第156話 王妃様との出会い

 岩を持ち上げたまま不平不満をぶちまける私を、騎士の人達が落ち着いてとなだめる。終いには皆までやってきて説得する始末だった。


 その構図はナイフを持って暴れる犯人と、取り囲む警察、そして説得に来た犯人の家族達だったよ。


 私は別に怒っていないし、冷静だった。ただ、特に重いとも思ってなかったから岩を持ち上げてたのを忘れてただけなんだよ? それなのに早まらないでーなんて言うもんだから、また私だけわからない話でも始まったかと思ったわ。


 ●


 岩を元の場所に戻してから、ベランジェール様先導で見学ツアーを再開した。近衛騎士団の訓練場は皆にはあまり刺さらなかったけど、中々見れるものではないって事だし見れてよかったよ。


「何だか疲れたし少しお茶にでもしますか。丁度この近くには今の時期にピッタリな庭園があるの。そこへ行くわよ」


 そう言ってベランジェール様は広い廊下を迷うこと無く歩き始めた。王城にはいくつかの庭園があって、今向かっているのは春用の庭園らしい。

 じゃあ秋用の庭園が今どうなってるのかそっちの方が気になったが、口を開こうとした所でリリに睨まれたので何も言わなかった。何か言う前に止めるとは、さすがは我が半身。


 辿り着いた庭園には、沢山の花が咲き乱れていた。季節の花、なんて女の子らしい事は私にはわからないけど、今咲いてるんだからこれが春のお花なんだろう。

 白やピンクの明るい色をした可愛らしい花と、小さな池が目に入った。その池の中心にはガゼボって言うのかな? スッカスカの鳥かごみたいな奴があった。くそぅ、教養がないからあれをなんて言えばいいのかわからない。


「ん? ベランジェール様、あの池の中央の所先客がいるよ?」


「あら? お母様かしら」


 ガゼボには立っている数人のメイドと、座って本を読んでいる貴婦人が一人いた。ベランジェール様のお母様って事は王妃様なのかな?


 ベランジェール様の言葉を聞いて、私以外がビシッとした雰囲気になった。王族の前では気合いを入れる必要があるみたいだ。私も少し魔力を練り込んで厳かな雰囲気を出しておく。

 ベランジェール様を先頭にガゼボまで歩いて向かう。


「お母様がお一人だなんて珍しいですね」


 お母様と呼ばれた貴婦人は、読んでいた本をパタリと閉じてから顔をあげた。目元がかなりキリッとしていてベランジェール様とそっくりだ。凄く美人ではあるものの、鋭い目つきのせいかちょっとだけざまぁされそうだなぁなんて思ってしまった。


「そろそろベランジェールがここへ来るのかなーって思って待ち伏せしちゃった。お母様の予想は大正解ね!」


 王妃様は鋭い目付きで茶目っ気たっぷりに言った。顔なんて生まれつきなものだから、本人の性格とは直接的には関係ないのに脳の認識がズレるわ。


 私はリリの袖をちょんと引いて顔を寄せる。


「なんかあれだね、あれ」


 そう言うとリリが私のおしりをギュッとつねった。残念、その程度効かないんだなぁ! でも余計な事は言わずに黙ってなさいってことなんだろう。つねられたお尻を優しく撫でてくれるエマちゃんの優しさを感じながら黙って母娘の様子を観察する。


 お泊まり会ではお家のことに不満がありそうだったけど、べつに不仲って訳では無いっぽい。まぁ王族のニコニコ顔なんて裏で何考えてるか私にはわからないけど。


 お貴族様組がカーテシーをしながらした順番に挨拶し、エマちゃんが膝をついて挨拶した。私もエマちゃんにならって膝を付く。


「私はノエルです。王妃様にお会いできて光栄です」


「はい、王妃でーす! 皆そんな所で立ってないで座って座って! お茶にしましょう!」


 私はリリの袖をちょんと引くと、おしりをつねられた。残念、その程度以下略!

 エマちゃんがつねられた右尻うけつを撫で、アデライト嬢が何もされていない左尻さけつを撫でる。

 痴漢をパーティメンバーに入れたまま、用意されていた席に座る。人数分用意されていた所から察するに、王妃様は最初からお茶会をするつもりだったんだろう。飛び入り参加のアデライト嬢の席もあるんだから、しっかりと見られていたみたいだね。


「改めて、私はヴィクトワーヌよ。王妃としての正式な名前はヴィクトワーヌ・ブルーニ・モンテルジナ。王家って名前長いわよねー」


 ミドルネームって言うのかな? 王家の人だけが名乗ってるから確かに長いよね。私がうんうんと頷いていると、リリに太ももをつねられた。女は共感して欲しい生き物なのにこの場の共感はNGだったらしい。もうつねられないように恋人繋ぎをしておく。そして反対側の手はエマちゃんが握った。私のお茶会が終了した瞬間である。両手が塞がったからもうお茶は飲めない。


「うんうん! 最近ベランジェールの様子が変わったって報告があったから気になってたけど、お友達が出来たのね〜予想外の子もいるみたいだけど」


 そう言って鋭い目線をアデライト嬢へ向けた。アデライト嬢のご実家が王家と仲悪いんだっけ。この前の孤児院の事件も背後にはいたって言うし、警戒するのも仕方がない。

 だけどアデライト嬢がやってた訳でもないないんだし、思春期の子供にそんな態度取らなくても……。

 アデライト嬢が傷付いていないか、顔を見ると特に何も思ってなさそうだった。私と目が合うとニコニコと笑顔を向けて平気ですよとアピールしてくれてるようだった。


「変わったかどうかはわかりませんが、学園生活は結構楽しんでますよ、お母様。この間もお泊まり会という――」


「それはお手紙で聞きました! 皆で遊んで皆で美味しいものを食べたんでしょう? 一人だけずるいじゃない!」


 王妃様がチラチラと私を見ている。スイーツの催促してるよ、あの人。代わりに私も魔法袋の催促をしたい。……あ、そうだ。


「少し良いですか?」


「はい、ノエルちゃんどうぞ!」


「実は私はスイーツという美味しい物を作ったりするのですが、これが中々難しい物なんです。例えば、手軽に楽しめるクッキーという物があります。これは焼き立ては柔らかくてシットリとしていますが、時間が経つとサクサクとした食感に変わります。つまり焼き立ての味は作った本人たちしか味わえないのです。他にも焼き立てのホカホカのパンに、キラーハニービーのハチミツをたーっぷりかけて、その上に氷のように冷たいアイスクリームを乗せるとそれはもう格別に美味しいのです。暖かい物と冷たい物というのは意外と合うんですよ。ところがこれも時間経過と共に味が落ちていくのです。アイスに至っては溶けてしまうので食べられません」


 私は両手をあげてやれやれってポーズを取る。リリとエマちゃんも私に引っ張られて一緒に手を挙げたけどご愛嬌だ。


「私もこの問題を解決すべく、日夜悩んでいますが中々上手くいかず……。不甲斐なく、スイーツを自分達だけで楽しむ日々です。どこかにこの問題を解決する手段があれば良いのですが……」


 チラチラ。魔法袋ってのがあるんでしょう? 知ってるんだなぁー!

 王妃様が纏っていた緩い空気がピシッと一気に変わり、厳かな雰囲気に包まれた。


「解決法ならあります」


 知ってる。魔法袋でしょう? 皆が固唾を飲んで見守る中、王妃様がバンと机を叩いて立ち上がった。


「私も厨房へ行けば良いのですッ!」


 違う、そうじゃない。

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