第139話 改めて
私がナンタラ・カンターラ・モンテルジナ第何王女殿下にクッキーを手渡ししようとした所、それを護衛の騎士が手を伸ばしてきた。
私はその手をカウンターでパシンとはたき落とす。
「貴様ッ!」
「なんですか。クッキーはあげませんよ」
「そんなものいるか! 王女殿下に得体の知れないものを渡すとは舐めてるのかッ!」
舐めてないし、ちょうだいって言ってきたの王女様なんだけど? なんなのこの人。
「王女様、申し訳ありませんがお渡しできなくなりました。不満はその護衛の人にお願いしますね」
私は王女様に見せ付けるように持っていた一枚をサクサクっと食べてから頭を下げる。残念、君にあげる一枚は私が食べてしまいましたとさ。
「はぁ……。エドガール、勝手をするなといつも言ってますよね? この機会損失は大きいですよ」
「しかしッ! この様な得体の知れない人間の持つ食べ物など、毒があったらどうするのですか!」
王女様にしかられたエドガールって男の騎士はキザったらしく前髪をファサッと流してから私を睨んでくる。プライド高そうだしナルシストっぽいしあんまり好きじゃないタイプだわ。
「ではベランジェール様、わたくしたちはこれで失礼致しますわ」
「ええ。ではまた明日」
リリが私の前に立って王女様に挨拶をしたので私もそれにならって頭を下げる。王女様に絡まれると面倒な奴もセットで付いてくるって事を私は学んだぞ! あんま関わりたくないね。心なしかしょんぼり気味の王女様に別れを告げ、リリが廊下を歩き出した。
本当だったらリリの隣を歩きたいけど、今日の私は完璧なメイドさんだ。主人の後ろを歩かなければならない。
リリは私がこんなに早く来るとは思っていないし、伊達メガネとメイド服とは言え変装しているからまだ気が付いていないっぽい。
制服姿のリリの後ろ姿を眺めながらクッキーをサクサク食べて寮の部屋までついて行った。
●
リリは部屋のドアをパタリと閉じるなり、私に抱き着いた。
「もう! 来るなら来るって言ってくださいまし!」
「あれ? 私だってバレちゃった?」
「クッキー配るメイドなんてこの世に存在しません! 王女殿下に仕方ないですねみたいな雰囲気で何かをあげようとする人も普通はいません! それと王女殿下の護衛の手をはたくメイドも存在し――ムグ」
ダメ出しをし始めたリリの口にクッキーを一枚ねじ込んで喋れなくする。どんなに文句があっても、しっかりご令嬢のリリは口に物があると絶対喋らないからね。もぐもぐしながら私を睨んでる。
「バッレバレじゃん。リリを驚かせようと思って来ちゃった! どう? 今日の私は知的なリリの専属メイドです!」
私はクルッとターンをしてからふわりと広がるスカートを両手で抑えた後、メガネをカチャッとあげる。
「パッと見は確かに知的ですけれど、知的なメイドは揉めたりしませんわよ。もう」
「まぁまぁ、落ち着いてよリリ。食いしん坊のお姫様にはまた今度クッキー焼いてあげればいいじゃん。そんな事より学園生活はどう? 上手くやっていけそう?」
「そうですわね。今日を除けばこれと言ってトラブルもないですし、不自由はしていませんわ。あ、ただやはりベッドがいつもよりヒンヤリしているのが少しだけですがあれですわね。あれ」
寂しい、と。リリはモジモジと足を動かしながらそう言った。…………うん。やっぱ制服姿は私の内なるケモノが目を覚ますね。なんかこう、グッとくる!
私はソファに座って膝をぽんぽんと叩くと、リリは私の膝を枕にした。今日は少しだけ甘えさせてあげましょう!
