第149話 忙しくなってきた

 タルトをヘレナ様に試食してもらった所、大絶賛だった。今までで一番華やかなスイーツだから沢山の女性陣を魅了するでしょうとお墨付きを頂いた。一番大切な味に関しても大満足して貰えたよ。


 タルト専門店にするつもりはないから、まだまだメニュー作りは続ける。それでも一歩踏み出せたのはかなり大きいね。何事も最初の一歩を踏み出すのが大変で、後は勢いでなんとかなったりするものだよ。


 メニューについては動き出したから問題ないし、お店についてもフレデリック様が土地とかは何とかなるって言っていた。やっぱり問題は人材だね。調理スタッフもそうだけど、いわゆるホールスタッフも必要だ。


 専門的な技術がそこまで必要ないホールスタッフは孤児院の子達に声を掛けるとして、調理スタッフが問題だ。

 王都一番弟子がやりたがっていたし、さっそくフレデリック様に聞いてみよう。


 ●


「待たせて悪いね」


「いえ、突然来てこちらこそ申し訳ないです」


 執務室へやってきたが、フレデリック様は忙しかったらしく少しの間待つ事になった。予定にもない訪問をしたのは私だからね。多少待つのは仕方がない。


「それでどうしたんだい?」


「王都で開くスイーツショップについてなんですけど、さっきヘレナ様に新メニューの試食をしてもらって許可がでました。なので料理人の教育もはじめて行きたいんですが……。その、料理長? が自分もお店で働きたいと言い出しまして……」


「なるほど。それでどうしようかって話か……。僕としては使ってくれて構わないよ。ただ、所属自体はベルレアン辺境伯家ってことにしておいて欲しいかな」


 辺境伯家の料理人が、スイーツショップへ協力しているとかそういう感じにしたいって事かな。私としてもそれくらい全然構わない。ベルレアン辺境伯家に対してレシピを隠したりもしてないし、スイーツショップだって私個人の感覚としては自分のお店とも思ってないしね。名義貸しというか、監修というか、気分的にはそんな感じが近い。


「構いませんよ。さっきも一緒に試作してましたしね。彼が王都での一番弟子ですし。ただ、彼一人でお店を回せるわけがないので、他にも料理人が欲しいんですけどどうにかなりませんか?」


「とりあえず王都邸で働いている料理人は希望者を募って使っていいよ。しばらくすると領地へ帰るだろう? そうすると彼らは料理人としての張り合いがなくなるんだよ。主人もいない、客人もこない、そんなところで自分の腕を燻らせるような状態だ。スイーツショップで働くのは彼らの為にもなるだろう」


 オフシーズンは放ったらかしになっちゃってたのね。建物は使っていないと痛みがはやいと言うし、完全に無人にすることもできないんだろう。

 料理が好きな人たちがそんな環境にいたのなら、スイーツショップで働くのはいい刺激になるのかもしれない。


「わかりました。それと、孤児院の出張所の方は売上が落ちると思うので、孤児院の子達も働かせたいんですけどいいですか?」


「ふむ……。正直なところ、本来はあまり良くない。だけどスイーツショップ出張所の始まりが孤児院の救済だからね。説明さえしておけば平気なんじゃないかな。それこそ文句を言う人がいたら『じゃあお店辞めるね』と言ってしまえばいい。文句を言う人なんて一瞬でいなくなるさ」


 フレデリック様は何がおかしいのか愉快そうに笑っている。孤児院の子達はホールスタッフ、希望があれば調理見習いって感じかな? もちろん売上が落ちてもフルーツ飴が売りたいならそれはそれで構わない。よく知らない人達と一緒にお店で働くよりも自分たちだけでって気持ちもわかるしね。生活できないレベルにまで売上が落ちるようだったらまたその時考えよう。


「ではとりあえず希望者に新メニュー叩き込んで、後はおまかせでいいですかね?」


「………………王都店もウチで管理するの?」


 違うの? そのつもりだったんだけど。


「嫌でしたらセラジール商会にお願いしますけど……。あ、エマちゃんが商業科って話だしエマちゃんにやってみて貰うのもいいかもしれないですね。私とエマちゃんの二人で、実験的にやるスイーツショップか……。悪くないですよ、それ! 私が王都周辺の未開の地や、普通では倒せない様な魔物を倒して食材を調達する。そんな普通では手に入らないような食材を使った究極のスイーツを提供するお店。どうでしょう!?」


「いや、ウチが管理するよ。その話きいたら何が起こるかわからなくて怖くなったからさ」


 そっか。私としては結構エマちゃんとのお店に傾いてたんだけどフレデリック様が管理したいならしょうがないね。いつもお世話になってるし。


 でもいつかエマちゃんと二人でお店をやろうかな。別にスイーツショップじゃなくてもいいし、なんなら食べ物を売らなくてもいい。前世の知識から何かを売ってもいいし、なんならテキトーに取ってきた他では手に入らないレア素材を売るお店でもいい。どこから仕入れてきたのか謎の物品を売る美人店主がいるお店、みたいなさ。

 まぁでもそんないつかの話より、今はとりあえずスイーツショップだね。


「では厨房と孤児院の方に話を通しておきますね」


 フレデリック様に挨拶してから執務室を後にした。


 ●


 その後、孤児院に行って子供たちに意思の確認をしたところ、スイーツショップで働けるのであればその方が良いそうだ。皆とやる屋台は楽しいけど、それと同時に凄く不安があったみたい。今は繁盛しているけど、いつかそっぽを向かれてしまったらまたあの頃の様な生活に戻ってしまうんじゃないかって気持ちが強かったらしい。


 それならスイーツショップで働いた方が安定しそうだし、あのスイーツショップで働いていたんですって武器を使って今後に繋げていけるんじゃないかと言っていた。まだ小さいのに夢がないというか、何というか……。まぁ彼ら彼女らにとって現実は厳しかったから仕方がないか。基本的にはホールでの配膳で構わないそうだけど、香ばしかった少女ベルだけがパティシエ見習いとして頑張っていきたいそうだ。それもまた人生よ。お菓子作りは結構過酷なものだけど、仲間たちも同じ店で働くわけだし支えあっていけるでしょう! 嫌になったら配膳に回ってもいいしね。良いか悪いかなんてやってみなくちゃわからないもん。


 ベルがパティシエとして参加してくれるのであれば、一つ追加したいメニューが出来た。それはクロカンブッシュだ。簡単に言ってしまえばプチシュークリームを積み上げただけのやつ。積み上げるときに崩れたりしないように飴を接着剤代わりに使うスイーツで、日本ではそこまでメジャーじゃないけどフランスではお祝いの料理だった。シュークリーム自体は大人が作り、ベルは屋台での経験を活かした飴づくりとシュークリームを積み上げる作業を担当すれば、ひたすらシュークリーム作るだけで二種類の商品が出来るようなものだからいいんじゃない? 例えば複数人で来て、お金を出し合って食べてもいいんだからさ。その辺の価格設定もまとめ買い割引みたいな感じにしたいね。


 円錐状に積み上げられた光沢のあるシュークリームはインパクトがあるし、それを見て自分も食べたいって人が出たり、バラでシュークリームを食べる人も出てくるだろう。宣伝にも持ってこいな一品だ!


 早速王都の皆さんの為にも試作しなくてはね! じゅるり。

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