第152話 後処理

 リリの所へ向かっていると、シャルロットが飛びついてきた。興奮気味に身振り手振りで何かを私に伝えているが、イマイチわからない。

 シャルロットは私が魔力をほとばしらせるといつも興奮するね。


「かっこよかった?」


 シャルロットはガチガチとアゴを鳴らし、おしりもブブブと鳴らして大興奮だ。ちょっと落ち着きなさいとお人形の様に腕に抱いてリリと合流する。


「おつかれ〜!」


「もう。怪我なく終わって良かったですわ。お疲れ様。……でもさっきのは何かしら?」


「ご令嬢に対するお詫びだよ? 巻き込んじゃったし、きっと決闘させられちゃうって怖かっただろうからさ。少しでも楽しかった思い出になればいいなーって」


 あの子がどこの誰で、どんな子かはわからない。だけど普通の女の子だったら大の大人、それも王女殿下の護衛を務める優秀な騎士に決闘を申し込まれたら恐怖以外の何ものでもないでしょ。

 せっかくの学園生活がトラウマになっちゃったら可哀想だもん。


「そんな言い方ずるいですわよ! でもあの子なら噛み付いてきそうでしたのに、今回は大人しかったですわね」


「知り合いなの?」


「……ええ。アデライト・マルリアーヴ。貴族派の筆頭で悪い噂の絶えないマルリアーヴ侯爵家の子よ」


 最近聞いた気がする。謁見の時に一泡吹かせてやったーみたいな事を陛下が言ってた貴族家だよね。

 リリも苦虫を噛み潰したような顔をしてるし、あんまいい子ではないのかも。


 だとしても今回の事は別だ。巻き込んだのに『君ならいっか』とはならないよ。それとこれとは話が別ってやつだね。


「ちょっといいかしら?」


 リリと話していると、ベランジェール様がやってきた。ベランジェール様の後ろにはイルドガルドさんと煤けたような護衛騎士が立っている。


「これからエドガールがアデライトに決闘の取り止めと謝罪をするんだけど、勝者の権利としてノエルに見届けて欲しいの。後になってやったやってないってなるのも馬鹿らしいでしょ?」


 リリと顔を見合わせて頷き、一緒に行く事にした。

 未だ顔を真っ赤にして立ち尽くしてるアデライト嬢の所へ皆で向かった。


 皆が見守る中、騎士エドガールがアデライト嬢と向き合い、頭を下げた。


「決闘は取り止めにする。巻き込む形になって申し訳なかった」


「…………ええ」


 エドガールは少し怯えた様子で私の顔色を窺い、アデライト嬢もチラチラと私を見る。もしかして、私が何か言ってしめる感じかな? そもそもが決闘に勝って獲得した権利だもんね。


 私はゴホンと咳払いをしてから袖をまくって肩を見せる。


「これにて、一件落着ぅ〜」

 

 私の肩に桜吹雪とかはないけどこんな感じだったと思う。


「……なんですの? それ」


「正直わからん。世直ししたらこうするってお婆ちゃんが言ってた」


 桜吹雪を見せるのか印籠を見せるのか紋所を見せるのか、それらが違う作品なのかもわからん!


「じゃあ終わった事だし、私達は帰るよ。ベランジェール様もまた今度遊ぼうね」


「ええ、お泊まり会にまた呼んで」


 少しホッとした顔のベランジェール様に別れを告げ、私達は訓練場を後にした。見ていた多くの人達は未だ固まったままだし、子供じゃないんだからほっといても平気でしょう。


 ●

 

 寮の部屋についてソファに座ると、リリが呆れを含んだ声で話しかけてきた。


「全くノエルは、いつもどこでも問題を起こすんですから。それに忙しかったんじゃありませんの?」


「忙しかったよ? だけど私のやる事はほとんど終わったか、取られちゃったの。だからリリに会いに来た」


「もう! 調子のいい事言って……。どうせ後でエマにも会いに行くんですわよね?」


 リリは頬をふくらませて文句を言う。どうやら嫉妬してるらしい。エマちゃんにも会いに行きたいけど、リリが可愛い反応見せてくれたから今日はリリと過ごそうかな。それで明日はエマちゃんと過ごそう。うん。


