第153話 貴族的表現は難しい
大人にはわからない子供同士の遊びみたいなものは存在している。例えば前世、私が中学生の頃の話だ。当時私は腹筋を追い込んで追い込んで追い込めば、シックスパックからエイトパック、果てはテンパックまでいけるのではないかと期待を胸に抱いてトレーニングをした事がある。
腹筋を追い込むと言っても一人でやるにも限界があったし、学校にいる間は中々腹筋を鍛える時間が確保出来なかった。だから私はお友達に協力して貰って、更に腹筋を追い込むことにした。
休み時間が始まる度に、教室の後ろへ行って友達にバスケットボールでお腹を殴って貰うのだ。それなりの威力もあるし、手でやる訳じゃないからお友達も手を痛めたりしない結構いいトレーニングだった。ボクシング漫画で見たし。
だけど大人達の目にはいじめに見えていた。仕方がない部分もあると思う。休み時間の度に教室の後ろへ行ってバスケットボールでお腹を殴るなんて普通に考えればいじめだと思う。
私達は普通にトレーニングをしていただけでも、それを決めるのは当事者ではなかったりするのが不思議なところだ。
因みに腹筋の割れる数は生まれつき決まってるよ。たくさん割れた人はその分頑張ったとかじゃない。大体フォーパックかシックスパックで、多い人だとテンパックの人もいるんだとか。
それはさておき、今回のこの二人も、私には分からないけど仲がいいからこんなにも言い合いをしていたんだと思う。部外者の私が口出しするもんじゃないね。
だから私はしばらく静観していた。
冷たく突き放すように接するリリと、何とか仲良くなれないかとお金を払うとまで言い出したアデライト嬢。噛み合ってはいないけど、お互い譲らないというのは共通しているね。
このままでは埒が明かないと思うから、私も会話に混ざってみよう。
「アデライト嬢は一人で来たの? メイドさんは?」
「メイドですか? メイドは引っぱたいて部屋に閉じ込めて来ました!」
一人で来たことはわかったけど、それ以外は理解できない。人を引っぱたいた事をキラキラした笑顔で言うのもわからない。
「相変わらずの様ですわね。気に入らないとスグに手をあげて。その癖治した方がいいと思いますわよ?」
「リリアーヌに言われる筋合いはないわ。私が何をしようと私の勝手でしょう? 私はマルリアーヴ侯爵家の娘よ? 勝手が許される立場なんだからいいじゃない」
「そう。それなら好きにしたらいいですわよ。ちなみにノエルはどう思いますの? 気に入らないとすぐ手をあげたりするのは」
また言い合いが始まっちゃったと思って遠い目をしてたら話が振られた。私がいるのを思い出してくれたみたいで良かったよ。
「良くないと思うよ? 自慢じゃないけど、私は人を叩いた事ってないと思うしね」
いや、二回くらいアレクサンドル様のおでこ叩いた気がする。あとジャックのおしりを蹴っ飛ばしたこともあるね。意外と叩いてるわ。でも都合悪いから忘れちゃった。
「フフッ。そうらしいですわよ? 残念でしたわね」
リリが勝ち誇った様にアデライト嬢を見る。
「リリアーヌはいつまで昔の話をしてるの? 私はもう人に手を上げるような真似なんてしないわよ。そんな古い情報に踊らされるなんて、これだから遅れてる辺境の田舎貴族はダメなのよ。知っていて? これはティーカップと言うの。辺境の田舎じゃ木の実の殻を使って水を飲むのでしょうけど、王都ではこうやって飲むのよ?」
「そうだったのね。では王都では何と一緒に紅茶を嗜むんですの? 辺境の田舎だとスイーツという甘い物と一緒に紅茶を飲むんですのよ?」
「はいやめー! リリ、お口チャック!」
私はリリの唇を指で摘む。お菓子があればそれを放り込んだんだけど、今日はないから仕方がない。
摘まれたことで喋れなくなったリリは整った眉をしかめている。静かになったのでそっと手を離す。
「チャックってなんですの?」
「え? こう、ギザギザで上げ下げするヤツ。ポケットの内側を噛むとイライラするヤツだね。いやそんな事はどうでもいいんだよ」
「リリアーヌは怒られてざまぁないわね! 今日はいい事がたくさんあってしあわ――」
