第154話 見学ツアー

 ベランジェール様からまた手紙が届いた。驚くことに、いつもの『この日私暇なんだよねー』みたいな手紙ではなく、『この日暇なら遊ばない?』という直接的なお誘いのお手紙だった。


 自ら誘うという大きな一歩を踏み出したベランジェール様に敬意を評して良いですよと返事をしておいた。

 なんでもその日は授業がお休みらしく、お泊まり会をしたメンバーで王城見学ツアーに招待してくれるらしい。前回は謁見の間に行っただけだし少しだけ楽しみだね。


 ●


 当日学園正門前で待っていると、一台の大きな馬車が止まった。御者をしているのは知らない騎士だった。エドガールどこ行った? 公園のブランコに座っているのだろうか。


 馬車の扉が開くと、中からはイルドガルドさんが出てきた。


「ノエル様、おはようございます。皆様お待ちですのでどうぞ中へ」


「イルドガルドさんおはようございます」


「どうかイルドガルドとお呼びください」


「う、うん」


 イルドガルドはあの日のお遊びが抜けないらしい。ベランジェール様付きの二人の内一人が少し故障して、一人が行方不明だけど大丈夫だよね?


 シャルロットとミニミニ状態のゴレムスくんを抱えて馬車にヒョイと乗り込む。


「皆おはよー。あれ? アデライト嬢もいるじゃん」


 馬車の中にはお泊まり会メンバーとアデライト嬢も一緒にいた。


「ノエル様おはようございます。今朝、偶然会ったので私も参加する事にしたの」


 アデライト嬢が頬に手を当てながら説明してくれた。エマちゃん以外は同じ貴族寮なんだから偶然会うこともそりゃあるよね。


「偶然……? アデライトは日が昇る前からわたくしの部屋の前にいたじゃない」


「ええ。ノエル様に言われた通り仲良くしようと思って立っていただけよ?」


 また二人で言い合いを始めちゃったから空いてるベランジェール様とエマちゃんの間に座る。


「ベランジェール様もエマちゃんもおはよう」


「ノエルちゃんおはようのぎゅー!」


「はいぎゅー!」


 エマちゃんのおっぱいが、まるで私を遠ざける様に押し返してくる。そこはかとなく劣等感が刺激されるわ。


「ベランジェール様もおはようのぎゅー」


「おはようのぎゅーって何?」


 私が抱き着くとそう言いながらもぎゅっと返してくれる。ベランジェール様も平均的って感じだね。傷付いた心を癒してくれるよ。


「ノエル様! 私もおはようの――」


「馬車が動くので座っててくださいまし!」


「リリアーヌ、あなたはまた私の邪魔をしてどういうつもりよ」


 私に抱きつこうとしたアデライト嬢を、リリが引っ張って座らせる。それが気に入らなかったアデライト嬢がまた噛みつき……いつもの罵り合いに発展した。


 私とイルドガルドさん以外は皆制服を着用してる。エマちゃんは王城に行くのにふさわしい服を持っていないだろうからわかるけど、皆も制服なのはエマちゃんに合わせてくれたんだろうか。

 イルドガルドさんはメイド服だし、私は謁見で着た礼服だ。


「ベランジェール様、今日はありがとね。でも何で急に王城見学?」


「アデライトが平民は王城に入る機会がないから喜ぶんじゃないかって教えてくれたのよ」


「へぇー。そんで当日張り込んで偶然って形で参加してきたのね」


 ……普通に参加すればいいじゃんって思うんだけど私間違ってる? やっぱり貴族はわからない。罵倒しながらも仲良くしようと言うアデライト嬢と、絶対に嫌だと言うリリを眺めながらエマちゃんとお手手を繋ぐ。

 三人でお喋りしながら馬車に揺られていると、王城に着いた。


 ●


 私とエマちゃんはお手手を繋いだまま王城正面のエントランスに入った。前回も見たけど入ってすぐの室内に噴水があるのは結構不思議だ。冬場の乾燥対策なのかな?

 噴水は紹介するに値しないのか、ベランジェール様はスタスタ横を通って行こうとしている。


「ベランジェール様、この噴水にお金いれてもいい?」


「……はい? 入れちゃいけない理由もないし別にいいけど……」


「ありがとー」


 せっかくの観光だから楽しんでおこう。少し離れてから噴水に対して背中を向けてそのまま銅貨を投げ入れる。ちゃぽんと小さな音が聞こえたので、無事成功したみたいだね。特に願い事しないで入れちゃったけど、これっていつ願うのが正解だったの?


