第151話 決闘ッ!
廊下は相変わらず静まり返っている。
未だ事態を把握できていない群衆と、呆れ顔のリリ。そして私の白いハイソックスを顔に張り付けたまま固まっている騎士と、両手を腰にあててふんぞり返る私。
授業が終わったばかりで開放感に満ちているであろう放課後は、予想に反してカオスに満ちている。
「ノエル。あなた自分が何をやったかわかってるんですの?」
「うん。由緒正しい決闘を申し込んだ!」
はぁとため息を吐いたリリは呆れ顔のまま言葉を続ける。
「そんなことはどうでもいいんですのよ。ノエルは衆人環視の中で素足を晒すだなんてはしたない事をしたんですのよ? わたくしの前以外でそういうことはしないでくださいまし」
でた。貴族の謎の貞操観念。膝下見えたくらいで過剰反応しすぎじゃない? 私としては膝下見せるより、肩を丸出しにしてるパーティードレスの方が恥ずかしい気がするけどね。
「それで護衛の人! 私の決闘は受けてくれる? 受けないなら不戦勝でお願い聞いてもらうけど」
護衛騎士は私の靴下を握り締めながらプルプルと震えている。興奮してるみたいでキモイぞ!
「当たり前だッ! この私をばかにしたこと、後悔させてやる!」
「じゃあ私が勝ったら、後ろのご令嬢に申し込んだ決闘は頭下げて無しにしてね。護衛騎士が勝ったらどうする?」
「私が勝ったら二度と王女殿下の前に現れるなッ!」
護衛騎士が激高しながらそう叫ぶ。意外と言ったらなんだけど、思ったより良心的なお願いじゃない? 正直、死んで詫びろ平民くらい言ってくるかと思ったよ。
「ベランジェール様、立ち会いお願いしていい?」
事の成り行きを見守っていたベランジェール様に声をかける。身分が高い人が立ち会い人をしてくれた方が難癖は付けられないだろう。
「私でいいの? 一応エドガールは私の騎士よ?」
「不正を働くかもしれないよって事? ん〜。ベランジェール様がそんな事するとは思わないし、どう足掻いても言い訳出来ない程に潰すから良いよ」
今回は巻き込んでしまった人に対するお詫びみたいなものだからね。万が一にも負ける訳にはいかない。だからお遊びは無しでやるつもりだ。
「そう……。変な事になってごめんね、ノエル」
ベランジェール様は申し訳なさそうに小声で言った。たくさんの人が見てる前で王族は簡単には謝れないんだろうな。
主人として、王族として、配下のコントロールはちゃんとしないといけないんだろうけど難しいよね。
でも悪いと思ったならお詫びにアイテム袋くれても良いよ? 気持ちは目に見えないからね! 言葉という朧気な物を与えるよりも、魔法袋という明確な形で気持ちを表現して欲しいものだ!
●
あの場にいたたくさんの人を引き連れて訓練場に来た。さすがは学園の訓練場、観客席も完備していて結構な人数が収容できそうだ。
たぶんここで剣術大会とか武術大会みたいなのが開かれたりするんだろうな。
向かっている道中、リリからはやりすぎないようにして下さいまし、人は貴方が思ってるより弱い生き物なんですのよ、と
訓練場の中央に、騎士と向かい合って立つ。騎士は腰に着けた剣を鞘に収めたまま使うらしく、紐でグルグルに縛っていた。
ナルシストでベランジェール様の話を聞かない猪突猛進な印象だけど、多分根っこは悪い人ではないんだと思う。ベランジェール様も悪気は無い、みたいな事言ってたしね。
「ノエルは武器ないけどいいの?」
「うん。基本素手だね」
「じゃあ準備はいい? ――始めッ!」
開始と同時に魔力を練り上げる。殺さないよう、壊さないよう気を付けなきゃいけないけど、万が一にも負ける訳にはいかないから身体強化は増し増しだ。
私の体からは可視化された虹色の魔力が立ち昇っている。お遊びであればシャルロットの羽みたいに何かの形にしてみたいところだけど、そんな所にリソースは割けない。
ガッツリ増し増しにした身体能力を確かめるように、空に向かって手を振り上げる。
