第138話 学園潜入

 今日はメイド服を着て、腕にはお揃いブレスレット。そして知的な大人の女性を演出する為に、アダマンタイト製の細めの伊達メガネを装備している。レンズはないからフレームだけだね。


 カッコつける為と、リリかエマちゃんどっちかが欲しがったらプレゼントしようと思って腰には『宝剣一発ギャグーン』を付けている。


 鏡に映る自分を色んな角度で見る。少し鋭い目付きに、整った顔。膨らみ始めた胸、スラリと長い手足に清楚なメイド服。長い金色混じりの茶髪はアップにして、うなじの解れ毛が色っぽい知的な女性がいるではありませんか! い、一体誰なんだー!?


 リリやエマちゃんには及ばないまでも、私も相当美少女だろう。


「どう? シャルロット。今日の私はいつもと一味違って大人でしょう? 『想定通りです』メガネクイーって出来るし、予想外の事が起きたら『そ、想定外です』って言いながらメガネ斜めにするんだー」


 ガチガチ


「でしょー? じゃあ早速学園行ってリリやエマちゃん驚かせようね」


 シャルロットも二人に会えるのが嬉しいのか上機嫌にオシリを鳴らした。一応手土産として焼いてもらった沢山のクッキーをこれでもかとバスケットに詰めて屋敷を出た。


 ゴレムスくんは今日は日向ぼっこをするから行かないらしい。デカくなって怠け癖ついたからそろそろ一度身体の大部分没収して王都中に隠そうかな。ゴレムスくんはハングリー精神がなくなったんだよ。

 理想の体型を手に入れるために、日夜運動を頑張ってたのに目標体重に達した途端運動を辞めてしまう女の子に通じる物があるね。


 ●

 

 学園入口の衛兵さんに剣はちょっとと言われてしまったが、陛下から頂いた剣ですけど大切に預かって下さいねと言ったらそのままで良いと言ってくれた。さすがは国王陛下だね。


 教えて貰った学園の女子寮へ着くと、これまた衛兵さんがいた。貴族のお子さん達が通うだけあって警備が厳重なんだろう。


「お疲れ様でーす」


「身分証を」


 当然の感じで行けば入れるかと思ったけど止められてしまった。事前に貰っているメイド登録証と学園の許可証を見せると通してくれた。

 寮の管理人さんにも身分証を見せてリリの部屋を聞いて向かう。


 今は授業中だと思うから、いつものメイドさんことミレイユさんは部屋の掃除とかしてるんだと思うけど。

 なんの遠慮もなく扉をガチャっと開けると、部屋の掃除をしているいつものメイドさんと目が合った。すっごい驚いた顔してるね。まぁ誰も来ないと思って気楽に掃除してたら突然誰か入ってきたなんて驚くのも無理はないよ。


「まさかこんなに早く来るとは思いませんでした……」


「どゆこと?」


「リリアーヌ様の予想では早くても夏くらいに学園に顔を出すだろうって話だったんですよ」


「なるほど……。つまり驚かすなら今、という事ですね」


 メイドさんはなんとも答えにくそうな顔をしている。隠れるならどこにしようかな。


「ベッドに入って隠れてるパターンもありだし、お風呂に隠れてるパターンもありだよね。それかベッドの下にでも隠れて、完全に寝てからベッドに入るって手もあるね……」


「で、でしたら授業終わりに迎えに行くというのはどうでしょう?」


「驚くとは思うけど、それはビックリでは無くない?」

 


 迎えに行っても「あら? ノエルがどうしているんですの?」くらいなもんじゃん。違うんだよなぁ、きゃああああみたいなのが聞きたい。サプライズじゃなくてドッキリみたいな?


