第162話 サカモトの身体を洗う

 セラジール商会で外壁掃除に使うブラシを買ってから、リリと二人で南門から出た。貴族用通用門で「通りますわよ」と一言告げるだけで通ってこれるのだから凄いよね。


 皆の所へ向かう為に、リリの前で少ししゃがむ。


「どうしたんですの?」


「ここから結構遠いからおんぶしようと思って。背中に乗ってよ」


「少しはしたないですけど緊急事態ですし、しかたがないですわよね……」


 リリは背中に覆い被さるように乗っかった。おしりをデッキブラシの柄で支えて立ち上がる。


「じゃあリリ、ぎゅーってしっかり掴まっててね。全力は出さないけど結構速く走るから怖かったら目をつぶっててね」


「別に怖くはないですわよ。それでは向かってくださいまし」


 始めは普通の人の全力くらいで走り出し、徐々に速度をあげていった。

 気が付けば怖くないと言っていたリリは私の首元に顔を埋めるようにしている。


「ごめんね? やっぱ怖いよね。ゆっくりにする?」


「怖くはありませんけど、風で目があけてられませんのよ! 逆によく平気ですわね」


「アハハハッ! 首の所で喋られるとくすぐったいよ!」


 身体強化がないリリからしたら、新幹線や飛行機から身を乗り出してるようなものなんだろうね。ある程度距離は稼げたし、ここからは高速道路を走る車くらいに抑えよう。


 ●


 行きの何倍もの時間をかけて近くまで戻ってきた。幸いと言っていいのかわからないけど、王都に向かって走った爪痕がしっかり残ってるから迷うこと無く戻ってこれたよ。


「リリ、ほら! 向こうにサカモト見えてきたよ!」


「……大きすぎますわよ」


 起き上がってるサカモトの後ろに見える森の木々が小さく見えて下手なCGみたいになっちゃってるよ。逸る気持ちを抑えて、そのままの速度を維持して皆の所へ向かった。


「おーい! たっだいまー! いい子にしてた?」


「グルアアアア!」


「キャー! ビ、ビックリしましたわ……」


 サカモトの嬉しそうな遠吠えを聞いたリリが珍しく悲鳴をあげた。ちょっとゾクゾクしちゃったよ。


 ゴレムスくんもシャルロットも降りてきて草原で休んでたみたい。リリを降ろしてから二人も抱きしめて、サカモトは爪を撫でる。


「サカモトにも紹介するね。この子はリリ、私の大切な人だから丁重に扱ってね」


「なんですのよその紹介の仕方は……」


 リリはモジモジと少し恥ずかしそうにしている。エマちゃんが私を紹介する時に言ってたからね、ちょっと真似してみた。


 サカモトは地面まで頭を下げて、リリをしっかりと観察し始めた。きっと顔や匂いを覚えようとしているんだろう。

 ジーッとサカモトに見つめられているリリは居心地が悪そうだ。


 私はサカモトの顔の所へ移動して、鼻先を撫でる。


「ほら、リリもおいで? サカモト結構ゴツゴツだけどヒンヤリしてるんだよ?」


 リリは少し躊躇いがちに近付いてきてサカモトを撫でた。


「ドラゴンを見るのも初めてなのに触ってしまいましたわ。確かに汚れておりますわね」


「でしょう? 雨ざらしだったし地面で寝てたから仕方ないよ。じゃあさっそくサカモトを洗おっか! シャルロットとゴレムスくんも協力してね?」


 シャルロットはアゴを鳴らし、ゴレムスくんは胸をガインと叩いた。自分はどうすればとキョドっているサカモトにはじっとしててと説明してから洗車を開始する。


 洗車の方法は、リリがシャルロットに運んでもらってサカモトの上から雨のように水を掛けていく。そこを私がブラシで擦るのだ。手の届かないような所はゴレムスくんと合体し、鱗かなんかわからんゴツゴツを一枚一枚丁寧に擦っていく。

 まぁ丁寧に、とはいっても身体強化使って超高速で動いてるけどね。言ってしまえばマンションの外壁一人で擦って洗うみたいなものだからね。強化使って高速で磨かなきゃいつまで経っても終わらないよ。


 ●


 日が暮れる少し前くらいになって、サカモトの洗車が終わった。リリの魔力量が不安ではあったけど、何とか終わらせることが出来たよ。

 疲れはしたけど、限界まで使ってはないってさ。


「それにしても、随分と綺麗になりましたわね……。荘厳というのがこれ程まで似合うものは中々ないのではなくって?」


 灰被りだったグレードラゴンのサカモトは、私達皆で協力して洗ったことで艶のある黒へと変貌した。さすがに凹凸おうとつが激しいから周りの景色を反射したりはしないけど、ピカピカで随分綺麗になったね。


「リリのおかげで助かったよ。いつもありがとね。お礼にほっぺにチューする?」


「……………………そうね、たまにはしてくださいまし」


 貰えるものはとりあえず貰っておくらしい。リリに抱き着くようにほっぺにちゅっとする。リリは眉間に皺を寄せて、唇を歪ませている。なんか不満だったのかな? もう片方のほっぺにもしておこう。


「じゃあ日が暮れる前に一旦王都へリリを送らないとね。また背中に乗るのも大変だろうし、サカモトに乗って帰る?」


「それじゃ意味ないですわよ!」


「あそうだ。もう少し王都近くに行ってもいい? 凄い速さで飛んでいくから王都の人達が驚く訳でしょ? サカモトがきたぞおおおおって」


「グラァアアア!」


 私の言葉を聞いて名乗りを上げるようにサカモトが吠えたので、リリが驚いて私の手を掴んだ。


「だからゆっくり近付いていけば平気じゃない? 歩いてさ。そしたら王都の人たちも、あれサカモトこっち来てね? くらいで済むじゃん」


「まぁ言いたいことはわかりますわね。というかどう足掻いても飛んできたらパニックは避けられそうにないですし、案外悪くないかもしれませんわ」


 ぶっちゃけダメ元だったけど意外と好感触じゃん! それなら王都近くで待機すれば連絡がくるのも早いし、何より伝令の人が迷うこともないもん。


 私はリリをお姫様抱っこしてからサカモトにピョンと飛び乗る。


「もう! 一言いってからにしてくださいまし!」


「ごめんごめん。皆も連れてくるから……あ、シャルロットゴレムスくん持ってきてくれたのね。ありがとー!」


 気を利かせてくれたシャルロットがゴレムスくんを抱えて飛んできてくれた。やっぱりシャルロットもパワーあるよね。


 皆で仲良くゴツゴツの隙間に腰を降ろして準備完了だ。


「じゃあサカモト、悪いけど歩いて王都まで向かってくれる? 私が作った道があるから平気でしょ?」


「グルウウ!」


 シャルロットもゴレムスくんも喋れないから、声で返されるのは結構新鮮だ。


「じゃあサカモト、発進する時は胸の鈴を鳴らしてね! じゃあ出発!」


 サカモトは首の鐘をカランカランと爪で二回鳴らしてから歩き出した。出発進行ー!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る