第148話 試作

 早速試作を開始する。

 バターをボウルに入れてねりねり練っていく。そこに砂糖とちょこっとだけ塩を加えて更に練る。混ざったら卵黄と小麦粉を加えて更に混ぜる。出来上がった生地を手でギュッと丸めてから冷蔵箱に入れて休ませる。


 生地を休ませている間に、ゴレムスくんにタルトの型をたくさん作ってもらう。ゴレムスくんは怠け癖が付いてるからね。たまには働いて下さい!

 そのうちアダマンタイトは基本外に置いておいて、着込むのは有事の際だけってルールにしようかな? 大きいと動かなくなっちゃうから。


 それはさておき、お店で使う分も考えてたくさん作ってもらった型をガチャガチャ音を立てながら厨房へ向かう。雑に扱っても何一つ問題がないって言うのがアダマンタイト最大の利点だよね。


 休ませた生地を麺棒を使って丸く伸ばしていく。型より少し大きいくらいが良いね。

 厨房にいる料理人達はチラチラ見ていたけど、作業工程的にクッキーと変わらないからあまり見なくなった。王都の弟子だけは未だ遠くからガン見してるけど、今日は実験だから気にせず作業を続けて欲しい。


 型に溶かしたバターを丁寧に隅々まで塗ってから薄く小麦粉を振る。この作業を怠ると焼きあがった後、型が上手く外せなく割れることがあるんだよ。

 まぁ割れたら割れたでクッキーみたいに食べればいいけど、作りたいのはタルトだからね。丁寧にやっていく。


 それが終わったら生地を型に乗せて、ちぎれないように気を付けながら押し込んでいく。型からハミ出た部分を切っていくけど、ポイントは少し余裕を持って切る事だね。生地は焼くと縮むから、型にピッタリ合わせちゃうと小さくなっちゃうんだよ。


 焼いた時に膨らまないように、底の部分にフォークーひたすら刺していく。この作業、刺すのは楽しいけどブツブツ穴だらけになって気持ち悪いから少し嫌いだ。


 生地を休ませている間に、カスタードクリームを作る。クリームチーズやアーモンドクリームなんかも使いたいけど、その辺は今度色んなお店を回って探してみよう。

 今日の試作メインはタルト生地だから、細かい中身は良いでしょう。


 用意した二つのタルト生地をオーブンに入れて焼いていく。その間カスタードクリームは冷やしておこう。

 王都一番弟子は自分の仕事を部下に任せて張り付いている。見慣れない型に生地を敷き始めた辺りから「コイツが作ってんのクッキーじゃねーぞ」って気が付いたんだろう。


「王都一番弟子よ。今度王都にスイーツショップを正式に開く事になりそうなんだけど、お料理好きな良い人材知らない?」


「……私はダメですか?」


 ダメですかって言われても、流石に勝手には決められない。辺境伯領のスイーツショップは基本的にアンズと、アンズに惚れてるっぽい二人の料理人に任せてる。あのクレープ戦争優勝の二人だね。

 彼らはそもそも辺境伯領では若手で、アンズに至っては下ごしらえがメイン業務だったド新人だ。だから抜けても問題無かったけど、この王都一番弟子は確かこの厨房の料理長でしょう?


「弟子がダメって訳じゃないけど、抜けたら王都邸の厨房どうすんの?」


「副料理長に任せます」


「ンな無責任な……」


 オフシーズンの時、ここの厨房スタッフは屋敷を管理してる人達の為に働いてるのかな? それならまぁ問題ないのかもしれない。でもどちらにしろ、弟子一人で回せるものじゃないし他にも宛は必要だよね。


 本格的なスイーツショップを開いてしまえば、孤児院の出張所は売上が落ちるだろう。やりたいならそのままやっても良いけど、それよりオープンするスイーツショップで働いてもらって、孤児院の敷地は屋台をやりたい人に貸してショバ代もらった方が良いんじゃないかな?


 下手に人を雇い入れるとレシピの流出やら人材の引き抜きなどの問題もあるだろう。でも私としては、レシピが流出するのは構わないと思っている。というのも、そもそもスイーツを作ったのは作らないと食べられなかったからだ。沢山の人がスイーツを作って、それを気軽に買える世の中であればわざわざ必死こいて作ったり、ましてや店をオープンすることなんてなかった。そもそもが私が一から作り上げたレシピでもなんでもないんだから、ずっと独占するつもりもない。


 だから孤児院の子にレシピを教えて、それが流出したりもっといい条件で引き抜かれたりするのは全然良い。孤児院の子供たちの将来が明るくなるなら尚のことだね。


 先日公爵家のお茶会で食べたお菓子だって未だにシュガーラスクレベルだった。思ってたよりスイーツの発展が遅いというか、皆食べるのに夢中というか……。


 だからどこかのタイミングでクリームとか生地作りとかの基本レシピを公開して、いつかスイーツの大会を開いてもいいかもしれない。そこで優勝した人にはアダマンタイト製のトロフィーと盾、バッジなんかをあげてさ、妖精の認めたパティシエみたいなね。


 そんな未来があっても良いと思っている。


 辺境伯領の事を考えればすぐさま広めようなんて思わないし、いつかの話だよ。


 話が逸れちゃったね。そんな訳で、絶対に秘密が守れる人だとかそういう人を求めてる訳じゃない。嫌な奴や真面目に働かない様な人は論外だけど、料理上手で私に美味しいスイーツを作ってくれるなら細かいことはなんでもいいのだ。


「まあフレデリック様にも相談してみるよ」


「宜しくお願いしますね、師匠」



 そんな事を考えている間に良い感じの時間になってきたので、一度取り出してからカスタードクリームを流し込み、更に焼いた。


 粗熱が取れたら、型から生地を外して盛り付けていく。


「いいかな? 弟子よ。タルトで大切なのは彩りだ。美味しそうな見た目、可愛い見た目、綺麗な見た目、何でもいいけど妥協しちゃダメだよ」


「はい、師匠!」


 私は説明しながらカットフルーツを乗せていく。


「大きい果物は下に、小さいものは上にが基本だ。同じものを一箇所に集めるのも面白いかも知れないけど、皆で食べたり売り物にする事を考えるとオススメしないよ。後は冷やしたらフルーツタルトの完成だ!」


 私はじっくりフルーツタルトを観察している弟子の手のひらを見つめる。弟子は手のひらを向けてくるが私がしたいのはハイタッチじゃないんだよ!

 エマちゃんならキャーって拍手してくれるというのに、この弟子はまだまだ師匠について来れていない様だね。


 据え膳状態の手にハイタッチしてから次のタルトに取り掛かる。焼いたカスタードクリームの上に生クリームを塗っていく。その上に薄く切ったイチゴを外側から丁寧に並べていく。中心に行く程高さが出るように、徐々に角度を付けて、タルトの真ん中にポンと切ってないイチゴを立てたら完成だ。立体的な花の様に盛り付けられたイチゴのタルトだよ。


「どうだね? 弟子よ! 華やかでしょう?」


「これが彩りですか。確かに綺麗ですね。では早速試食を……」


「ダメダメ。冷やさないといけないし、これスイーツショップのメニューにする予定だから先ずはヘレナ様かな。切り分けて売るかこのまま売るかとか考えなきゃいけないしさ。流石に二個も食べないだろうから、余った奴持ってくるよ」


 流石に二個もペロリと行かないよね?


 それにしても突発的に作ったとはいえ、かなり時間がかかった。やっぱり生地を寝かせる時間とかがあるから、前日からの仕込みとか当日の売れ行きに合わせた仕込みとかも必要になるだろうしそれなりに人手は必要だろうな。

 

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