第161話 おおごとにならない為の準備が既におおごとだ
通いなれてきた学園へとやってきた。門番さんも私の顔を覚えてくれたのか、怪しい者を見る目ではなくてまた来たんですねくらいの目で見てくれている。いつものように許可証を見せて通り、リリの教室へと向かった。
廊下にはずらりと執事やメイドが並び、そこへやってきた私を皆が見ている。私は軽く頭を下げて挨拶をしてからいつものメイドさんに合流した。
「お疲れ様でーす」
「今日はどうされましたか?」
「んと、リリに相談があってさー。事前に言っとかないと怒られちゃうと思って」
いつものメイドさんは私の言葉を聞いて胡乱げな目をした。まだ怒るには早くない? 怒られる前に来たんだって言ってるじゃん。廊下にいる人たちを眺めていると、イルドガルドさんと目が合った。彼女は私に深く、深ーくお辞儀をしたので私も頷いておく。あの遊びは継続中らしい。今度スイーツショップがオープンしたら招待してあげよう。
少し待っていると教室がざわめき始めた。どうやらこれで授業は終わりっぽいね。先生を皆で出迎えるように頭を下げ、リリの到着を待つ。
「あら? ノエル来たんですのね。てっきり今日は出掛けてて来ないと思っておりましたわ」
「私ももう少し後でくるつもりだったんだけどね。ちょっと計画に問題が生じたんだよ。そこでリリに報告と相談があって来たの」
本来なら許可取ってからサカモトと一緒に学園の校庭にでも降り立って、水魔法借りたかったんだよね。
私の話を聞いていたリリがピシリと動きを止めた。
「待ってくださいまし。昨日のあれはさすがにまだですわよね? なら今度は何をやらかしたんですの?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。やらかす前に来たんだよ? むしろ褒めてー」
リリの肩に頭をぐりぐりと押し付ける。それをリリがポンと撫でているとベランジェール様が近づいてきた。
「ノエルじゃない。昨日振りね。今日は私に会いに来たのかしら?」
「違うよ? でもちょうど良かったかも。ベランジェール様も相談聞いてくれる?」
「そこは嘘でも会いに来たって言いなさいよ……。全く、と、友達甲斐がないわね」
ベランジェール様が少し頬を赤らめながらそう言う。
立ち話もなんだからと、三人プラス従者を連れてリリの部屋に向かった。
●
「それで、相談というのは何?」
「ベランジェール様、わたくしまだ心の準備が……」
「えっとね、昨日アデライト嬢がブラックドラゴンの話したの覚えてる? 南西の山にいるらしいよって」
ベランジェール様はそれがどうかしたのかと小首を傾げていたが、リリは察してくれたようでおでこを抑えて天井を仰ぎ見た。
「早速見に行くから詳しい場所を教えて欲しいとかそういう話?」
「ううん、捕まえたの」
「……だからわたくしは余計な事を教えるなと言ったのに」
ベランジェール様は眉間に皺を寄せて固まり、リリはもう知らないとばかりにそっぽを向いている。だけど冷静に考えてほしい。確かに捕まえてウチの子にはしたけど、まだ騒ぎにはなっていないのだ。つまりまだ慌てる様な時間じゃない。
「それで捕まえたんだけどさ、サカモトがまぁそれはそれは大きいの。あ、サカモトっていうのは捕まえたブラックドラゴンの名前なんだけど、遠い侍の国にいた偉人で、坂本龍――」
「サカモトの話はまた後にしてくださいまし! 一体誰ですのよ!」
いや、だからサカモトが誰なのかを説明しようとしてるんじゃん。……まぁいいや。正直何をした人か理解してないし。たぶん日本の夜明けを告げる初代気象予報士とかそんな感じだ。
「ごほん。それでね? サカモトは人懐っこいから平気だし、首輪つけて王都の近くまで連れてきたの。でもそのまま王都にサカモトが来ちゃうと皆てんやわんやでしょ? うわぁああああサカモトだああああって」
「そうはならないでしょ」
意識を取り戻したベランジェール様がそういった。意外にもサカモトを見てもパニックは起こらないようだね。取り越し苦労の独り相撲だったでごわす。流石は古くから首都に住む民草は精神的にも強いらしい。
「平気なら早速連れて――」
「平気じゃないですわよ! ベランジェール様、ノエルの前では発言に注意してくださいまし!」
「ご、ごめんなさい」
リリのあまりの剣幕にベランジェール様思わず謝っちゃったよ。いいのか、王族。取り敢えず勝手に連れてくるのは良くないらしいことがわかったから、立ち上がりかけた腰をソファーに下ろした。
「じゃあどうしたらいい? サカモトの従魔登録が必要だから冒険者ギルド行きたいんだけど、サカモト入れておける檻なんて絶対ないでしょ?」
「そのサカモトはどれくらい大きいのよ」
「寝転がった状態で、大体王都のベルレアン辺境伯邸くらいかな? 一サカモトが一ベルレアン辺境伯邸だと思って?」
私の言葉を聞いてリリがガタッと立ち上がった。
「一サカモトってノエルまさかッ! 二サカモトも三サカモトもいませんわよね!?」
「いないいない! サカモトひとりぼっちだったもん」
「そ、それならよかったですわ……」
「リリアーヌ、何も解決してないわよ? 先ずはお父様に報告する必要があるわね……」
ベランジェール様が筆をとり、手紙をしたためた。それを紅茶を飲んで眺める。クッキーか何かあればよかったな。
「イルドガルド、これをアロイゾンに渡して王城へ向かわせて。ここを離れるのはあなたにとって不本意かもしれないけどノエルがいるからどこよりも安全よ」
「十分心得ております」
イルドガルドさんはベランジェール様と私に頭を下げてから、部屋を出て行った。陛下に報告したとして、そこからどれだけ時間かかって王都に来ていいよって話になるのかな? 皆を草原に置いてけぼりにしちゃってるし、私は皆の所に戻ろうかな。
「シャルロットもゴレムスくんもサカモトと一緒に王都から離れた所にいるんだけど、私もそっちで待ってていい? 皆だけ放置するのも可哀そうだし、かと言ってサカモトだけ置き去りにするのも可哀そうだからさ」
「でもそうなると、連絡が遅くなりますわよ? 一体どれだけ時間がかかるかもわかりませんですし」
むうぅ。何日もかかるのかな? そうなると流石にしんどいかも。寝泊りする場所があるわけじゃないしなぁ。
「じゃあどうするかはわからないけど一旦戻るよ。何の説明もないまま置いてけぼりじゃ皆だって不安だろうし。あとできればリリにも付き合ってほしいかな。サカモト汚いんだよね。ブラックドラゴンとか言われておきながら灰色なんだよ?」
「はぁー。仕方ありませんわね。連れてくるにしてもサカモトを一度見ておかない事には判断もしにくいですわ」
リリが付き合ってくれるみたい。それならエマちゃんも一緒に連れていきたいけど、私が連れて行けるのは精々一人だよね。馬車でちんたら移動するには遠いし。
「そう。じゃあリリアーヌ、王都の未来の為にもお願いね」
「かしこまりました」
こうしてイルドガルドさんが戻ってくるのに合わせて、私とリリは学園を後にした。
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