第144話 お泊まり会のトランプ 神経衰弱編

 ババ抜きで優勝したエマちゃんは嬉しそうだし、二位で上がった王女様もニヤニヤと笑って嬉しそう。リリもリリで私に勝ったのが嬉しいのかちょいちょいドヤ顔を向けてくる。ぐやじいいいい。


「次は神経衰弱をやりたいですわ! それならノエルの魔眼もわたくしの水鏡みかがみも使えないですし、エマのノエル読みもできませんから公平ではなくって?」


 それは私の苦手なゲームだから公平とは言い難いけど、ルールも単純だしまぁいっか。今回は接待だと割り切ろう。


「神経衰弱とは? 名前からして危険そうだけど」


「凄く単純な遊びですよ。裏向きに並べたカードを二枚ずつ表にして同じ数字なら得点って感じです。揃った人はもう一度連続で挑戦できて、外れた場合は裏向きに戻すの。記憶力が試される遊びだね」


「なるほど……。神経が衰弱してしまうほど集中して覚えなくてはならないって意味なのね」


 そうなの? 知らないけど。私五枚くらいしか覚えられないから神経が衰弱した事ないわ。弱いけど逆に適正ありじゃない?


 ババ抜きをした後だから念入りにカードをジャラジャラかき混ぜる。ホントならカッコつけてシャッフルしたいんだけど厚みがあるからできないんだよね。曲がらないし。


 公平さのためにという名目で皆で手分けして綺麗に並べる。一人で並べたら面倒だもん。


「じゃあ順番はテキトーに、さっき勝った人順でいっか。じゃあ神経衰弱始めるよー!」


「きゃあああああ!」


「それは必要なの?」


 必要だよ。モチベ上がるもん。エマちゃんに感謝の頬擦りをしておく。お肌スベスベだね。


「えへへ。一緒に協力してやりますか?」


「いんや、エマちゃんも今日は敵だよ! トランプマスターの私にかかって来なさい!」


「さっき最下位でしたわよね?」


 うっさいうっさい!

 始まった神経衰弱は序盤はただの運ゲーだ。つまり王女様が強かった。この人なんなの? リアルラック高くね?


 中盤になってくると皆が王女様に追従していく。ここからが神経衰弱の本番だ。どれだけ多くカードを覚えられるかが重要になってくる。


「これとこれぇ! 違った……」


「あなたそれさっきもめくったじゃない」


「だってわかんないんだもん」


 私は五枚くらいしか覚えられないし、それでも新しく覚えようとして何かを忘れていくのだ。そして忘れてしまったことだけは頭の片隅に残っていて、そのせいで新しく覚えた事すらよくわからなくなってしまう。

 神経は衰弱しないが脳にダメージがいくね。


「皆サクサクカード取ってくけどどうやってそんな覚えてるの?」


「そうですわね……。わたくしはカードを大体六枚組にして覚えておりますわね。人間は基本的に短時間で覚えられるのが5個から9個くらいですから、六枚一組にして覚えてしまえばほとんどのカードが覚えられますわよ」


 …………へぇ。参考にならないね。何言ってるかわからん。このゲームってそんなにガチでやる物なの?


「王女様は?」


「私は全体を一枚の絵画として覚えてるわ。日常的に絵画を見ることがあるからそんなに大変ではないわね」


 …………へぇ。絵画なんて見ないし覚えられるわけなくない? 参考にならないね。


「エマちゃんは?」


「私はノエルちゃんとの大切な思い出なので忘れる訳がありません」


「しゅきいいいいい! エマちゃん大しゅきだよおおおおお」


「きゃあああああ!」


 私はゴロンと動いてエマちゃんの背中に乗るように抱きついた。他の人はなんか頭良いこと言って私に必勝法を教えないようにしてるけど、エマちゃんだけはリップサービスしてくれた。嬉しい限りだね。


「ノエルの番ですわよ」


「これと……えーっとえーっと、さっき見たぞこれ。どこかにはあるんだよなぁ。このカード、場にはあるんだよなぁー。これ……ではなくてぇ〜、これ……でもなくてぇ。これ……だね! よぉーし当たった!」


 私は皆の顔色を伺いながらカードを探り当てる。私のあまりのクソザコっぷりに皆が情けを掛けてくれた。涙がでるね。

 しかし舐められたままではいられない。禁じ手を使う時が来た。私はエマちゃんから降りて、普通に座る。姿勢は正座で百人一首の競技のように前傾姿勢だ。


 ここから身体強化を駆使して、肉眼では捉えられないほどのスピードで一枚一枚ピロっと覗いていく。


「これとこれだね」


「……ちょっとお待ちなさい。どうしてまだ一度も捲られていないカード二枚を迷わず選んだのか説明していただけますわよね?」


 チッ。私がいちいち捲られたかどうかなんて覚えてるわけないじゃん!


