第147話 既読スルーは良くないらしい

 お泊まり会から十日程たった。皆でお菓子を食べ散らかした後はダラダラと喋って眠った。


 お泊まり会と言えばこれ! って話題として『好きな男子いるー?』みたいな話を振ってみたが、リリもベランジェール様もあまりそういう目で異性を見ていないらしい。まぁ許嫁だの政略結婚だのが未だ主流なんだろうから、下手な幻想を抱いたりはしないんだろうね。


 エマちゃんに「ノエルちゃんは居ませんよね?」って2オクターブくらい低い声で聞かれた時は背筋が凍ったわ。何その真に迫るヤンデレ演技。

 私も負けじとエマ一筋だよってオデコにチューしたら疲れていたのか、エマちゃんはそのまま寝てしまった。


 そんなこんなで大成功を収めたお泊まり会だったけど、同時に小さな問題も生まれてしまった。


 数日置きにベランジェール様から御手紙が届くようになったのだ。長々とよく分からない季節の挨拶みたいな物が続いた後に、何日後なら夜暇ですけど? みたいな事が書いてある御手紙だ。


 そんな事言われましても……ってのが正直な感想だね。ベランジェール様が手紙送ってくるせいでフレデリック様からジトっとした目で睨まれるこっちの気にもなって欲しい。

 フレデリック様の目がこう語ってるよ。「僕達を抜きに美味しいものを食べたね?」って。まぁそれは冗談だけど、早く報告しなさいって所だろう。


 いつまでも逃げていても仕方がないから、これから執務室に向かおうと思っている。気分は自首する犯人だ。カツ丼出して欲しいね。


 ●


 執務室の扉をノックすると、入室の許可が出た。フレデリック様は日中は色んな社交界やら交渉してるらしく、夜帰ってきてから書き仕事をしている。大変そうだね。


「やぁノエルちゃん。執務室は随分遠かったみたいだね」


「いえ、まだこの王都邸になれていないだけですよ。迷ってしまいました」


 なんですぐ来なかったの? 的な事なんだろう。わからなくなっちゃうから素直にそう言って欲しい。


「それで夜遅くにどうしたんだい?」


「大した事じゃないんですけど、ベランジェール様が遠回しに遊びに誘えって手紙を何回も送ってきてるんですよ。これどうにかなりません? 返事しなければ大人しくなるかなぁって思ったんだけど効果なしでした」


「……………………返事…………してないの?」


「いえ、一度しましたよ? それで二回目が来たので無視した所、本日三回目が来た次第です。ええ」


 この『ええ』ってとりあえず言っとくとできる人っぽくない?

 フレデリック様は頭を抱えている。私も同じ気持ちだ。普通二回目の返事が来ないんだったら返事を待つでしょ? そこを更に送ってくるとはさすが王族。我が道を行く者だよね。


 よっぽどお泊まり会が楽しかったんだろう。それはいい事だし、私も嬉しい。けど、せっかくの学生生活で学園外の人間ばっかりに手紙出すのはちょっと悲しくない? 隣の席の子に今日授業終わったら遊びに行こうよって声をかける努力をして欲しいなって思うよ。


 フレデリック様は頭が痛いから今日は寝ると一言言ってから執務室を出ていってしまった。王都来てから毎日忙しそうにしていたし、疲れが出てしまった様だね。ゆっくり休んで欲しい。


 ●


 翌日、改めて執務室に呼び出された。朝も早くから執務室だ。フレデリック様の顔色は少し悪い。ちょっとだけ早く寝たくらいではどうにもならなかったみたいだ。


「ノエルちゃん、良いこと思い付いたよ。実は王都でスイーツショップはいつ開くのかって色んな人から聞かれるんだよ。今ノエルちゃんはスイーツショップのオープンに向けて、日夜忙しく動いている。だから手紙の返事ができなかった。そうだね?」


「……はい」


 そういう事にして、ベランジェール様からの手紙は有耶無耶にするらしい。でもそれ、一度言い訳として使ってしまったら実際にオープンしないといけない事になるよね?


「孤児院のスイーツショップ出張所だったかな? あそこの売れ行き次第で王都のスイーツショップがオープンするかもって話が広がってて、結構色んな人に後どれくらい買えばいいんですか、買い占めますけどって言われてさ。わかるよね?」


 誰だそんな軽々しくお店だすなんてこと言った可愛い子は! 私だ!

たしかギルドでそういう噂流してよって言った記憶が朧気に残ってるね。

 後先考えずに噂流した事を責めるより、まだ覚えていた事を誇ろう! 偉いぞ、私。


「なんでそんな誇らしげなのか知らないけど、そういう訳だからスイーツショップ開店に向けて開発とか、教育とか頑張ってみてよ。土地とかは何とかなると思うからさ」


 自分の蒔いた種だから仕方がない。エマちゃんとの王都デートなんかもいいかもーなんて思ってたけど優先事項が出来てしまった。


「はっ! 必ずや期待に応えられる立派な店を作って見せましょう!」


「……変にやる気出されると怖いからやめて貰えるかい?」


 ●


 執務室を後にした私は、厨房の端っこの方でイスに座ってウンウン唸っている。王都から辺境伯領までスイーツを食べに行ってた人、辺境伯領より王都の方が近い人、そういう人達が辺境伯領に行かなくなってしまうのは避けたい所だね。


 辺境伯領のお店と王都店では出すスイーツを別にして、これが食べたいならこっち、あれが食べたいならあっち、どっちも気軽に食べられるのが私、って感じにするのがベストなんじゃないかなぁって思う。


 この王都邸にいる料理人達が今すぐ作れるのはクッキーとシュークリームくらいかな。他に何か教えたっけ?

 とりあえず辺境伯領ではシュークリームを作ってないし、王都店では出そう。


 そういえば私は前世、好きなタルトがあったのだ。学生の私には高くて気軽には買えなかったけど、それでも何かを頑張った時とか、落ち込んでしまった時とかに背伸びして買って食べた。

 

 フランス語でなんて良い陽気、みたいな意味合いのお店。そこのタルトが大好きだったのだ。

 季節限定の品、可愛らしい真っ白な物、色とりどりのカットフルーツが綺麗に散りばめらた宝石の様な物もあったし、まるで薔薇の様にフルーツが咲き誇っている物まで様々だった。

 

 見るだけで綺麗で可愛くて食べるのが勿体無くて、買うお金がなくてもお店の前を通っちゃうくらいには好きだった。


 王都店を開くなら、あの頃の私にとってのあのお店のように、誰かを元気付けてあげられるようなお店にしたい。少し高くて、でもたまのご褒美に背伸びすれば買えるようなそんなお店にしたい。だからそろそろナンチャッテじゃないタルトを作ろう!


 クッキーを砕いて作る簡単でシットリなタルトから、パイ生地から作るサクサクの本格タルトまで、色んなタルトとシュークリームをメインにしたお店にしようかな。


 そうと決まれば早速試作開始だよ!


 

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