第165話 サカモト、王都襲来
外壁の上にいる人達が何人もこちらを指さしている。目のいい人はドシドシと歩くサカモトが見えたらしい。それから少しして門の外に出てきた人達も指をさしたり、手を目の上に当ててる人もいた。
「サカモト、これから王都に行くけど無闇矢鱈に人を攻撃したらダメだよ?」
「グルゥ」
改めてサカモトに注意を促していると、見物客達が固まっているのが見えた。向こうからもハッキリと姿が見えてきたんだろう。
気付けば外壁の上も、南門の外も結構な人数が集まり始めていた。
皆一様に幻でも見ているような顔でサカモトを眺めている。もうわりと近くまで来ているが、未だに脳が上手く認識出来てないみたいだ。
この意識の隙間を利用しちゃおう!
私は一度サカモトから降りて、人集りに合流した。
「うわー! ブラックドラゴンのサカモトはすっごく大きいんだね!」
私は声色を変えて続けて喋る。
「ええそうよ〜。ブラックドラゴンのサカモトは優しくて強い素晴らしいドラゴンなんですから」
手拍子をしながら今度はできるだけ低い声を意識する。
「サッカモト! サッカモト! サッカモト!」
私がサカモトコールをしていると、お調子者や流されやすい人もサカモトコールをやり始めた。
「「「サッカモト! サッカモト! サッカモト!」」」
良い感じで盛り上がってるけど、大半の人が『サカモト』が何かはわからないまま乗っかって騒いでるんだろうな。
後はもう勝手に騒いでくれるだろうから戻ろう。
再度しゅたっとサカモトの頭に戻り、王都へ近づいて行くと、サカモトコールがしっかりと聞こえてきた。王都の人達はドラゴンが来た恐怖心よりもお祭り感覚が強くなってるみたい。皆で手拍子しながらサカモトの名前を呼んでいる。
たくさんのサカモトコールが良くなかったのか、タイミングが重なってしまったのかはわからないがポツポツと雨が降り始めてしまった。
「シャルロットごめんねー。雨降ってきちゃった」
服の中に隠れてるシャルロットを撫でる。ギャグーン手放してから雲割りたいタイミング来ちゃったよ……。
「あ、そうだ。サカモト、ブレスで雲吹き飛ばしちゃってよ」
「グルゥ!」
サカモトは任せろと言わんばかりに力強い声を出した。斜め上を向いてブレスモーションに入ったサカモトの頭から落っこちないように角に掴まる。ついでだからブレス吐きやすいように私も魔力を注ぎ込む。
サカモトの口に大量の魔力が集まり、虹色の光が瞬いている。前回出ちゃったビームは黒だったけど、今日は虹色らしい。
まるで重機の様なアゴをギギギと閉じてからサカモトが吠えた。
「グラアアアア!」
サカモトの咆哮と一緒に飛び出したのは虹色のビームみたいな光。空に向かって飛んで行ったブレスは、雲にぶつかると一瞬にして周囲の雲を衝撃で吹き飛ばした。
王都周辺だけがぽっかりと雲が無くなり、そこからは太陽光がキラキラと降り注いでいる。
見ていた人たちからは歓声があがり、熱狂しているのがわかる。まるでサカモトの襲来を祝福する様に王都全域に陽の光が注いでるから中々に幻想的な光景だね。
空が晴れ渡った事でシャルロットも服の中から出てきたので、私を浮かせてもらう。
街壁の上の人達と同じくらいの高さに飛んでゆっくりと近付いた。
「どうもー。王都のみなさーん! 妖精でーす。ウチのサカモト見てくれたかな? ダイナソーな感じでかっこいいよね!」
私の演説を聞いている人は首を傾げている。残念ながらサカモトのカッコ良さは伝わらないらしい。価値観は人それぞれだから仕方がないね。
「それじゃあ折角こうやって集まったんだし、少しだけサカモトと親睦を深めてみない? サカモトに触って見たい人ー!」
私が勢い良く手を挙げながらそう言うと、集まった人達は我先に手を挙げ……ることもなく、お互いの顔を見合わせるばかりだった。
ブラックドラゴンが来るって言うから見に来たけど、触るとなるとやはり不安が勝る様だ。
そんな中、一人の勇気ある少年が手を挙げた。お世辞にも身なりが整っているとは言えない、薄汚れた感じの十歳にも満たない子供。恐らくはスラム系の場所に住んでいるんだろう。怖いもの無しだね。
「良し! じゃあこの場の誰よりも勇敢な少年、さっそくサカモトと触れ合ってみよう!」
私はクレーンゲームの様に少年をとっ捕まえてサカモトの近くで下ろす。
サカモトの目の前に立った少年は、後ろにひっくり返るんじゃないかってくらい上を見上げて間抜けな顔を晒している。デカいのはわかっていても、真下から見上げるとそのデカさが際立つんだろうね。