「私の野生の勘が働いた! 研ぎ澄まされた精神は時として人智を凌駕するものだよリリ。命を懸けた戦いの中ではごく稀にそういう事が起きるの」


「この遊びに命はかかってないわ」


 王女様まで突っかかってくるとは何事か! だが所詮証拠もないのだからなんとでも言えばいい。どうせ私は止められないッ!


「これとこれぇ。イェーイ」


「……エマ、ノエルの両腕を抑えてくださいまし!」


「こうですか?」


 エマちゃんは私の後ろから腕ごと抱きしめるように拘束した。

 腕自体は動かせるけど、高速で動かす事はできないし、エマちゃんを乱暴に振りほどく事も出来ない。


 一瞬にして私のイカサマを封じてくるとは、さすがリリだ。そして背中にあたるエマちゃんのお胸が柔らかい。なんて戦闘力だッ!


「手は動くでしょう? さぁ続けなさいな」


 リリは勝ち誇った様な顔でそう言った。不正を疑われようがなんだろうがこのターンで全てのカードを回収するつもりだったというのに……。


「これとこれ! チッ」


「あら? さっきまで好調でしたのに、エマに拘束された途端不調になりましたわね、フフフッ」


 勝負あり、か。なら仕方がないね。私は悪あがきはせず、エマちゃんに寄り掛かるように背中を預け、感触を楽しむ事にした。


「ノエルちゃんの背中暖かいです」


「もう私の負けだよ。煮るなり焼くなり好きにして」


「好きにしていいんですか?」


「敗者の末路なんてそんなものだよ」


 後ろにいるエマちゃんは呼吸が荒い。ある程度大人になったエマちゃんは即興芝居にも厚みが出たようで変態チックに私のお腹を撫で回し始めた。


「こらこら、エマちゃん。どんだけ腹筋好きなのよ。あんま触られると変な気分ななっちゃうからもうおしまい」


「あうう」


 なんか背筋ゾワゾワしてきたわ。エマちゃんの手をどかして再度ゲームに戻った。 

 

 最終的に一位がエマちゃん、二位がリリ、三位が王女様、最下位が私だった。

 最下位の私はトランプ片付け当番だ。


「王女様、初めてのトランプはどうでした?」


「そうね、一位にはなれなかったけど楽しかったわ。……こんなに楽しいと思ったのは今までで初めてだったかもしれないわね」


 王女様の事も知らないし、王女様の暮らしも知らないけど結構退屈な人生を送ってるらしい。なんだか可哀想だね。

 憐憫のこもった私の視線を受けて、王女様が言い訳のように言葉を続けた。


「でもどの貴族令嬢も似たようなものよ? 下級貴族の子はお茶会で媚びを売ったりバカにされながらも笑ったり。上位貴族の子だって下手な発言で足元を救われないようにしたり、情勢を読んで仲良くする家を選んだり。顔で笑いながら心で毒を吐いてるの」


「リリ、そうなの?」


「どうかしら……。わたくしにはノエルがいましたから、他の子とは違って少し特殊だと思いますわ。ノエルは退屈してる暇さえ与えてくれなかったじゃないの」


 リリは思い出し笑いでもしてるのか、一人でクスクスと笑っている。王女様はそんなリリを羨ましそうに眺めていた。


「よくわからないけど、貴族や王族も大変そうだね。まぁ平民には平民の大変さがあるけどさ」


「例えばノエルはどんな所が大変なんですの?」


 そりゃあ……。なんだろう?


「シャルロットがいて、エマちゃんがいて、リリもいて、私ゃ幸せもんじゃー!」


 私は身体強化を駆使して二人を強引に抱き寄せる。ちょっと嫌そうなリリも嬉しそうなエマちゃんもまとめて抱き締めちゃうよ!

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