第146話 お泊まり会 王女様初めてのスイーツ編
さて、イルドガルドさんで遊んでしまったが、そもそもこのおやつタイムは私達の為のもので、イルドガルドさん歓迎パーティというわけではないのだ。
バスケット三つを持ってベッドの上に行く。ベッドでおやつを食べるなど、御行儀も悪いし怠惰の極みだ。
だがそれがいい。だからこそ魅力的なのだ。寝る所で、夜におやつを食べるという特別感が堪らないのだ。
トランプの代わりにバスケットを真ん中に置いて皆で囲む。
「さぁお食べよ。リリには食べ慣れた物が多いけど、このポテチなんかは初じゃない?」
「そうですわね。これは見たことがありませんわ。ではいただきます」
リリは特に躊躇うこともなく、パリパリと食べ始める。エマちゃんもリリが食べた事でポテチを食べ始めた。
この二人は私の作った物に対する信頼感や慣れがあるから初めてでも躊躇わないが、王女様は違う。
「こ、これが例の……」
「王女様、このポテチは甘くないので安心安全ですよ。御行儀は良くないですが手掴みでどうぞ」
「手掴みだなんて……」
「何をおっしゃいますか。我々人類はかつて皆手掴みで食べていたんですよ? 家柄とか先祖を敬うのであれば、たまには遥か大昔のご先祖さまにならって手掴みで行く日があっても良いではないですか。きっと遠い遠いご先祖さま達も、信頼できる家族や仲間たちとこうして食料を囲み、手掴みで食べていたのです。今日を生きる糧を獲得できたことを喜び、明日もこうして食べられる様に願いながら手掴みで食べていたのです」
全然知らんけどたぶんそうだ。ウホウホしてた頃はそんな感じだろうね。
「そう……よね。そういう時代があったからこそ、今があるんだわ。有難みを忘れない為にも私も手でいきましょう」
正直そこまで考えてはいないが、自分が堕落する最もらしい言い訳が用意できたならそれで良し! 重要なのは自分が納得できるかどうかだ。
王女様はポテチを一枚手に取ってパリッと食べた。軽快な音と物足りないほど軽いひと口は、次へ次へと王女様を突き動かした。
私とシャルロットは正直ポテチは沢山食べてきたからもういらない。厨房で品質向上の為には試行錯誤が必要だ、と皆でじゃんじゃか作って食べてきたからね。ポテチはもう二次会なのだ。
美味しい美味しくないの感想もなく、皆がとりあえずパリパリと食べ進めている。だがしょっぱい物を食べたなら次は甘いものだ。
ポテチのバスケットをパタリととじる。
「ちょっとノエル、イジワルしないでくださいまし」
「イジワルじゃないよ。しょっぱい物を食べたら甘いものが食べたくなるんじゃない? 次行こうよ次」
「そうですね。ノエルちゃんの言う通り口の中がしょっぱくなると別の物が欲しくなってしまいます」
「そこでこっち、ナンチャッテタルトでーす。王女様は気を付けて食べてね。まぁ王族だから甘い物に対する耐性がある程度はあるから平気だろうけどさ」
「わかったわ。噂だと耐えきれずに気絶する者もいるっていうものね」
考えてみるとスイーツを食べる初めての王族じゃない? 歴史にその名を刻もう。モンテルジナ王国において初めてスイーツを食べた王族は第……何王女の、ベランジェール・なんちゃら・モンテルジナ様だと。
リリはひょいパクだし、エマちゃんも普通にもぐもぐ食べている。
「あら、ノエルの言う通りしょっぱい物のあとは甘いものが美味しいですわね」
「ノエルちゃんのスイーツを食べるのは久し振りです!」
リリは得心がいった様な顔で頷き、エマちゃんは嬉しそうに頬をほころばせた。そんな二人をみた王女様が意を決した様にナンチャッテタルトに手をのばした。
「いきます」
ひと口で行くのは怖かったのか、小さく口を開いて食べようとしたが、元々大きくないナンチャッテタルトだ。半分とか食べる方が難しい。結局少し大きく口を開いてタルトを食べた。
王女様は目を見開いて固まった後、ゆっくり味わう様にもぐもぐし始めた。目を閉じて味わうその姿は審査員の様で、何故か緊張してしまう。
ゆっくり味わって食べる姿を、皆が固唾を飲んで見守っていると、王女様はふぅと息を吐いてから目をあけた。
「噂になるのも当然ね。私は食でここまでの多幸感を味わった事がなかったわ。土台になっている部分のサクサクとした食感、甘くてフワフワな白い物、そして少し酸味のあるベリーがそれらを引き締めているのね……。凄く美味しいわ、ノエル」
「お褒めに預かり光栄です」
私は恭しく礼を言った。これで王女様イチオシ! みたいなポップを作っても嘘にはならなくなった。そんな事しなくても手が回らない程売れてるらしいからあんま関係ないか。