「アデライト嬢もお口チャック!」
ほぼほぼ初対面だけどもう面倒臭いから唇を摘んだ。摘まれた事で喋れなくなったアデライト嬢は何故かそこはかとなく嬉しそうな顔をしている。
「なんでこんなすぐ言い合いするの? しかもお貴族様ってもっと遠回しに皮肉っぽく罵るんじゃないの? これじゃ向かい合って殴りあってるじゃん」
リリは不満そうにムスッとした顔をして私から目を逸らす。随分ご機嫌斜めになっちゃった。アデライト嬢が来るまではここまで不機嫌でも無かったし、悪いけどここは一旦帰ってもらおう。ひょっとしたらシンプルに仲悪いのかもしれない。
「アデライト嬢、悪いけどリリがご機嫌ナナメだからまた今度来てくれる? ウチのリリも普段は凄く良い子で可愛い子なの。だから優しくしてあげてね?」
摘んでた唇を離してあげると、乾いてしまったのか唇をチロっと舐めてから話し始めた。
「はいっ! ではまた後日来ます」
そう言ってアデライト嬢は浮かれ気味に帰って行った。遊びに来た、みたいな事言ってたけど口論だけして帰ってった形になっちゃった。
「リリ、アデライト嬢は帰ったよ。どうしてあんなリリらしくない態度取ったの?」
未だ唇を尖らせてそっぽを向いているリリにできるだけ優しく語りかける。何か嫌な事があったのかもしれないし、事情があるのかもしれない。
或いは本当に二人のコミュニケーションがあんな感じで、じゃれあってるだけなのかもしれない。
「あの子はいつもああなんですのよ。私の事も、ベルレアン辺境伯家の事も、領地の事もバカにして」
なるほどね……。昔、リリはお茶会で陰口叩かれた事で傷付いたしそういうのが苦手なんだろう。まぁバカにされるのが平気ですって人の方が少ないか。
なんだか無性に抱き締めてあげたくなったから抱き寄せて頭を撫でる。
「……もしかしたらノエルは誤解してるかもしれませんわね。昔わたくしが傷付いたのは仲がいいって思ってた子に言われたからでしてよ? アデライトとは最初からあんなでしてから腹が立つだけで傷付いたりはしませんわよ」
「あそうなんだ。なでなで損じゃん! いやリリの事撫でるのは好きだから損ではないね」
「だったらもっと撫でてくださいまし。それにしても……ノエルはやっかいな人ばかりを惹き付けますわね」
リリは私の背中に回した手で軽く爪を立てる。だけどその程度効かないよん!
「でも今回は私悪くないよね? あの騎士が悪いんだよ。脱ぎたての手袋人に投げつけるとかちょっとどうかしてると思ったわ」
そもそもきっかけは私じゃない。あの護衛騎士が悪いんだよ。最後の最後まで脅えていたけど、明日からは通常業務に戻れるのだろうか。まぁ騎士の事は良いとして、一個気になる事がある。
「ねぇリリ、手袋ぶつけたら決闘でしょ? 何で強い人は手当たり次第に手袋ぶつけないの?」
「野蛮じゃないんですからそんなに簡単にするものじゃありませんわよ」
気に入らない貴族には手当たり次第手袋ぶつければ楽じゃんと思ったけど野蛮だったらしい。
「でもあの騎士、私が飛んでるだけで投げてきたよ? 沸点低すぎじゃない?」
「ノエルからしたらそう見えたかも知れませんけど……多少同情の余地はあるんですのよ? 最近のベランジェール様は口を開けばお泊まり会の話を続けてましたから」
リリは学校でのベランジェール様の様子を思い浮かべたのか、少し引きつった笑みを浮かべた。
つまりお前のせいで王女殿下頭おかしくなっちゃったじゃん! ってな感じだったのかな?
ババ抜き一つで大はしゃぎだったから、ベランジェール様的には初めて行った遊園地くらいの感覚なのかもしれないね。そして周りの人は立場的に「それもう聞いた」って止めることも難しかった。
「想像するだけでウザ……うっとう……しつこ……えっと……。そう! 賑やか! はちょっと違うな。あ、壊れた楽器みたいな音色を奏でてそうって表現はどう? 貴族的?」
「それは不敬罪」
許しておくれ。
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