「エマちゃんとは一緒じゃないの?」
「ええ。わたくしは貴族科におりますけど、エマは商業科だったと思いますわよ」
「そっかぁ。じゃあ今日はエマちゃんも呼んで三人でお泊まり会でもしよっか!」
「………………二人きりも良いですが、三人というのも捨てがたいですわね」
私は着替えがないから寝る時パジャマ借りるかすっぽんぽんになるけど、まあ女の子同士だからいいよね。鍛え上げられた私の肉体に恥ずべき所はないしね!
リリの頭を撫でていると、リリの目がとろんとし始めた。そのまま眠るのをメイドさんと二人で見守っていると、部屋がノックされてリリが飛び起きてしまったよ。リリの顔を覗き込んでたから頭突きされるかと思ったわ。
さすがはご令嬢、ダラっとした姿は人に見せないみたい。
メイドさんが扉越しにゴニョゴニョと何かやり取りをしてからリリに声をかけた。
「リリアーヌ様、第三王女殿下がこちらに向かっているようです」
「……わかりました」
わかるんだ。私にはわからん。
これから向かうね! ならわかるんだけど、今向かってまーす! だと言うの遅くない? 後何分かわかんないしこちらの都合はお構いなしじゃん。さすがは王族、我が道を行くね。
リリが立ち上がって自分の制服を見てるから私とメイドさんで整えてあげる。私はどうしよう? とりあえずリリを守れるように守護霊みたいに張り付いとこうかな。メイドポジションよくわからん。
部屋がノックされてメイドさんが開けると件の王女様が部屋に入ってきた。
シルバーブロンドの髪をなびかせて、キリッとした表情で堂々と歩いている。さっきのナルシストっぽい護衛はいなくて、メイドさんを一人連れてきた。
「突然の訪問で悪いわね」
「いえ。どうぞおかけになって下さい」
リリが促すと王女様が座り、いつものメイドさんが紅茶を出した。私はする事もないのでリリの後ろに控えたままだ。
「それでベランジェール様はどのようなご要件でいらしたんですの?」
「先程はエドガールに邪魔をされたから、その謝罪とやり直しね。貴方が辺境伯領の妖精さんよね? 父から話は聞いているわ」
王女様が紅茶を飲みながら私に話しかける。父ってのは昨日あった国王陛下か。今も私が持っている宝剣一発ギャグーンを押し付けてきた人だ。
私は返事をしようと思ったが、昨日フレデリック様が余計な事は言うなみたいな感じだったし、リリも廊下で私の前に立った。下手な発言は揚げ足を取られたり、貴族的なルールで変な事になるかもしれない。ここはリリに任せるのが吉と見た!
私は王女様に頭を下げるに留め、特に何も言わない。
「…………どうやら嫌われてしまったようね。先程はエドガールが失礼したわ。彼も悪気があったわけではないのよ。どうか許してあげて」
特に嫌ってはないよ? それに護衛騎士についても許すも何も性格が合わないだろうなと思っただけで、怒っていない。許せないほど怒ってたらぶん殴ってるよ。
お辞儀しとこう。日本人はとりあえずすいませーんって感じで頭を下げる生き物だよ。
「…………く、口もきいてもらえないというのは初めての経験だわ。意外とグサッとくるわね……」
「申し訳ありません、ベランジェール様。ノエルは王侯貴族の礼儀作法に疎いものですから、余計な事は言わない方が良いと判断したんだと思いますわ。そうですわよね?」
私はリリを両手の人差し指で指してから両手でグッドサインを出す。正解だよ!
「あら、そうだったの。気にしないから普通に喋ってちょうだい」
「はーい。昨日の謁見の時にフレデリック様があんま喋らないでね、みたいな感じだったから一応今回も黙ってたんですよ。怒ってもないし、嫌ってもないので安心してください」
「……ノエル昨日謁見したんですの?」
「うん、そんでこれ貰った。宝剣一発ギャグーン。ご褒美ガチャハズレのSレアだね」
この場で剣に触れば怒られるかと思って指でさす。
「ギャグーン? ガチャ……? えすれあ……?」
王女様混乱中。リリも謁見は知らなかったらしく、混乱中。
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