第155話 近衛騎士団見学

 願いを叶える噴水を後にした私たち一行は、王城一階にある近衛騎士団の訓練場に案内してもらった。


 ここはご令嬢垂涎物のエリアらしいけど、理由もなく来れる場所では無いらしい。

 広い屋内なのに、土や草むら、デコボコの地面、ゴロゴロと大小様々な石が転がっている場所やバリケードの様なものが立てられていたりと結構特殊な作りになっている。


「変わった作りだね」


「何代も前の近衛騎士団の団長が、悪路で力が発揮出来なければ意味が無い、とこのようにしたそうよ」


 私の言葉にベランジェール様が教えてくれた。確かに敵の襲撃を想定するなら自分達が不利な場所で襲われるだろうし、いい訓練なのかもね。


 今も騎士の人達がチームに別れて戦っている。一方は中心にいる一人を護るように、もう一方はその人を狙う様に立ち回っている。護衛訓練とかそんな感じなんだろうか。難しそうだ。


「でも何でここが令嬢の行きたがる場所なの?」


 私は今日一緒に来ている面々を見てみるが、ぶっちゃけ全然興味無さそうに見える。アデライト嬢は爪を見てるし、リリは一応見てるけど為政者の顔をしてる。自領の騎士達の参考にしたいのだろう。

 エマちゃんは私の横顔見てるし、ゴレムスくんもシャルロットも無関心だ。


「近衛騎士団といえば家柄、実力共に優秀な者の集まりだから婚約者にでもなりたいんじゃない?」


「なるほどねー。その辺は平民の感覚的にはわからないや」


 訓練の様子を見る限り、護る側が優勢っぽい。個々の能力が高く、襲撃側は攻め切れていない。でもなんというか攻め方が素直なんだよ。もっと悪どい攻め方しないと。


「砂かけて目潰ししろー! ひとかたまりになってんだから複数人潰せるだろー!」


 私がヤジを飛ばすと、一人の若そうな襲撃側の騎士が砂を拾って投げた。護衛チームはそれを盾で防ぐが、全員が砂かけを見ていた訳では無い。防御が間に合わず、一瞬とは言え視界を潰された騎士もいた。


 流石は近衛騎士団、その一瞬の隙をついて一人を倒した。砂かけ戦術が有効だと証明され、数人が砂を握りしめたまま戦い始めた。いざって時に投げるのだろう。


「ドンドン砂かけてけー! 砂かけられたら目をそらすか、盾で防ぐしかないんだからガンガン狙ってけー! 敵は護衛対象がいる以上砂拾う隙なんてそんなないぞー!」


 私のヤジで随分泥臭い試合展開にはなったけど、襲撃側は設定上多分騎士じゃないんだろうし良いでしょう!


「きゃー! ノエルちゃんの一声で流れが変わりました!」


「さすがはノエル様ね!」


 エマちゃんとアデライト嬢がヨイショしてくれるが、リリとベランジェール様はちょっと冷ややかだ。なんだよぅ!