すると風が巻き起こり、雲を切り裂いた。
……やっぱり宝剣一発ギャグーンはいらなかったね。
「これ程までの全能感は久しぶりだね。ドラゴンシバいた時以来かな?」
護衛騎士はへっぴり腰でカタカタと鞘を鳴らしながら剣を構えている。見るからに逃げ出したいって感じだけど、一応逃げずに武器を構えているのは凄いと思う。シバいたレッドドラゴンはこの時点で泣いてたもん。
この状態で殴ったり出来ないし、さっさと降参してもらう為にも強者の貫禄を見せながらゆっくりと近づいて行く。
可視化された虹色の魔力を全身から吹き出しながら、どこからでもかかって来なさいと言わんばかりに両手を広げ、地面を踏み砕きながらゆっくり歩く私の姿はさぞかし強者に見えるだろう。惜しむらくは靴下を片っぽしか履いていないという点だ。ちゃんと返して欲しかった。
騎士は震えるばかりで何もできていない。中々降参してくれないし、逃げる事さえしないから私は遂に騎士の目の前まで辿り着いてしまった。さて、近付けばビビって降参すると思ってたからここからはノープランだよ。
私に出来ることは少ない。目の前でカタカタ揺れる剣を一口齧る。ポイントは噛み砕きながらも口から全部零すこと。そうしないと喋れないし、ほんとに飲み込むことになっちゃうからね。
バリバリと鞘ごと食べながら私は喋る。
「ふむ、良い剣だ」
善し悪しなんかわからないからリップサービスだよ。むしゃむしゃと食べ進めていく。
「か、家宝……」
「そうか、どうりで」
騎士は泣きそうな顔になった。正直すまんかった……。家宝なんて実務で使うなって! 大切にしまうとか飾るとかあるじゃん!
……冷静に考えると、これ護衛騎士にあーんしてもらってるような構図じゃない? 急に嫌になってきたわ。
剣をむしゃるのをやめて、代わりに騎士の鎧に指を刺す。
「ふむ、随分柔らかい素材の鎧だ。これでは何も守れまい」
何処までが鎧で何処からが人体かわからない。あんま深く刺すと気付かず貫通しそうで怖い。
こういうシチュエーションになるといつも決め手にかけるのが身体強化の良くない所だ。殴る訳にもいかず、かと言って武器を首に突き付けるようなわかりやすい勝負の付け方が出来ない。なんてったって素手だからね。
護衛騎士は降参する事も出来ずにガタガタ震えてるだけだし、ここはベランジェール様が止めてくれないかな?
私はベランジェール様に視線を送ると、放心状態だったベランジェール様がハッとした。
「そ、そこまでッ! 勝者、ノエル!」
合図を聞いて魔力を普段のレベルにまで落とす。護衛騎士は私からの圧が消えてホッとしたのか、はたまた勝負が終わって気が抜けたのか、そのまま座り込んでしまった。
思いの外頑張った護衛騎士の肩をポンと軽く叩いてから「お疲れ様でした」と一言だけ告げた。勝者が何を言っても辱める事になってしまうだろうけど、それでも伝えたかったのだ。
ただ、ビクンと体を跳ねさせたのは納得いかない。そこまでビビらんでもええやん!
シャルロットを抱いたリリに手を振ってから、件の巻き込んでしまったご令嬢の所へと向かう。無事に終わらせたから安心していいよと伝えようと思ったんだけど……イタズラ心がひょっこりと顔を出した。
未だ戸惑っている派手なご令嬢の前まで行って、彼女の指先を手に取った。
「この勝利をあなたに」
指の付け根にチュッとしてからご令嬢を見ると、顔を真っ赤にしてアタフタとしている。これくらいパーティーなんかじゃ日常茶飯事かと思ったけど、思った以上にウブな反応をしてくれるねぇ。
「え、あ、えっ……い、……ひゃい!」
テンパり過ぎて『はい』すらまともに言えなくなってしまったご令嬢にもう一度微笑んでから、背中にグサグサと刺さっている視線の主、リリの所へと戻った。
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