やっぱり王女様は甘いものに対する耐性が強いようで、特に苦もなく食べ始めた。皆がひょいパクし始めた頃、私はバスケットをパタリととじる。
「ノエルちゃん、どうして閉じちゃったんですか?」
「それはだね、エマちゃん。口の中が甘ったるくなってきちゃったでしょ? そうしたら次はしょっぱい物を食べて中和しないと!」
ポテチのバスケットを開いて皆を誘導する。ここに甘いものとしょっぱいものの無限ループが始まった。食べる物がなくなるか、誰かが止めるまでこのループからは逃れられない。
「本当ね。甘いのが嫌だった訳じゃないのに、しょっぱい物を食べると口の中がすっきりする様な感じがするわ」
「そして口の中がしょっぱくなれば……」
パカりとタルトのバスケットをあける。ついでにプチシュークリームのバスケットもあける。
「これも初めてです!」
「小さくして食べやすくしたんですのね」
「うん。リリが食べにくいからって言ってたし、今日は王女様もいるからね。私的には汚れるのも含めてシュークリームなんだけどこれはこれで良き」
パクッとひと口で食べると中からクリームが溢れ出す。シャルロットもお食べよ。シャルロットは体小さいのに食べる量減らないね。なんかズルくない? 満足感だけ凄そうだよ。
「ノエルちゃん、あーん」
エマちゃんが雛鳥のように口をあけるので私はプチシュークリームを口に入れる。嬉しそうにもぐもぐした後、ペロッと唇を舐めた。小さい頃もよくやったけど、成長したエマちゃんがやるとちょっと艶めかしくてえっちぃね。
「エマちゃん、他の子にそんなことしちゃダメだよ? 特に男子には絶対ダメ!」
「ノエルちゃんにしかしませんよ?」
「それならどんどんしなさい! ほらリリもあーん」
「もう! 自分で食べられますわよ」
そう言いながらもリリは口をあける。リリとエマちゃんとシャルロットに順番こに食べさせていると、王女様が話し始めた。
「そのあーんっていうのは何か意味があるの?」
「意味? 意味ですか……」
意味なんてないよね? なんかイチャイチャしてる気分になって心の栄養が得られるくらい? 動物撫でるのと一緒だ。心が暖かくなる。
私はシャルロットを王女様の足の上に置いた。
「王女様、シャルロットのフワフワの部分を撫でて見てください」
「……温かくてフワフワなのね」
おっかなびっくり撫でた王女様がそう言った。シャルロットが喜んでおしりをブブブと鳴らすと王女様が驚いた。それは喜んでるんですよーと伝えると、そうなのねと笑いながらまた撫で始める。
「あーんも一緒です。なんか心の栄養になります。ほら、あーん」
私がプチシュークリームを王女様の口に近付けると、躊躇いがちに小さく口を開いた。
「それじゃ入んないよ。クリームでベタベタになっても知らないよ? ほらほら!」
「あ、あーん!」
ヤケクソ気味に開いた口に放り込むとモグモグと食べ始める。咀嚼している王女様の口にもうひとつプチシュークリームを押し付ける。ほれほれ早く早く。
王女様は口の中に物が入ってる限り口を開けられないから、されるがまま唇にシュークリームを押し付けられている。
「ほらほら早く食べないとどんどんシュークリームが迫ってくるよ! 王国のためにも早く食べないと!」
「それがなん――」
文句を言おうとした所にシュークリームを押し込めばまたモグモグだ。王女様はわんこそばの様にどんどん口に入れられるシュークリームを食べながら私を睨んでいる。
「反抗的な目をしているね。それなら次は二個だ! わたしに文句を言おうと口を開けば最期、プチシュークリーム二個を口に押し込んであげよう」
王女様は私を涙目で睨みながら首を横に振る。
「王女様、ちゃんと言葉にしないと相手には伝わらないよ? ほら、言いたい事があるなら言ってごらん? さぁ! さあさあ! 口を開きたまえ!」
言論統制されてしまった王女様にはもう何も出来まい! 片眉を上げて余裕の表情をする私と、涙目で睨む王女の図。これはなんたる不敬!
「ノエル、それくらいにしてくださいまし」
「はぁーい。でもまぁ王女様ももっと肩の力抜きなよ。この部屋にいる限り私が守ってあげるし、今だけは王女って肩書きも忘れてさ」
「……だったらちゃんとベランジェールと呼びなさい!」
「はいはい、ベランジェール様」
ベランジェール様は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。エマちゃんが「私にもやって下さい」と突撃してくるまで、ベランジェール様のむくれた頬っぺを突っついて楽しんだ。
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