「少年、まずはサカモトに挨拶だ」
「こ、こんにちは……」
「グルゥ」
サカモトの返事を聞いて、少年は尻もちを着いてしまった。
「大丈夫? じゃあ次はサカモトに触ってもいいか聞いてみようか」
「えっと……触ってもいい?」
サカモトはツーンとした顔で少年を無視している。少年も困惑気味で私の顔を見あげた。
「どうやら誠意が足りないっぽいね。サカモトさん、おなしゃースって言ってみて?」
「サ、サカモトさん、おなしゃース!」
「グルゥ」
あ、いいんだ。私を見た少年に頷いてこたえると、少年は震える手を伸ばした。そろりそろりとまるで盗みでも働く様に慎重に伸ばした手が、サカモトの前足に触れた。
「あっ……。ヒンヤリしててゴツゴツしてるんだね」
少年は手を引っ込めてサカモトと私に頭を下げた。再度クレーンの様に少年を釣り上げ、群衆の前でホバリングする。
「ほら、勇気ある少年よ。皆に何か言ってあげな」
「サ、サカモトさんに触ったぞおおおおおお!」
少し甲高い声で少年が叫ぶと、群衆も『うおおおおぉ』と雄叫びをあげた。
少年を降ろしてあげると、走って群衆に合流した。近くにいた人達は少年にどうだったと聞いているのか、少年を取り囲んで何やら楽しそうに話していた。
「じゃあ次! 我こそはサカモトに触れたいという人ー!」
私の声に合わせて結構な人数が手を挙げた。興味はあっても一歩が踏み出せなかったんだろう。その一歩を踏み出した少年に敬礼!
「思ってたより多いね。じゃあ順番にってやってても日が暮れちゃうから遊びで触る人決めようか! エリーズさんの命令って遊び知ってる?」
久し振りのエリーズさんの命令だ。王都でやるのは初めてだろう。エマちゃんがいたら説明を任せることができたんだけどね。なんだか懐かしいや!
「あれだろ? 知ってるぞ」
「やったことあるぞ」
何人かの男衆がエリーズさんの命令経験者らしい。何で? 君らウチの村出身じゃないよね?
「なんか知ってる人もいるみたいだけど、知らない人が大半だし説明するよ! おーい! どうせなら街壁上の兵士や騎士もやろーよ!」
万が一に備えて上で待機してるのかもしれないけど、そんなとこいたってサカモトが攻撃したら一緒でしょ? 降りてきなさいな。
●
何度か繰り返しエリーズさんの命令をやっていると、やはり兵士や騎士のような命令遂行に慣れている人達は上達が早い。自称経験者の人達も軒並み上手かったし、どうやら本当に経験者だったっぽいね。
エリーズさんの命令で一糸乱れぬ動きを披露する騎士や兵士に、王都の人々も興奮気味だ。多くの人達が騎士や兵士がどんな風に役割を果たしているかとか、普段どんな訓練をしているのかを知らないと思う。
そんな中、キビキビと命令を遂行する騎士や兵士達はさぞかし頼りに見えるだろう。
「エリーズさんの命令をしっかり守ってくれよ!」
「そうよ! エリーズさんの事は貴方たちにまかせたわよ!」
一緒にゲームに参加して、敗北してしまった人達がエールを贈っている。騎士や兵士もどこか誇らしげな顔をしていた。
皆が一丸となって遊んでるのに、勝者だけがサカモトと触れ合えるなんてみみっちい事はやめよう!
「よぉーし! 騎士や兵士が立派にエリーズさんの命令を遂行したご褒美に、ここにいる全員、サカモトに触ってよし! サカモト祭りの開幕だぁー! エリーズさんの命令! 総員、かかれー!」
私の掛け声に合わせてわぁーっと皆がサカモトの所へ走り出す。そして私も含め誰一人サカモト祭りが何かわからないままサカモト祭りが始まった。
たくさんの人が「サカモトさんおなしゃース」と頭を下げてからサカモトに触る。おっかなびっくり触る人、興奮しながらなでる人、抱きつく人に頬擦りする人、何故かゴレムスくんを触ってる人など様々だ。
オッサン達の多くは今日の夜、酒場とか飲み屋の姉ちゃんなんかにドラゴンを触ったと武勇伝のように語るんだろう。そうすればそこから話は広がって、王都の住民もサカモト慣れしていくことでしょう!
私は最初にサカモトに触ったブレイブボーイを見つけて金貨を一枚渡した。君の勇気ある行動でサカモトは受け入れられたのだ。
「これで美味しい物でもお食べ」
「あ、ありがとう! これで弟や妹が今日のご飯を食べられるよ」
「……誰が金貨一枚だって言った? 私は一枚ずつ金貨を渡す変な癖があるだけだよ。ほれ持ってお行き」
もう何枚か握らせてから家へ返した。弟や妹を立派に育てるんだぞ……。
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