「ノエルはまた変なことをしますわね。今度は何の遊びなんですの?」


「遊びというか、どっかの国の言い伝えで後ろ向きにお金を投げ入れると願いが叶うってのがあったんだよ。この辺じゃ聞かないからこの噴水で試そうかなって」


「流石はノエル様、博識ね! 私もやりたいけどお金なんて持ってないわ」


 エマちゃん以外がアデライト嬢の言葉に同意するように頷いた。私一人楽しむのもなんかあれだし、皆には私が奢ろう。


「じゃあ皆にもはい」


「ノエルちゃん、私は持ってますよ?」


「エマちゃんにだけあげませんじゃ変でしょ? ここは私にカッコつけさせてよ」


 エマちゃんは私の頬にチュッとお礼してから銅貨を投げ入れた。皆も無事に投げ入れて、さあ行くかって所でシャルロットに引っ張られた。


「どうしたの? シャルロットもやる?」


 ガチガチと顎を鳴らしたので銅貨を一枚渡したけど、嫌な予感しかしない。私とゴレムスくん以外は特に何も思っていない様だけど、シャルロットは投げるのが苦手なんだよね……。


 噴水に対して後ろ向きに飛んだまま、両足? で挟む様に持った銅貨を投げた。……というか落とした。


 前にも投げられないシャルロットが後ろに投げられる訳もなく、チャリーンという音を響かせて真下におっこどしてしまった。

 シャルロットは気落ちしてしまったのか、徐々に高度が落ちていく。


「シャルロットー。これ後ろ向きなら良いわけでしょ? それならほら、シャルロットは噴水の上で背中向けたらいいんじゃない?」


 落とした銅貨を拾ってシャルロットに渡すと、シャルロットは空高く舞い上がり噴水の上で銅貨を落とした。ちゃぽんという音と共に、銅貨が無事に入ったことでその場にいた他の知らない人達からも祝福の拍手が送られる。

 私の所に嬉しそうに帰ってきたシャルロットを抱えてからどうもどうもと知らない人達に頭を下げる。


 今度こそ行こうかと思ったら、ゴレムスくんが私の服を引っ張った。


「……ゴレムスくんもやるの? ならはい」


 ヘッドバンギングをしてやる気をアピールしたが、銅貨はいらないらしい。ゴレムスくんは脳内で失敗しない為のシュミレーションをしていたのか、噴水のフチに登ってから後ろ向きで手のひらにアダマンタイト製のオリジナルコインを作った。


「ちょっとそんな貴重なもの噴水に放り投げ――」


 ベランジェール様の説得も虚しく、ゴレムスくんは腕をグルンと回転させて投げ入れた。腕を組んで満足気に頷いてからのそのそと、噴水から降りてゴレムスくんが戻ってきた。


「満足した? じゃあ行こうか」


 私の問いかけにヘドバンで頷くゴレムスくんの頭を撫でる。銅とアダマンタイトだと、願いを叶える効力は違うのかな?


「……普段誰も見ていないような噴水に恐ろしく貴重な物を投げ入れましたわね」


 確かに。ゴレムスくんが自らの意思でアダマンタイトを切り離すって初かな?


「ノエルちゃん、これたくさんお金が貯まったらどうするんですか?」


「え? どうするんだろ。何か願いが叶うって言われてるから皆お金投げ入れてるらしいけど、その後は知らないや」


 為政者じゃないから気にした事なかったな。でも、お賽銭とかはそのお寺や神社の物になるんでしょ? 王家の物でいんじゃない?


「あんなとんでもないもの投げ入れといてそんな無責任な……。父にはなんて説明したら……」


「そうだ! 沢山貯まったら王家がそのお金で誰かの願いを叶えてあげたら? 普段なら予算的にできない事をやるとか、本当に困ってる人を助けるとか、抽選で国民の一人の願いを叶えるとかさ」


 宝くじみたいな物だね。そもそも王城内の噴水は一般公開されてないし、本当にそんな言い伝えがある訳じゃないんだから貯まらないよ。


「流石はノエル様! 慈悲深いわね」


「ま、気にしてもしょうがないし次行こうよ、ベランジェール様」

 

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