 そのまま姑息な戦術に切り替えた襲撃側が護衛対象を捕獲して、訓練は終わった。

 襲撃側は嬉しそうな人が多いが、中には不満そうな人もいる。当然負けた側は不満そうな人が多い。


 それじゃあ次行きますかと思ったら、一人の老練な騎士が近寄ってきた。


「ベランジェール王女殿下、ご機嫌麗しゅう。そちらのご令嬢方にご挨拶させて頂いても?」


「ええ、いいわよ」


「私はディオンス・ボーランジェ。近衛騎士団の団長をしている老骨です」


 ディオンスさんは還暦を迎えていそうだけど、きっと今でもたゆまぬ訓練をしているんだろうね。歳を感じさせない力強い佇まいで胸を叩く敬礼をした。


 リリ達貴族組はしっかりと挨拶を返しているが、私とエマちゃんは頭を下げて名前を告げるに留めた。


 親しい訳でもないお貴族様に挨拶されてスイッチが切り替わったのか、まるでちょっとした社交界の様に雑談をし始めたので私はエマちゃんの手をイジって時間を潰した。


 ニギニギしたり、マッサージをしたり手相をなぞったりしていると、ディオンスさんがこちらを見た。


「時にノエルさんにお願いがあるのですが、よろしいですかな?」


「私ですか? 内容によりますよ。結婚してくださいとか言われたら断りますしね」


 私が冗談めかしてそう言うと、エマちゃんとアデライト嬢が私の前に立った。急にどうした、座りなさい。


「ハッハッハ! 生憎私は妻一筋でしてな。お願いというのは、出来れば先程のような戦い方で奴らの鼻っ柱を折って欲しいのです。実力もあり、家柄も良いがために真っ向勝負ばかりしたがるのです。ですが現実はそうではない。でしょう?」


 いや知らんが。まぁそうなんじゃない? 泥臭くても卑怯でも勝ったら生き残れて、負けたら死ぬのが自然の摂理だしね。

 自然界にも擬態する生き物や罠を張る生き物もいるんだから、実践には卑怯もなんもない気がするけど。


「私は割と正面から叩き潰す方なのでご期待には応えられませんよ?」


 そもそも人という種は力で勝てないから道具や知恵を使うのであって、力で勝てるなるそもそもそんなもの必要ないのだ!


「……そうね。ディオンス、私はノエルの戦い方を見たけど正面突破だったわよ?」


 ベランジェール様が言ってるのはこないだの決闘だろう。ディオンスさんは首を横に振っている。


「それならそれで構いません。正面突破できるだけの存在がこの世にはいるのだ、と理解すれば幅も生まれるでしょう」


「今、王城見学中なのですぐに終わる説明程度なら良いですよ」


 私は汚したくないので、礼服の上着を脱いでエマちゃんに渡す。私が実際に戦うわけではないけど、エマちゃんは不安なのか礼服をぎゅっと抱き締めて顔を埋めてしまった。汚したくないから持っててもらったのに、あんな強く抱き締めたらシワシワになっちゃうから早く終わらせて戻ろう!


 私とディオンスさんは観客席から騎士達の所へ向かった。騎士達がディオンスさんに敬礼する中、ディオンスさんは私の紹介を始めた。


「皆も先程見ていただろう。襲撃側を勝利に導いた女神、ノエルさんだ。今回はノエルさんが襲撃者だったらどうするのかを説明してもらい、お前達はそれにどう対処するのかを考えて貰いたい。ではノエルさん。あなたなら先程の様な場合どうしますか?」


「誘拐が目的なら正面から突っ込んで奪います。殺すのが目的ならアレを使います」


 私はそう言って石エリアにあるデカイ石を指した。人が何人も乗れる様な小屋くらいありそうな大きさの巨岩だ。登ったり、遮蔽物にしたり色々と使い道があるんだろうね。


「護衛対象は騎士に囲まれた状態で中心にいました。もし私があのでっかい岩を護衛対象に投げた場合、騎士が壁になって護衛対象は逃げられません」


 騎士の一人が不満そうに手を挙げた。ディオンスさんが指差すと挙手した騎士が話始める。


「現実的な話をして貰えないと意味がないのではないでしょうか」


「確かにそうですね。じゃあちょっとまっててください」


 さっと岩の所まで向かい、持ち上げようと思ったが……これが意外と難しい。壊さずに持つというのがバランス的にキツそう。あの騎士の言う通りだね。

 プランを変更しよう。私は指をピンと伸ばして、腕全体を回転させながら岩に腕を突き刺した。無事に岩は割らずに腕を刺すことが出来た。


 腕を上げる事で岩を持ち上げて騎士達の所にのそのそ歩いて戻った。


「訂正しますね。投げずにこのまま岩で押し潰します。逃げられないでしょう?」


 頭上に掲げたままの岩をポカンとした顔で騎士達が見上げている。

 先ほど不満そうに現実的な話をしろと言っていた騎士が再度手を挙げた。


「やっぱり現実的な話をして貰えないでしょうか?」


「現実だわ! 潰すぞアホ!」

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