「ここは夜中にクローゼットから飛び出して幼き日のトラウマを呼び起こすというのもありなのでは……? うん、それが一番面白そう!」


「衛兵が来てしまうのでやめてください」


 そういう問題があったね。

 じゃあやっぱ仕方ないけど授業終わりにシンプルに迎えに行くかな。


 ●


 正確な時間はわからないけど、遅れる訳にもいかないという事でアホほど早く行くのが普通らしい。


 そろそろ行きますか、というメイドさんに従って随分軽くなってしまったバスケットを持って移動を開始した。待ってる間暇過ぎてシャルロットと一緒にめっちゃ食べてしまった。異様に多かったけど、まさかそこまで読んだ上であの量だったのかな? もしそうならもう少しくらい食べてもちょっと食べすぎちゃった程度なのでは……?


 そんな葛藤をしてる間に、校舎にやってきた。後は授業が終わるまで廊下に待機だ。廊下には私たちと同じように、主人を待つメイドさんや執事さんが無言でズラりと並んでいる。

 待っている間はお喋りとかをしないのが基本っぽい。これだけいて皆人見知りって事もないだろうし、いつ主人が出てきてもいい様に待っているんだろうね。


 廊下はたくさんの人がいるのに静寂に包まれている。聞こえるのは教室から漏れてくる先生の声と、サクサクというクッキーを食べる音だけだ。異様な雰囲気だよ。


 しばらくサクサクしていると、教室が静かになった。教科書を机で整えるような音が聞こえたし、授業が終わったっぽいね。


 廊下に出てきた先生っぽい人に皆が頭を下げるので私も頭を下げる。なんてったって今日の私は知的なできるメイドさんコスだからね。


 生徒さんも教室から出てきた。私はいつものメイドさんの影にそっと隠れてリリを待つ。


「ミレイユお待たせ、帰りますわよ」


 何も知らないリリが来た! 私は横からスっと手を出して声をかける。

 

「リリアーヌ様、お荷物をお持ちします」


「ありがとう」


「ついでにこちらもどうぞ。クッキーです」


「あら? ありがとう」


 リリは特に何も考えていないのか、差し出されたクッキーをサクサクと食べる。さりげなく私も食べる。

 ……女子の視線が痛い。


 さて帰るかと思ったところで、リリに声をかけてくる女生徒がいた。


「あの、リリアーヌ様……」


「どうかなさいまして?」


「何を召し上がってらっしゃるのですか? も、もしかして噂の妖精さんの……」


「ええ、まぁそうですわね。気軽に食べられる物ですけれど」


 耳をそばだてていた人達がざわめきだす。


 ――さ、さすがはベルレアン辺境伯家です。妖精さんのスイーツを気軽に召し上がるなんて

 ――羨ましいですね……。私のお母様は辺境伯領から帰ってこないんですよ……。一体どんなお味なのかしら……。


 どの子? お母さん迎えに行ってよ。あの人ホント帰らんから。迷惑とかではないけど、普通に帰らないでいいのか心配になるし旦那さんから返してってお手紙くるしさ。


 リリも注目を集めて鼻高々だ。少し小鼻がピクピクしてる。

 勇気を持って話し掛けて来てくれた子にはクッキーをあげましょう。リリも学校始まったばかりでお友達居ないかもしれないし、挨拶みたいなものだ。


「ご令嬢も宜しければどうぞ」


「え? あ、ありがとう」


 メイドが急に貴い方に話しかけるなんて言語道断かも知れないけど、廊下でクッキー食べてんのもどうだって話だからね。君も共犯になろう!


 ご令嬢は戸惑いながらもクッキーを口に入れてサクサクっと食べた。お上品に両手で口を抑えて驚きの顔をして、クッキーの入ったバスケットを見てる。もうあげないよ。そんなにないんだからね。


 バスケットのフタをパタリと閉じてお澄まし顔の私。試食はここまで! 食べたければ君もベルレアン辺境伯領へ行こう! 私が食べすぎてあんまないからもう分けてあげないよ!


「ねぇ私にも貰える?」


 そう声を掛けてきた少女に、この場にいる全員が頭を下げている。

 多分だけどこの子入学式で見たお姫ちゃんだ。確か……ナンタラ・カンターラ・モンテルジナ第何王女様だね。この子も食いしん坊みたい。……少ないけどしゃーないね。


「一枚だけですがどうぞ」

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