第159話 新たな生き方 ブラックドラゴン視点

 我は誇り高きブラックドラゴン。悠久の時を経てこの山に根ざす事にした。


 我らドラゴンという種は生まれながらに孤高の存在であり、他の生物とは格が違う。幼き頃より気まぐれに生物を襲い、時に踏み潰し、時に喰らい、時に焼き払った。

 人間というゴブリン亜種が作り上げた物を踏み荒らし、無聊ぶりょうを慰める事もあった。


 この人間という矮小なる生物は面白いもので、繁殖力に優れていた。この世界に生まれたばかりの頃はゴブリンと大差ない生活をしていたが、あっという間に住処を大きく広げていくゴブリンとは別種の知恵を培っていた。

 

 気が付けば瞬き程しか生きられぬ癖に、文明を築き上げ、種全体として大いに発展していった。

 

 そんなある日、我の前に現れた人間は己を生物として高尚なものだと勘違いしたのか、我にこうべを垂れろと言い出した時は思わず笑ってしまったものだ。

 もっとも、その人間は笑いから漏れてしまったブレスを浴びて何一つ残さず燃え尽きてしまったが。


 我は人間という種はどの生物よりも劣っていると考える。卑小な人間共は自分がどれ程ちっぽけな存在かを理解できず、賢しらに我へと挑んでくる事があるからだな。他の生物であれば我に挑むような愚かな真似はしない。それが人間という種が何よりも劣っている証拠に他ならない。


 ある程度歳をとった頃、ただ破壊の限りを尽くすのにももう飽いた。そこで趣向を凝らし、人間共と戯れた事がある。


 何世代にも渡り築き上げてきた住処を一瞬で焼き、出てきた人間共とじゃれ合う。

 何匹潰そうがどこかから沸いて出てくる人間共を、ある程度間引いてから去る。すると、何一つ守れず、何一つなし得なかったと言うのに人間共は我等の勝利だと喜ぶのだ。その姿があまりに無様で笑えた。


 所詮はゴブリンと同格。賢しらに振舞ってはいるが獣と大差ない劣等種。それが人間という生き物だ。



 だが、あれ程までに楽しかった破壊も、人間共との戯れも、悠久の時の中では全て無へと変わってしまった。今はもう、特に何もやる気になれず、この山の頂にて眠る日々だ。


 たまにやって来ては睡眠を邪魔する人間を焼く以外何もしていない。寿命の存在しないドラゴンの唯一と言っていい天敵、それが退屈だ。


 我はもう退屈とは何なのかもわからなくなるほどに退屈してしまった。今はもう何も感じない。ただ眠るだけ。


 ●


 何者かの気配を感じて目を覚ます。遠方より大きな魔力が近付いてくるのを感じた。魔力量に関しては我と同格、或いは我を超えている。

 恐らくは他のドラゴンが飛んでいるのだろう。バカなレッドドラゴンが一番現実的だな。


 遠方から近付いてくる巨大な魔力に目を向けると、そこには矮小なる人間がいた。我が眠っている間に人間共は文明を更に発展させ、空を飛ぶようになったらしい。

 

 魔力量を増やし、空を飛ぶようになったのは生物の頂点たる我らドラゴンへの憧れだろう。そして同格になったと勘違いして、また頭を垂れろとでも言うのだろうか。


 強さとは魔力量が全てでは無い。魔力量で多少我を超えようとも、そもそも生物としての格が違うのだ。ドラゴンとゴブリンでは魔力量では覆せないほどの体の違いがある。


 我が鱗は全てを弾き、我が尾は全てを薙ぎ払う。腕のひと振りで大地は砕け、息吹ひとつで全ては灰燼と化す。

 人間などというゴブリンには到達し得ない生物としての完成系、それがドラゴンだ。



 巨大な魔力を有した、青い金属を纏った人間が不遜にも我が前に降り立つ。背中には小さい羽虫を付けていた。飛んでいたのはこの虫の力のようだな。所詮は人間、自らの力で飛ぶことは未だ叶わぬようだ。

 

 人間は金属の殻を脱ぎ捨て、姿を現した。小さい。なんと小さい生き物か。我の指先程しかない虫けらの様な人間。今まで我に挑んできた人間の中では一番小さく、そして一番魔力の多い人間。

 その人間が、自身を大きく見せる為か前足を大きく振り回しながら声を張り上げた。


「すいませーん。ちょっといいですかー?」


 所詮はゴブリンの亜種。ゴブリンであれば頭を垂れ、許しを乞うと言うのにこの浅ましき人間は我が眼前にて跪くこともせず話しかけて来た。


 先ずは頭を垂れろ、我は前足を振り上げそのまま押し潰す。脆弱な人間の体ではいくら魔力があろうとこれで終わりよ。ドゴンという音と共に、我が前足が大地を踏み砕いた。


「んー? お手って言ってないのにお手するなんて優秀と取るべきかおバカと取るべきなのか。どっちだろうねーシャルロット」


 未だ声が聞こえた故、前足をどかす。すると潰したはずの人間は、何をしたのか生きていた。何か特殊な魔法を使ったのか?


「ていうかブラックドラゴンとか言うからもっと黒光りしてるかと思ったけど、なんて言うかきちゃないね。グレードラゴンじゃん。帰ったらリリに協力してもらって洗車かなぁ」


 ぶつくさと訳のわからんことを言う奴だ。我は誇り高きブラックドラゴン、グレードラゴンなどと言う名前ではない。

 再度前足を振り上げ、先程より強く振り下ろす。例え潰せずとも何をしたか見極めてやろう。大地に亀裂が走るほどの強さで前足を叩きつけた。


「んー……。取り敢えず話を聞いてもらわなきゃいけないし、まずは躾かな? これじゃオヤツ見ただけで取り敢えずお手しちゃうおバカ可愛い犬みたいだ」


 やはり今回も潰すことはできず、何をやったかもわからない。人間の分際で面白いじゃないか。もう少し遊んでやろう。そう思った瞬間、我は息をすることもできなくなった。


 何が起きた……? 何故心臓の音しか聞こえない……? 何故こんなにも心臓の音が早いのだ……?


