第137話 閑話 本人も知らない能力と対策会議

 辺境の妖精との謁見が終わった後、執務室で二人の男が会議をしていた。


「して、マルスタン。妖精をどう見る」


 豪奢な服を着た男が眉間に皺を寄せて会話のきっかけを作った。彼の名はアルテュール・フローラン・モンテルジナ。この国の国王だ。


 マルスタンと呼ばれた男もまた、険しい表情で答える。


「そうですなぁ。甘く見積もって格が違うといったところですかのぅ」


「厳しく見るならば?」


「災害、厄災、現人神あらひとかみあたりですな。最早抵抗する気にもなれませぬ」


 マルスタンは何がおかしいのかホッホッホと笑いながら立派な髭を撫でた。

 マルスタンはモンテルジナ王国の宮廷魔導師長を務める男であり、この国で魔法に関して右に出るものがいない。本人も、そして国王陛下もそう思っていた。


「陛下もご存知の通り、ワシは人や魔物の魔力を目で見る、魔力視という技能をもっております。の妖精を見た時、余りの魔力量に本人の姿が見えなかったのです。ヤンチャしていた頃に見かけたドラゴンよりも濃密な魔力で、魔力視をやめるまで何処に立ってるのかすら曖昧でしたな」


「総力をあげて追い払うのがやっとのドラゴンを超える? そんなもの化け物ではないか」


 マルスタンは直接見ることで格の違いを理解した。これは勝つ負けるの話ではない、刃向かってはいけない存在だと。しかし、魔力視を持たない国王陛下は実感が沸いていない様だった。


「しかし、余の目には普通の少女に見えたぞ。キモはすわっていたし、圧の様なものは感じたがそこまで秀でている様には思えん。むしろ余の言葉を遮って褒美を欲しがるなど少し阿呆かと思ったほどだ」


「……陛下、妖精の魔法が何か覚えておりますか?」


「ああ、フレデリックからの報告でもこちらの調査でも同じだった。身体強化だったな」


 国王はそれがどうしたとマルスタンに眉ひとつ動かすことで問う。


「そうですな。しかし妖精の魔法は恐らく身体強化ではありませぬ」


「……どういう事だ?」


「身体強化は魔法の中ではありふれた物です。人より力がある、人より頑丈、その程度の話ですな。王宮にいる身体強化の魔法使いは荷降ろしなどをこなす事が多いのです。しかし、妖精はドラゴンを遥かに超える魔力量を秘めておりました。それは本来ありえない事なのです」


 マルスタンは震える手を隠すように腕を組み話を続ける。


「魔力量は身体強化の影響を受けませぬ。そもそも人の体に魔力を生み出す、或いは蓄える臓器など存在しないのです。身体ではなく魂に宿るのが魔力です。つまり身体強化の練度が高かろうが、魔力量に関して突出するなど有り得ないのです」


「……だが報告では身体能力が卓越しているとあったではないか。ならば妖精は何の魔法を使っている?」


 国王も事の深刻さを理解し始めたのか、深く刻まれた眉間のシワを更に深くした。


「恐らくは……あらゆる能力の強化が妖精の持つ魔法の正体でしょう。能力強化魔法が魔力量や魔法その物を強化し、強化された魔法がまた魔力量や魔法、身体能力にいたるまで強化していった結果があれなのでしょうな……」


 人の持てる力では無い。人に御せる力では無い。生まれた時、或いは魔法が発現する前に止めるしかなかった。


「……余の目には善性に見えた。何かのきっかけであの力が人類に牙を剥かないよう祈るしかないのか?」


「……ないでしょうなぁ。個でも群れでも勝てませぬ。妖精の魔法の本質が能力の強化であり、そしておそらくその力の影響を受けるのは本人だけではないのでしょう」


 マルスタンは肩の力を抜くようにため息を吐き、窓の外を眺めた。国王は何かに気が付いたように顔をあげた。


「……リリアーヌ・ベルレアン。史上初の二属性魔法使い……そういう事か……」


「それだけではありませぬ。妖精の従魔もドラゴンを超える魔力量でした。そしてベルレアン辺境伯家次期当主のアレクサンドル・ベルレアンも、剣術に置いて天賦の才を持っているともっぱらの評判ですな。そしてセラジール商会のエマという平民もまた、王立学園の平民用試験で満点だそうです。この者たちも妖精の魔法の効果が色濃く出ております」


 妖精と近しい者ほど、そして子供である程強く能力強化の影響を受けるのだろう。単純に強化するのではなく、成長率、才能にも大きな影響を与えると考える方が自然か。


「個として最強で、指導者としても優秀か。非の打ち所がないではないか。まさか神は人類の王として送り込んできたのではあるまいな? ……いや、しかし礼儀作法には疎かった。やはり賢くはないのではないか? もし本当にそれだけの力があるのなら礼儀作法など直ぐに身につくだろう」


 国王は独り言のように、自分に言い聞かせる様にボソボソと喋っている。しかし、静まり返っている執務室ではそれさえ十分な声量となり、マルスタンにも聞こえていた。


「陛下、誰よりも強く能力強化魔法の影響下にあるのが妖精本人です。その本人の知能が低い訳がありませぬ。自身を身体強化魔法の使い手だと偽り、御しやすい阿呆を演じているんでしょう。或いは、己こそが頂点であり他者に対して敬意を払う必要性を感じていない可能性もありますのぅ」


「スイーツ? とかいう食べ物で釣られている貴族家も多い。それにジオラマと言ったか? 一部貴族がハマり、精巧なジオラマ制作の為に街の地図や屋敷の地図が集まっているとフレデリックからの報告もあった。そして余の質問に対しては『家』と答えた」


 謁見の際、どこを目指しているのかという戯れの問、その答えが家だった。


「アレクサンドル・ベルレアンの言っていた妖精の故郷、滅んだというサムラーイの国は特定できたのか?」


「まだですな。恐らくは別の大陸かと……」


「そうか……。スイーツによる貴族のコントロール。そして詳細な地図に圧倒的な武力。よもやこの国を土台に、サムラーイの国を再建するつもりではなかろうな……」


 国王の表情は硬い。長く続いてきたモンテルジナ王国が自分の代で滅亡の危機に瀕していると考えているのなら仕方の無いことだろう。


「ベルレアン辺境伯家が上手く内側に入ったように、モンテルジナ王国と協力関係にいる方が得だと示す方がよいかもしれませぬな」


「ならばレオポールとベランジェールに学園で辺境伯家の兄妹に今まで以上に近付くよう言っておくか」


「そしてあわよくば妖精との繋ぎを得られれば尚よろしいかと」


 この日、国王の執務室では灯りが消える事はなかった。


 

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