「あとでってのがいつを指すかはわからないけど、今日はリリとずっと一緒にいるよー! それより一回お水貰える? 口ゆすぎたい」


 細かい金属片みたいなのが口の中にジャリジャリと残ってるから吐き出したいんだよ。バリムシャはインパクトがあるけど、その裏ではこんな苦労を抱えている事を多くの人は知らないんだろう。

 リリの水魔法を口に含んで、ぶくぶくしながら洗面所へ向かった。やっぱ水魔法便利だよね。口の中がさっぱりして戻ってきた所、リリが期待に目を輝かせながらこっちを見ていた。


「お水は飲まなくていいんですの?」


「……じゃあ貰っておこうかな?」


 別に喉は渇いていないけど、キラキラした眼差しで見てるから飲むことにした。飲めないわけでもないし。

 あーんと口を広げて待っていると、リリが人差し指の先端を私の口に突っ込んだ。


「何で入れはの?」


「閉じないと水を入れられませんわよ?」


 リリの指をしゃぶる様に口を閉じると、指先から水魔法を出してくれる。少しずつ飲んでいると、リリの表情が艶っぽいものに変わった。


「美味しいですか?」


 とりあえず頷く。でもこれ以上はいらないからリリの手をトントンと叩くと指を抜いてくれた。「おまけですわ」とくれた氷を口に含みながらコロコロと転がしていると部屋にノックの音が響いた。


「なんか思ってたよりお客さんくるんだね、リリのお部屋」


「……たぶんノエルが原因ですわよ。普段は誰も来ませんもの」


 メイドさんが扉越しにごにょごにょしていると、こちらへ向き直した。


「アデライト・マルリアーヴ様がお越しですが如何なさいますか?」


「……帰ってもらってくださいまし」


 要件も聞かずに追い返すとは、仲がよろしくはなさそうだね。リリにしては珍しい反応だよ。かしこまりましたと頭を下げたメイドさんが、また扉越しにごにょごにょしていると急に扉があいてぶつかったメイドさんがよろけてしまった。


「ちょっとリリアーヌ! いるのはわかってるんだから入れなさいよっ!」


 メイドさんが扉を抑えるも、出来た隙間に足をねじ込んで強引に開けようとしてるみたい。アデライトって巻き込んじゃった子だよね? オドオドしてたイメージだけど随分強引でパワフルじゃん!


「はぁ……。ミレイユ、入れてちょうだい」


 リリが渋々といった雰囲気でそう告げると、威風堂々とした様子で一人の女の子が部屋に入ってきた。


 赤とも茶色とも違う、明るいオレンジの様な髪色をした毛先を緩く巻いている目鼻立ちのクッキリとした派手目の女の子。やっぱり巻き込んじゃった派手なご令嬢で間違いないね。


 ズカズカと部屋の中にやって来てソファに座ると、扇子をバサッと広げて「紅茶」と一言だけ言った。


 第一印象とここまで違う子は中々見ないよ。気弱なタイプだと思ったけど、パワープレイヤーだね。私がことの成り行きを見守っていると、会話が始まった。


「私が来たんだからさっさと扉開けなさいよ、リリアーヌ」


「あなたが来たから開けなかったんですのよ? 特別待遇に感謝してくださいまし。それでなんの用ですの?」


「遊びに来てあげたんじゃない。どう? 嬉しいでしょ? 辺境の田舎貴族の部屋にこの私が来たんだから」


「チッ」


 おぉ……。中々強烈だし、リリも普段しないような舌打ちまでしちゃって……。新たな一面だ、悪くないね!


「まあ驚いた。舌打ちなんてしちゃって、リリアーヌは教養がないのね。礼儀作法からやり直したら?」


「あなたこそ教養がないんじゃありませんの? 招いてもいないのにズカズカ入ってきて、呆れて言葉もでませんわ」


 いわゆる喧嘩するほどって奴なのかな? リリがこんなに歯をむき出しにして噛み付くような振る舞い普通はしないし、何だかんだで相性は悪くないのかも。でも――


「あの! 二人とも仲良くしようね?」


 二人の間で通じるじゃれ合いの範疇なのかも知れないけど、一応言っておこう。


「ノエルの頼みでも無理なものは無理ですわ」


 さよで。リリは仲良く出来ないらしい。


「はいッ! リリアーヌ、これから仲良くしてね!」


 アデライト嬢は頬を赤らめながら私をチラチラ見てそう言った。結構あっさりいくやん。 

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