈られた物で、渡されたときは引きつった顔をしてしまった。


 何故この部屋に飾られているかというと、この部屋を使うような高貴な人々が万が一にも私を知らない事がない様に、という謎の配慮だと聞いた。まぁ、私の名前や妖精の異名を知っている人は多くいても、私自身の姿を知らないって人は結構いるっぽいからね。所詮は平民だからパーティーやらお茶会にはほとんど参加しないから仕方がない。

 そもそも私の顔を売り込む必要もないのでは、と思うんだけど厄介事を避けるには有効らしい。やはり貴族は平民に対して当たりが強いんだろう。


 そんな絵画をエマちゃんはきらきらした目で見ている。


「ノエルちゃん! これはいくらなんですか?」


「売り物じゃないよ? 一点物だしね」


「私の部屋にもあるので二点ですよ、ノエル様」


 アデライト嬢が首を傾げながら何を当たり前な事を、とでも言いたげな顔でそういった。コピー機とかないのになんで二枚あんのさ。


「この絵はまるで魔物の王ですわよね」


「もしかして魔王とかいるの?」


 今まで全然話にも聞いたことないし、興味なかったから知らないけど魔王とか勇者とかいわゆるファンタジー主人公っぽい人たちはいるのかな?


「魔王……? 魔物の王、という意味ならノエルでしょ」


「失礼な! 生憎だけど私は魔物のほとんどから避けられてるからね? 向こうから近づいて来たのなんて数えるほどだよ」


「それはそれで異常ですわよ」


 初めて村の外で見た憎きぴょん吉とウルフ、後はゴレムスくんくらいじゃない? いやぴょん吉も奇襲したな。ウルフも今度こそー! みたいなノリで奇襲した気がする。

 ……ひょっとして勇敢に挑んできたのゴレムスくんだけじゃない?

 

 いつまでも絵画を眺めているエマちゃんに、「本人が目の前にいるんだけど」と言ったらハッとした表情で席に座ってくれた。


「さて、今日は私のおごりだから皆好きなだけ食べてよ」


 私は卓上にあるハンドベルを鳴らす。すると、すぐさま孤児院の子が部屋に入って来た。貴賓席利用中は誰かが常駐してるんだろうね。


「とりあえずできた奴から持ってきてくれる?」


「かしこまりました」


 メイド部隊の教育のたまものか、私よりも綺麗なお辞儀で部屋を後にした。

 好きなだけ、とは言ったものの他のお客様の分は取らないように気を付けないとね。呼んどいてスイーツありませんじゃお話にならない。それなりに待つことになるかと思ったけど、予想に反してすぐに最初のタルトが運ばれてきた。作れば作るだけ売れるだろうからある程度完成品を用意して冷やしてあったんだろう。

 

 運ばれてきたのはカットされた白桃が円を描くように一方向に並べられた白桃のタルト。中央には飾りであろうよくわからない葉っぱが添えられている。


 私専用のアダマンタイト製テーブルナイフで人数分に切り分けて皆に配る。飾りの葉っぱはベランジェール様のお皿に乗せておこうかな。

 お誕生日ケーキのチョコレートプレートとかやっぱ凄く特別だからこの一点物の葉っぱは身分が一番高い王女様に渡すのが正解だろう。


「ベランジェール様は王女様だから特別にこの葉っぱあげるね」


「この葉は食べられるの?」


「知らないけど普通は食べないよ」


「じゃあ乗せないでよ!」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る