「やっぱりゴリゴリに魔力練り上げると全能感凄いわ。何でも出来そうな気がしちゃうね! 先ずは上下関係を叩き込む事から始めよう!」


 何故この人間は急に大きくなった……? いや、見た目は変わっていない。魔力量だ……魔力量がおかしな事になっている……。


「デカイから躾も難しそう。ドラゴンが人化するのは定番だけど、この子はできないのかな? まぁ取り敢えずはいいや。お座りだよ!」


 矮小なる人間が目の前から忽然と消え、我は急に膝を折り尻を着いた。何かが我の尾を引っ張って地に縛り付けている……! 何なんだこの感情はッ! 何としてでも逃げなくては……ッ!


「お座りだって。待てだよー。暴れないの。だから待ーて! ダーメ!!」


 誇りなど忘れてジタバタともがく様にしてこの場を去ろうとするが立ち上がる事すらできない。


「もう! ウチの子になるんだから手荒な事はしたくないんだよ? 手を見たら目をつぶるような子になっちゃったら可哀想だし。シャルロット、ゴレムスくんどうしよっか」


 尾を振り回そうとしても少しも動かす事ができず、羽ばたいても飛び上がることができない。

 こうなると我に出来るのはブレスを吐くことだけだ。人間の形をした名状し難い不気味な生き物に、我が最強の一撃が届くかはわからない。それでも逃げる為にはこれしかないのだ。


 ブレスを吐くために口腔に全魔力をかき集める。圧縮した魔力が黒い塊へと変貌し、内側から弾けて破壊の限りを尽くしそうな魔力を、我がアギトで抑え込むように噛み締める。抑え込めない程圧縮した魔力を、咆哮と共に指向性を与えて解き放つッ!


「グラアアアアアアア!!」


 化け物に放った我がブレスは、山の一部を削りそのまま地中深くへと消えていった。無駄な破壊はせず、一点に集中した我が全身全霊の究極のドラゴンブレス。

 しかしそのブレスは――


「あっぶな! 吠えグセも直さないとダメだね。なんかビームみたいなの口から出ちゃってたもん」


 この生き物にとっては容易く避けられる、お遊び程度のものだった。

 

 これまで戯れにひねり潰してきた数多の生き物達の気持ちを、今初めて理解した。これが恐怖という感情なのだろう。

 我を前にした時に多くの者がしたあの歪んだ表情、それを今、我はしているのだろう。

 ブレスに込めすぎた故に魔力は残り少ない。抵抗する気力も、生きる希望もない。誇り高きブラックドラゴンはブレスが通じなかった時に死んだのだ。こんなナニカに勝てるわけなどなかったのだ。

 殺すなら殺せ、そう思い力無くだらりと寝そべる。


「お、急に素直になったね。シャルロットもどうしたの?」


 羽虫が我が前に現れ、必死に言葉を伝えてくる。

 

『母は優しい。美味しいものをくれる。魔力も沢山で美味しい。一緒にいると幸せ。君も一緒においで』


 正確には分からないが、そう言っている。この羽虫はあの生き物の子供なのか。やはりあのナニカは人間ではないようだ。

 青い金属の塊も我が前に立ち、身振り手振りで言葉を伝えてくる。


『どうせ逃げられない。死にたくなければ諦めろ。必死に媚びを売り、あの御方の傘下に入る事が出来れば何だかんだで楽しい日々』


 そう言っている気がする。命乞いや媚びを売るものなど我は数千年の間に飽きるほど目にしてきた。言ってみれば我は命乞いに関して世界最高峰の実力を有していると言っても過言では無い。まだ生きる目があるのなら死力を尽くそう。

 

 数千年に渡り蹂躙してきた日々は、きっと今日この日を生き長らえる為にあったのだろう。


「きゅるるるるる……きゅるるるるる……」


「あれ? 急に甘えた感じの声出すじゃん。どしたー? 興奮して疲れちゃった?」


 ナニカが我の鼻先を撫でながら魔力を注いでくれる。失った魔力を取り戻すと同時に、以前にも増して力が強くなっていくような感覚がある。そして何よりも暖かい。

 

 孤高にして最強のドラゴンは生まれたその瞬間から孤独だ。親や兄弟など存在しなかった。数千年の間、己のみで生きてきた。

 他者との触れ合いとはこういうモノなのか。これも初めて知る感情だ。


「君も今日からウチの子ね?」


「グルルゥ」


「よしっ! じゃあ君にも名前をあげよう! せっかくドラゴンなんだから可愛い名前よりはカッコイイ感じで、ドラゴンに因んだ物が良いよねー! 真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴンは怒られそうだし、個体名じゃ無いよね……。ん〜、ブラック……。黒……。龍……」


 我が主が我に名を授けてくれるようだ。これも初めてだ。名前など不要だと思っていたが、存外楽しみなものだな。


「んー……。あっ! 決めた。今日から君はサカモト! サカモトだよ! 日本の夜明けは近いぜよ!」


「グルゥ!」


 我が主は妙案を思い付いたとばかりに、晴れやかな顔でそう告げた。

 サカモト……か。初めて耳にする不思議な響き。我の名前。我だけの名前。素晴らしいではないか!


 我はサカモト! 誇り高きブラックドラゴンにして、最強の主の配下サカモトなり!

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